父の話
「却下」
父はニコリと笑って斬り捨てた。
私も予想できてたので笑みを崩さない。
「ほんの、1年か2年を考えているのですが」
「我が国は、他国に比べて文明が20年以上先んじている。他所で学べてここで学べないものなどないよ」
「……」
「それに、昨今は周辺諸国は焦っているからね。わざわざ人質を送ってやる必要はない。そもそも、我がリレディ公爵家は王家に次ぐ身分だ。それが不用意に国から出るなど、諸国にとっては飛んで火に入るナントヤラだね」
「……」
(その通り過ぎて言い返せない)
この国は気候も地理条件も非常に安定している。ほとんどの産業が国内で完結できているため、他国に頼らず運営されているのだ。
そして、不安定な情勢が続いている周辺諸国に比べて国力も非常に大きいそのため、対外的に軍事力をちらつかせる必要もなく、治安も守られている。
せめて3ヶ月…国から出てしまえば、『逆転シンデレラ』の世界観から逃げられそうなのに。ちなみに国内逃避では逃げ切れない気がする理由は、ハインリヒが本物の王子様だからである。
「ダメですか…」
私が気落ちしたのを見て、父は「何故国外へ行きたいのか、理由によっては代替案を考えてあげるよ」と苦笑した。
(パパ、素敵)
何と言えば「頭がおかしくなった」扱いされずに現状打破できるのだろうか。
「言葉にするのは、とても難しいのです。テレンス兄様も相談に乗ると仰ってくださったのですが、やはり説明が難しいのでお話しできずにいるの」
言い訳を考えながら、父から絶大な信頼を得ている兄様の名前を出して様子を見る。
父は少し哀しそうな表情になった。
(これはアレかな…?『早くに母親を亡くした女の子が、思春期になって男親には相談し辛い事情を抱え始めて悩んでいる』、みたいな展開を想像された感じ)
きっと父は今、「こんな時、母親が生きていれば…」とか思っているに違いない。
申し訳ない事に、全然そういう悩みではないんだけども。
「…言葉にするのが難しいなら、ゆっくりと国外に行きたい理由を深掘りしてみよう」
父はカウンセラーみたいな事を言い始めた。
「まず…国外に行けば、解決するのかい?」
「ええ、多分」
「国内ではダメだという理由は、はっきりしている?」
「国内は…王家の管轄下です」
「王家から逃げたい?」
「王家には特段なにも」
「では、ハインリヒ殿下かな」
「……」
「……何かされたのか?」
「いえ、今はまだなにも」
「『今は』?」
(うわぁ、言語化される!)
私は父から目を逸らした。
「…嫌な予感とか、そういったたぐいなので、ハインリヒ殿下ご自身にはなにも瑕疵はないのです」
「嫌な予感とは具体的に、生命の危機に関わるような内容かい?」
「それは…」
いくら父親相手でも、それは王家への不敬に値する。
黙り込んだ私を見て、父は「ふぅん」と唸った。
「クラウディア。お前の『予感』は、とても重要な話だよ」
「え?」
「お前の母親が生きていれば、もっと詳しく説明ができるのだが…アレの母親が…お前からすると祖母が、お前と同じ黒髪だったとは聞いているかい?」
「えぇ。お祖母様は黒髪だったと」
病床の母親から聞いた事がある、クラウディアの記憶。
「昔から、黒髪を持つのは『魔女の血縁者』だと言われている」
魔女って。
(『逆転シンデレラ』にそんな設定あったかしら)
「例えば、未来視だね。今でこそ未来視とは神殿で行われる神聖な占いを指すが、それは本来魔女の生業だったと言われる。黒髪を継いだお前の『嫌な予感』が、未来視でないとは誰にも言えないのだ」
「…はぁ」
思わず、間抜けな合いの手を入れてしまった。
今私が放り込まれている『逆転シンデレラ』の世界というものがそもそもファンタジーではあるのだが、この世界観には魔法がない…筈なのだ。
父は私が呆けているのを見てクスクス笑い、紅茶のカップを手に取った。
「まぁ、何にしろ…お前の不安を取り除いてやるのが親の仕事だ。陛下に掛け合ってみよう。留学は無理だがな」
「ありがとうございます…!」
(何はともあれ、良かった!)
父はあからさまに喜色を浮かべる私に苦笑した。
「そんなに喜ぶでない。ハインリヒ殿下がお可哀想だ」
確かに。




