剣を振るう社畜
それから毎日、剣の訓練をする日が続いた。毎朝、討伐隊本部の訓練場に行って、陽が沈む頃に部屋に帰る。
茶トラ隊長殿がアイナに出した課題は、ただ剣を振るだけ。素振りっていうやつ。決められた型のいくつかを、ただひたすら、何回も何回も繰り返す。僕はその様子をぼんやり眺めていたよ。規則的に動くものを目で追うのは、猫にとって最高の娯楽なんだ。
隊長はお忙しいらしく、自室にこもって別のお仕事だ。アイナはひとりで頑張っている。
3日め、その日の訓練を終えて部屋に戻ると、もう限界だったらしくてアイナはリリーに泣きついた。アイナの手のひらは、痛そうにぐちゃぐちゃだ。
「痛ぁ……」
「しみませんか?」
リリーが変な匂いのするものをアイナの手に塗り込んで、白い布を巻いている。
「ありがとう、だいぶ楽になった」
「無茶をなさいましたね」
アイナは努力家だからな。僕のなんにもしない生活をちょっとはマネしてみたら? 手が痛くなってしまったアイナになでてもらえないのはちょいとさみしい。だもので、リリーの足元をおでこで小突いて、アゴをさすってもらった。
「ふふっルル様たら。アイナ様、明日はお休みなさいますか?」
「ううん、行きます。これなら大丈夫そう」
アイナは手をひらひらさせた。休まないのかぁ。くしゃみをいっぱいして、フラフラな時もカイシャに行っていたもんな。本人いわく、「シャチク」。頑張りすぎるのは、特技でもあって弱点でもあるぞ。リリーにこちょこちょされて、顔がだらしなくなっている僕に言われたくはないかね?
次の日、アイナは新しく作ってもらったっていう服を着て出かけた。いつも通りおひざに乗った時の感触を確認してみたけれど、頑丈そうでイマイチだ。訓練場に着いてから気が付いたんだけど、他のオトコどもとおそろいなんだね。隊服というやつらしい。あと、茶トラ男はご不在のようだ。
手が痛いはずなのに、アイナが健気に剣の素振りをしていると、ひとりのオトコが近づいてきた。アイナは手を止めてオトコのほうを見る。
「隊長は早朝から討伐に出てます。今日は俺が見るんで」
「討伐って、魔物ですか?」
「まあ、いつものことですけど。けっこう大きいヤツなんで、隊長が行ってます」
「大きいって……大丈夫なんでしょうか」
「隊長、強いし。大丈夫でしょ」
なんだかぶっきらぼうなヤツだな。ただ、見た目は他のオトコどもと雰囲気が違う。髪の毛の色は薄くて、陽に当たってキラキラしてる。目は葉っぱみたいな薄い緑色だ。だるそうに立っているけど、シロウトじゃない気配がする。なんのクロウトか、僕にはわからないけども。
「あの、私はアイナといいます。よろしくお願いします」
「ああ……俺はミディです」
ミディと名乗った緑のオトコは、めんどうくさそうな感じで頭をかきながら、近くにあった物入れから丸いものを取り出した。
「これ、やりました?」
「なんでしょうか?」
ミディ先輩は丸いものを、ぽいっと放る。猫としては、ウニャン! と飛びつきたくなるけれど、ここは我慢だ。
地面に当たった丸いものから、ニョキッと生えたのは……黒いニンゲン? 顔はなくて、つるっとしてて、おっかないことに剣を持っている。
「訓練用の人形。実践のほうが早いかなって。やってみてくださいよ」
やってみて、って雑なヤツだな。
「こっちが攻撃すると反撃してきます。当たって死ぬことはないけど、ちょっと痛いかな」
よくできてるなぁ。これも魔法なのか? って、アイナが痛い思いをするのはイヤだな。
だけどまあ、アイナは真面目だからな。言われた通りに、黒い人形をやっつけようと剣をかまえた。
実戦経験は今のところゼロの僕が偉そうに言うことじゃないけれども。人形を相手にえいやっと剣を振るアイナの姿は……なんていうか、剣に振り回されてる感じなんだよなあ。
もっとこう、バシッとザクッとやっちゃってよ。
「えっ」
えっ?
間の抜けた声を出したのはミディで、間の抜けた感想を心に浮かべたのは僕だ。
アイナのふらついた剣が、人形の首をすっ飛ばしたんだ。頭が地面に落ちて、その瞬間、人形は消えた。
「これでいいんでしょうか……?」
おずおずと尋ねるアイナ。ミディは「ぁあ……」と頭をかいて、丸いものを拾い上げる。
「これ……割と実戦に近い形でできてるんですよ。対魔物っていうか、人間同士の。人間の首ってね……たぶん、そんな簡単に切れないと思うんだよね」
既視感、っていう言葉はここで使うのかな? 初めて剣を持った時の、隊長殿の反応と似てるよね。アイナのトンデモ能力は、どうやら実戦でも発揮されるみたいだ。
「どうしましょうか……?」
初戦で敵の頭をぶっ飛ばした女剣士どのは、顔全体で「困りました」って表現してるよ。もっと自信を持ちたまえよ。
「うーん……もう一回、やってみますか」
ミディが丸いのを投げると、またさっきの黒いやつが飛び出た。
どうやらさっきのはまぐれじゃなかったようだよ。へろへろしたアイナの剣は、人形の胴体をまっぷたつにしちゃった。
ミディ先輩はまた頭をかいている。
「俺が教えることはない気がするんだよなあ……」