標準ソウビで
やる気はなさそうだけど、アイナの教育係に任命されている立場のミディ先輩。人形をぶった斬れるのは良いとして、もうちょいうまく動けるようにあれやこれや説明する。茶トラ隊長殿と違って、アイナにベタベタ触らないところは評価しよう。
先輩の教えの甲斐があって……かな? 剣を手に人形に立ち向かうアイナの格好は、ちょっとはサマになってきたろうか。でも、成長のほどがハッキリ見られる前に、アイナの手のひらが悲鳴をあげた。
手に巻いた白い布が赤くにじんでいるのを見たミディは「休憩しますか」と提案した。アイナは無理しすぎちゃうんだからな、早めに気付いてほしかったよ。
横に長い木の椅子でアイナが休んでいると、ミディはコップに入れた水を持ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
いいな、水。僕も飲みたい。なんの気なしに影から出て、アイナのひざで催促した。
「あれ、猫」
「あっ、私の猫です。ルルもお水ほしいの? ちょっと待って……」
「いいですよ、これ」
「でも」
「もうひとつ持ってくるんで」
ミディは自分のぶんのコップをアイナに渡して、背を向けた。案外いいヤツなのかな?
アイナにコップを傾けてもらって、お水を飲む。お水、おいしい。しっぽがゆらゆらしてしまう。アイナもだいぶ、喉が渇いていたようだ。戻ってきたミディは隣で立ったまま水をすすりながら、ぼそっと聞く。
「まだやります?」
もう帰ろうよ、アイナ。でもアイナはコップを置いて、「あの、これでやってみてもいいですか?」と聞き返した。これ、ってアイナが指したのは、腰にくくりつけてある短い剣。兵士の標準ソウビとやらで、新しい服と一緒にリリーが出してきてくれたものだ。
「短剣で斬れるかなあ……まあいいですけど」
先輩の許可をいただいて、再び人形に対峙するアイナ。
短剣で斬りかかると、人形も剣を振り下ろしてくる。それを弾いて、低く懐に踏み込んで一撃。人形の剣が戻ってくる前に、返す手でもう一撃。
人形はポロッと剣を取り落して、そのまま崩れるように姿を消した。
ちょっと遅れたら、アイナの首がちょん切られちゃうところだったけど! 長い剣よりも、だいぶいい感じだ。
「そうかぁ背が低いから……」
「短剣のほうが合っていそうだな」
ミディの声に、別のオトコの声がかぶさった。茶トラ隊長だ。
「あれ隊長、早かったんですね」
「お客さんのほうから向かってきてくれたんでね。行く手間が省けた」
「それはなによりで」
魔物退治を終えた隊長殿がご帰還されたようだ。
「あっ、隊長……お疲れさまです」
アイナが遅れて反応した。
「ミディの教え方のほうがうまかったか?」
「いえ、そんな」
「この人、もう何も教えなくていいですよ」
この人、って失礼だなぁ、ミディ先輩殿。気持ちはわからないでもないが。
「もう討伐班に入れちゃっていいんじゃないですか?」
「そうはいかないだろう。まだこっちに来て5日と経ってないんだぞ?」
「女性には甘いよなぁ……。俺の時と扱いが違いますよ」
「女性は関係ないだろうが……」
「でも、森の当番くらいはいいと思いますけどね?」
「そうだなあ……」
オトコふたりで話し出し、アイナは置いてけぼりだ。アイナが黙っているので、僕が「ナァッ!」と抗議してやった。当番ってなんだろ?
このあと説明されたことは、だ。この国の王様が住んでいるお城は山を背にして立っている。周りは森で囲われていて、そこに魔物がちょいちょい隠れているらしい。今日、隊長が倒したような大きいヤツは人を殺すこともあるけれど、隠れているような小さいヤツは特段危険というわけでもない。
ただ、そいつが大きく育ってしまうとマズい。お城は位の高い騎士様が守っているけれど、森の中までは入っていかない。それは討伐隊の役目で、定期的に森に分け入って山のほうまで探索し、まだ小さいうちに魔物をやっつけておく必要がある。
それを、森の当番、って呼んでるらしい。
山かぁ……泥で汚れるのはちょっと気が進まないな。だけどアイナが「行きます」と言ってしまったもんで、次の当番に参加することになった。いよいよ僕らの初陣というわけだ。
そもそも、僕らは魔物を倒すためにここに来たんだしね。アイナが危険な目に遭わないか心配だけど……。訓練の様子を見る限り、余裕そうだよね?