男達の密談【エルネスト目線】
「エルネスト。少しいいかい?」
クラウディアを女子教室に送り、自分も男子教室に戻ろうとしていたところを、呼び止められる。
振り返ると廊下に人はなく、教員用の控え室の扉が僅かに開いていた。
「……?」
扉を押し開く。
薄暗い控え室の奥。腕を組み、壁に寄りかかっているのは…。
「テレンス様」
俺の背筋は反射的に伸び、胸を叩いて敬礼する。
長い銀髪を搔き上げるようにして、全く妹に似てない鋭い眼差しが俺を睨んだ。
「お前、あの子に何の用事だ」
「はっ。私的な悩み相談です」
「昨日もそのような事を言っていたな。具体的には」
「…稽古中に、幻視…のような体験をしたので、それについて…自分では意味がわからなくて」
「幻視とは」
う、と詰まりつつ、テレンス様を伺い見る。…嘘や誤魔化しなど、この人には通用しない。手間を掛けさせるなと、不快感を露にされるだけだ。
テレンス様は、昔から俺の事など全く興味ない。むしろ、クラウディアと親しくしようとする男子のひとりとして、ちくちくと牽制されてきた。
今も視線は冷たい。
「……俺が、クラウディアを、苦しめる未来です」
「……」
テレンス様は僅かに目を見開き、暫くしてからフゥ、と溜め息を吐いた。
「…妹にはそれを言ったのか」
「いえ!クラウディアには、自分の正義がわからなくなった、とだけ…」
「お前にしては賢明な判断だ」
「……」
「トロイゼルの娘とは会ったか?」
「トロ……リリィですか?昨日、知り合いました」
「どう思った」
「どこかで会ったような、よくわからないけど妙に気になるような…つい今さっきも話しましたが、いつの間にかとても親しい間柄になったかのような感覚がしました」
「そうか」
テレンス様は顎に指先をあてながら、目を伏せる。
「エルネスト。クラウディアとはもう関わるな」
「…っ、それは、たとえテレンス様のお言いつけでも」
「トロイゼルの娘ともだ」
「リリィが、何か関係あるのですか?」
「あの娘は、きっかけ…もしくは、諸悪の根源だ」
テレンス様の物言いが珍しく曖昧で、俺は首を捻る。
その途端、襟足がムズッとした。背後に人の気配。振り返る。
「さすがにエルネストさんは気付くなぁ。…テレンスさん、その話、俺も混ぜてもらえます?」
「…お前、いつから」
閉めたはずの扉が薄く開いており、そこからファリオが顔を覗かせていた。
商家の跡取り息子で、貴族でありながら平民のような生活を好み、かと思えば完璧な貴族子息を演じてみせる。飄々とした人間性はつかみどころがない。俺はからかわれる事が多く、少し苦手にしている。
「リリィ・トロイゼルの名前が出た辺りかな。俺、今ちょっと敏感なんですよね、その名前に」
いつものようにヘラリと笑うファリオの言葉に、無表情のテレンス様は「扉を閉めろ」と顎で示した。




