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猫が使うマホウ

「このままだと恥ずかしいんだけど……何か羽織るものはない?」

「ええ、のちほど司祭様が戻られます。お着替えをなさったほうがよろしいですね」


 僕のママ、アイナはお手伝いをしてくれるリリーとあれやこれや話して、服を着替え始めた。


 ベッドで僕と一緒に、だらっとしてたときの格好のままだったからね。偉い人用の服に着替えるのは賛成だ。青いリボンの首輪だけで、ハダカの僕が言うのもなんだけど。ツヤツヤでシマシマの毛皮がいっちょうら、と思ってほしい。


 着替えたアイナに、さっそく匂いをつけに行く。足元に体をすりつけたら、固くてごわっとする服でがっかりした。ひざに乗ったとき、居心地がイマイチなんだよなあ。


 でも、偉い人用の服を着たアイナはいつもより立派で大きく見えたよ。なんて言うの? オーラ、っていうやつかな。リリーにはないものだよね。


 リリーはアイナの髪にブラシをかけている。なんだか体がかゆくなって、僕も自分で毛皮を磨くことにしたよ。


「毛づくろいしてるの、ルル。だいぶリラックスしてきたみたいだね」

「ルル様もあとでやってさしあげますね」


 股の間を手入れしてるのをアイナとリリーに見られていて、ちょっと照れた。ブラシはぜひお願いしたいけども。


「アイナ様の御髪はとってもきれいですね。こんなに濃い黒の髪は初めて見ました」

「私の国では普通なんだけど……ここでは珍しいの?」

「黒い髪の方もいらっしゃいますけれど、ここまで深みはないですね。私も黒みがある色ですけれど、どちらかといえば茶色ですし」


 黒い毛といえば、僕も自信があるんだけどね? ツヤツヤにした背中を見せてやろうとしたそのとき、ビクっとした。


 誰かが来る。


 思わず隠れてしまった。そこはまっくらで、あったかくて、なんだか落ち着く場所だった。静かなんだけど、不思議なことにアイナの声が聴こえるんだ。暗いのに、アイナの周りの様子がはっきりわかるのも変な感じがするよ。


 男の足音と、ドアを叩く音だ。やっぱり誰か来たんだ。


「司祭様が戻られたようです。お迎えしてよろしいですか?」

「ちょっと待ってリリー。ルルがいない」


 僕? 僕ならアイナといるじゃないか。


「ルル、どこに行ったの! 出てきて!」


 そんなに叫ばなくても聞こえているよ。はーい、と返事をしたんだけど、出たのは「ナァッ」っていういつもの僕のカワイイ声だ。アイナの固い服の足元に、ゴツンと頭突きして愛を表現してあげたよ。


「ルル……どこから……?」


 アイナはびっくりした顔で、僕を両手で抱え込む。どこって。うーん、僕はどこに隠れて、どこから出てきたんだろ?


「アイナ様、お通ししても?」

「あ、もう大丈夫。お願いします」


 リリーが扉を開けて、入ってきたのはさっきのじーさん。うわっ、イヤだな。


 アイナの手をすり抜けて、またさっきの場所に潜り込んだ。ここは安心、安全。ホッとくつろげるね。


「えっ、ルル! いるの?」


 いるよ?


「アイナ様、ルル様が床のなかに……」

「ど、どうしよう? 大丈夫なの?」


 何をオロオロしているのさ、アイナ。僕はとっても快適だよ。


 僕が伝えてあげられればよかったんだけどね。あいにく、ちょっと疲れたんだ。アイナに説明したのは司祭様って呼ばれているじーさんだった。


「ルル殿は、アイナ殿の影に入られているようですよ」

「影に……?」


 アイナが不安そうに覗き込んでくる。でも見てる方向は僕からちょっとずれている。向こうからは見えないんだな。


「アン!」

「いるんだ、ルル……」


 ひと声出したら、安心してもらえたみたい。大丈夫だよ、ママ、って言いたいんだけどさ、僕の体じゃちょっと違う声しか出せないんだ。


「ルル殿が使われているのは、魔法、と言えば伝わるでしょうか」

「ルルが魔法を使えるんですか?」

「召喚の儀で、魔力を身につけられたのでしょう。影に入り込む魔法は容易に扱えるものではありませんが、そう珍しくもない」


 じーさんの話は難しいんだけど、なんとなく理解できるんだ。魔法? 魔力? ってやつのおかげなのかな? やっぱり僕ってすごいよね。


 このあと、アイナとじーさんは僕お気に入りのふかふかソファに座って、しばらく話をしていた。僕はその間、アイナの影のなかで、すごくいい気持ちでうたた寝していたんだ。


 だけど、ちゃんとふたりの話は聞いていたよ。

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