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騎士の悩み

 やはり、何だか様子がおかしい。


 女子クラスでは、貴族の立ち居振舞いや社交術を学ぶ。

 主人公リリィは平民から突然貴族社会に放り込まれ戸惑ってるはずなのに、妙に落ち着いているのだ。

 ゲームでは「はぁあ~、今日も上手くできなかった」というモノローグを繰り返すゲーム序盤のこの時期に、まるで何度も予習復習してきたかのように優雅に振る舞い、教師からも「素晴らしい!」と感嘆されるほどに仕上げてきている。


 …まぁ、本人の中では「上手くできなかった」に該当する出来なのかもしれないから、一概に主人公目線のモノローグがそのまま起きているわけではないのだろうけど。

 そう思えば、昼休みに教室へ顔を出したエルネストにも、優雅に微笑んでみせる余裕までできた。












「どちらで伺えばよろしいのかしら」

「裏庭の東屋でいいかな?」

「ええ、構わなくてよ」


 いまだに、見えない尻尾がペショッと垂れているようなエルネストにエスコートされ、学院の裏庭に向かう。

 ここはいつもエルネストが剣の鍛練をしているスポットだ。ゲームでは、この場所が一番エルネストとの遭遇率が高い。


 あまり生徒が近寄らないため、美しく整えられた表庭と異なり自然そのままという林が続いている。

 重なる木立を抜けて東屋に着くと、エルネストは先に入ってベンチを軽く払い、ハンカチを敷いた。…これは幼い頃にクラウディアが「素敵な騎士の振る舞いはこういうものだ!」とエルネストに躾たものだ。いまだにそれを素直に遵守してるあたりが彼の良さであり、残念なところなのだろう。


 私は振り返ったエルネストに手を添えて東屋に入り、ハンカチの上に腰をおろした。石造りのベンチはハンカチがあってもお尻がヒヤリとする。

 エルネストは私の隣に座り、膝の上でぐっと手を握る。そのまま硬い表情で真っ直ぐ前を睨んでいるので、私はそっとため息を吐いた。

 このタイミングでの「話」なんて、ゲーム本編に関することに決まってる。


(恋愛相談なんて、どう対処したらいいのやら…)


「それで、お話って?」

「…うん」

「変な体験、だったかしら」

「うん」


 意を決したように、エルネストが赤みがかった金色の瞳を私に向けた。


 彼は昨日のうちに、主人公リリィと遭遇している筈。恋を知らない脳筋タイプが、初めての恋に落ちたのだ。それはさぞや「変な体験」に違いない。


「夢を見たんだ」

「はい?」


(夢?リリィの話ではなく?)


「夢の中で、俺は………俺は…何を信じればいいのか、わからなくなって」

「わからなく?」

「うん…正しいと信じてきたことが、こう…ぐにゃっと」


(脳筋わんこめ、ボキャブラリーもないのね…)


 正直今回は想定外だったが、難しい事を考えたり悩んだりするのが苦手なエルネストは、昔から頭がパンクしそうな課題に直面するとすぐにクラウディアのところへ相談に来ていたのだった。

 …なんて、そんなこと「私」が知るわけない。やはり、どうも「クラウディア」の記憶が混じってきているようだ。


 私は、もどかしげに動かしている彼の手をそっと上からおさえた。

 ハッとしたように肩を揺らしたエルネストが、私に視線を戻す。


「それではわからないわ。貴方は、夢で何を見たの?」

「…正義だと、騎士の義務だと信じて振るった拳で、守ると決めていた大切なものを壊した…」

「そう」


(まさか夢見の悪さまで相談されるとはね…)

 重ねた手を、ぽんぽんと軽く叩く。


「騎士は正義の執行者ではないのよ、エルネスト。どんな物事だって、良い部分と悪い部分があるもの」

「クラウディア」

「人の数だけその人の信じる正義があるわ。弱者の主張が正しいとは限らないし、多数が信じたものが正しいとも限らない。だからね、貴方には騎士の正義の他に、貴方個人の正義があっていいのよ」


(あの時のように…それを他人に、強制さえしようとしなければ)


「貴方はどんな信念を持って、何を守るの?」


 私がそう言うと、エルネストは一瞬で表情を引き締めた。


「俺は君を守る」

「え」

「今も昔も変わらない。…君はいつだって俺に道を示してくれるんだね」


 重ねていた手をとられ、エルネストはベンチから滑り降りるように床に膝をついた。

 唖然としているうちに、手の甲にキスされる。


「導きの女神よ。俺は剣にかけて君に生涯の忠誠を誓う。君を守ることを、俺の正義とするよ」


(なんでそうなる!?)


「……ち…忠誠は、王家にこそ捧げるべきものではなくて?」

「騎士としては、もちろん。だけど、俺個人は、君に捧げる。…へへ」


(へへ、じゃない!)


 思わず掴まれている手を引っこ抜いて胸元に抱え込むと、エルネストは私の手に逃げられた右手を拳に変え、トンと己の胸を叩いた。


 すっかり尻尾を振ってる状態に戻ったエルネストに笑顔を向けられて、私は内心頭を抱える。

 一方的に懐いてくる犬と自然に距離をとるのはなんと難しいのか。…エルネストに関しては、彼の関心が主人公に移っているタイミングを見計らって、そっとフェードアウトするのが正解かも知れない。

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