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茶トラ隊長

 ここは僕にとっては異世界。ロマニナの国に朝が来た。


 僕は猫なもので、一日のうちいつだって寝られるのだけど、飼い主のアイナに合わせて夜にぐっすり眠るようにしているよ。だけど普段のアイナは、夜中に何度も起きるんだよね。イヤな夢でも見るのかな?


 きのう、僕らは初めてのベッドで一緒に寝たよ。アイナはちゃんと眠れるかなって思ったけれど、心配ご無用、というやつだったみたい。一度も起きずに朝になった。


「おはよう、ルル。一緒にいてくれたんだ」


 目が覚めたアイナが僕の背中をなでてくれる。


「不思議だね。違う世界に来たのに、ルルは一緒なんだね」


 アイナが起き上がったとき、扉を叩く音と、リリーの気配がした。僕はまあまあ優秀な猫って自覚があるけれど、リリーもかなり優秀なお手伝いさんなんじゃないかな?


「おはようございます、アイナ様。よくお休みになられましたか?」

「おはよう、リリー。久しぶりにぐっすり寝られました」

「ようございました! 身支度をお手伝いいたします」


 ごはんとか、着替えとか、お風呂とか。リリーがアイナのすることを全部手伝う。最初、アイナは断っていたけれど、高貴な人は自分でやらないものらしい。僕もその高貴な人、に含まれるはずなんだけどね?


今日からさっそく、アイナは討伐隊の本部に通うことになるらしい。そこで訓練をして、魔物と戦う準備をするわけだ。


 リリーが用意した服は、きのうの重たいゴワゴワしたのとだいぶ違って動きやすそうだ。いつもどおり体をすりつけてみた。ツルツルしていて、ひざに乗りにくそうだなあ。


「隊から迎えの方がいらっしゃるそうです。まずは隊長にお会いくださいませ」


 リリーが前に立って、部屋を出る。緊張した感じのアイナの足元で、僕は自慢のひげをそよそよ言わせて歩く。そういや、外に出るのはこれが初めてだなあ。


「お迎えにあがりました! 召喚者殿ッ!」


 デカイ声に、僕の心臓はヒュっとなった。お迎えの人は男ですよ。僕はもう慣れたもので、さっさとアイナの影に入った。


 リリーに見送られて、本部とやらに向かう。僕らがいたのは、いくつもある建物のうちのひとつみたい。スケールが違う、って言えばいいのかな? 家の中しか知らなかった僕が、たくさん建物が並んでいるのを見て歩くなんてねえ。影に入る魔法を使えなければ、見られなかった景色だ。


「こちらでございます! 自分はこれで!」

「あ、ありがとう」


 アイナがお礼を言うと、男は大げさな身振りをしていなくなった。声のデカイ男は特に苦手だからね、少しホッとした。


 さて、男が「こちら」とアイナを連れてきたのは、なんだかスカスカした感じの建物だ。さっきまでいた建物の床はふわふわだったのに、こっちは歩くとギシギシ言う。猫なりに、雑な作りなんだなって観察したね。


 アイナは扉を叩こうとしたんだけど、その前に別の男が顔を出した。まあ、あれだけデカイ声がすれば中にいる人も気付くよね。


「アイナ殿か」


 そう聞いた男の声は、さっきのヤツよりはだいぶ落ち着いていて、見た目もお品がいいかな。男の髪の毛の、薄い茶色で思い出したよ。アイナがママになる前に僕が住んでいた、猫がたくさんいる家。そこでつるんでたダチの茶トラがこんな色だった。かなりやんちゃなやつで、ナベをひっくり返したりお風呂にドボンしたり。一緒に怒られてさんざんだったね。


 茶トラ男はアイナを硬そうな椅子に座らせた。おいおい、柔らかいソファはないのかよ。そんなわけで僕はしばらく影の中にいることにした。


「私は討伐隊の隊長をしている、ロシュ・クラネス。アイナ・アサカワ、あなたの入隊を歓迎します」

「よろしくお願いします、ええと、すみません……隊長?」

「それでかまわないよ」

「ありがとうございます……」


 名前は……ん、なんだって? 茶トラ男はにっこりしてみせたけど、すっと真顔になった。


「すでに聞いていると思うが、国内での魔物の被害が増えていてね。あなたには、早めに戦力になってもらえるとありがたい。剣術の経験は?」

「いえ……ごめんなさい、まったく」

「格闘術などは?」

「何も……ないんです」


 茶トラ男は表情を変えなかったけど、内心焦っているじゃないかと推測するね。あのじーさん、やっぱり無茶振りだったんじゃないか?


「ふむ……さっそくですまないが、あなたの実力を見せてもらってもいいだろうか?」

「はぁ……」


 いざとなったら、僕の実力を見せてやるけどね。とはいえ、僕も実戦経験は少ないんだよなあ。家に虫が出たら、絶対にアイナより先に見つけてたんだけど。討伐数はアイナの方が上だ。


 僕らはギシギシいう建物を出て、おひさまの当たる砂地に来た。茶トラ男はアイナに、長い棒を渡す。


「持ってみてくれるか」

「剣……ですか。初めて触るんですが」

「これは訓練用で刃がない。大丈夫だよ」


 こわごわと茶トラ男から剣とやらを受け取るアイナ。


「意外と、重いんですね」


 腰が引き気味だよ、アイナ。だけど僕が気になったのは、茶トラ男の表情のほうだ。


「重いか」

「重いですね」


 なんだ? この会話は。茶トラ男はフーっとため息をついた。


「やはり、召喚者はただ者ではないか」

「どういうことでしょうか?」

「普通の女性が、初めてでそのような持ち方をできるわけがない」

「……ええと」

「訓練用とはいえ、重量はそれなりにある。そんな持ち方をして立っていられるものか」


 アイナはちょっと考えて、剣を持ち直した。今度は頭上に掲げてみせる。


「こんなこと、できるはずはないと」

「そうなるな」


 僕に魔法が使えたように、どうやらアイナにも不思議な力が備わっているらしい。それはめでたいことなんだけど。茶トラ男がアイナに剣の持ち方を教える時、体に触ってるのが気に食わないんだよな。

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