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猫にもわかる、異世界のコトバ

 僕が茶トラ男って呼んでいる「隊長」と、剣を振る練習をしていたアイナ。普段から運動不足だって言ってたからなぁ。この世界ではかなりの力持ちで茶トラ男を驚かせたけれど、体力はそうでもないのかな。


 早々にくたびれてしまったらしい。よろけたアイナを、茶トラ男がつかまえて支えた。おっと、またお触りになる?


 お世話をしてくれるリリーみたいに、隊長が女の人だったら良かったのに。周りを見ても、ホコリだらけ泥だらけ、むさ苦しいオトコばかりだ。アイナのことを、見てないフリしてこっそり見てるだろ? 僕にはバレてるからな。


「よし、休憩だな。昼飯にしたいんだが……場所を移そう。兵士用の食堂もあるが、ちょっとやかましい」


 茶トラ男も、オトコどもの目からアイナを遠ざけたいようだ。僕と同意見。


 移動した場所、食堂には、アイナくらいの年ごろの人や年取った人、オトコも女の人もいた。着ている服の種類も色々だ。たくさんニンゲンがいる場所はまだ苦手だな。いつかは影から出て、かっこいいしっぽをピーンとしてアイナを守ってあげないと。


 ニンゲンは、しょっちゅう食事をしなくちゃいけないから不便だね。僕は朝、リリーが用意してくれたゴハンをおいしくいただいたので夜まで平気だ。アイナが出してくれていた、ガリガリする固いヤツほどじゃなかったけど、まあまあうまかったよ。


「文字は読めないんだよな?」


 茶トラ男がアイナに聞く。僕も、読み書きはまだできない。


「はい、耳で聞くのは問題がないのですが」

「わかった。じゃあ……」


 女の人がやって来て、茶トラ男が指さす板について何やら話している。アイナと似たような雰囲気の、優しそうな人だったから、思わずしっぽがフリフリしてしまったのは秘密だ。


「ここのおすすめをいくつか注文した」

「ありがとうございます……おまかせして、すみません」

「よく礼を言うし、謝罪するんだな?」


 アイナはあっ、となってうつむいた。


「あ……そうですね。故郷の風習です」

「いや、わかっているから気にしなくていい」

「すみません……じゃなくて、あの、謝らなくてはならないことが」


 アイナが謝ることなんて、なにかあったっけ? 茶トラ男も「なんだ?」と首をかしげている。


「先ほど、お名前が聞き取れなかったのをごまかしてしまって、申し訳ありません。話されている言葉はわからないんですが、意味はわかるというか」

「ああ、不思議だよな?」


 確かに不思議なんだよね。僕は猫なりにアイナの言っていることは理解しているつもりだったけど、理解の度合いが全然ちがう。きのうと今日で、頭の中にすごくたくさんの言葉が流れてくる。猫のちっちゃい脳じゃ処理できないよ! と思ったんだけど、なぜだかわかってしまうんだよ。改めて、魔法って便利だね。


「言葉が通じないと、苦労も多い。あなたを喚び出した司祭が、異国語を理解できる魔法の研究を進めてくれた成果だ」


 あのじーさんの手柄だったのか。ちょっとは見直してやるか。


「ロシュ・クラネス。この国の人間でも言いにくい名前だ」

「ロシュ・クラネス隊長。ご親切にありがとうございます」

「また礼か」


 くっくっ、と笑う茶トラはなんだかうれしそうだ。普段、感謝されることがないのかね? 僕は毎日、アイナに「うちの子になってくれてありがとう」って言われていたよ。


「やはり、ショージのじいさんとよく似ている」

「ショージさん?」

「ああ、知り合いに、あなたと同じように召喚された人がいるんだよ。たぶん、同じ国の出身なんじゃないかな」

「そうですね、名前が日本……同じ国の方のようです」

「会ってみるか?」

「はい、ぜひお願いします、会ってみたいです」


 じいさんに会うのは、そんなにおもしろい提案じゃないんだけど。どうやらアイナは乗り気のようだ。


「ようやく笑った」

「えっ……」


 茶トラに言われて、またアイナがうつむいてしまった。確かに、アイナはずっとこわばった顔をしてたけどさ。


 リリーが迎えてくれる僕らの部屋に戻ったら、きっとアイナはいつも通り笑ってくれるから。余計な気遣いは不要ですよ!


 これは「嫉妬」?


 僕が覚えた、新しい言葉だ。


 ウーン、と考えてみたけれど。さっきの女の人が両手にお皿を持ってやって来たので、僕の関心はそちらに移ってしまった。ご存知の通り、猫って生き物は気まぐれなんだよ。

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