好きとか恋とか
つまり隊長は、アイナに恋しちゃったってこと?
猫である僕に、人間の気持ちがわかるのかって? まだ4歳の僕だけど、淡い恋のひとつやふたつ経験済みだよ。
たくさんの猫と暮らしていた保護猫時代は、僕もまだガキだったかな。かわいい女の子とも一緒に住んでいたけれど、同い年くらいの茶トラや黒猫たちと追っかけっこ遊びに夢中だった。
初めての恋は、アイナの家の子になってからだ。
窓の外に遊びに来る、ちょっとオトナな女の子。シマシマの背中と、真っ白なお腹に手足。
イエネコとは違う、アクティブな魅力に釘付けになってしまったんだ。
カノジョのほうも僕のことを気に入ってくれた。窓越しに、せつなく接吻しあった思い出。
しかし悲しいかな、家猫と野良猫の恋が成就するのはムズカシイ。
カノジョに会えなくなった理由はわからない。誰かの家の子になっていればいいんだけれど。けがをしたり、病気をしたり。野良猫の寿命は3年くらいらしいからね。僕よりもずっと先に、旅立ってしまったかもしれない。
そんな出来事をすっかり忘れていたけれど、思い出して甘酸っぱい気持ちになった。
甘酸っぱいなんて気持ちを知ったのは、この世界に来てからだよ。ワクワクするような気持ちと、つらい気持ちと、両方がごちゃまぜにやってくるんだね。
今のアイナは、どんな気持ちなんだろうか?
アイナが考えていることはだいぶ理解できるようになったけれど、全部がわかるわけじゃない。
特に、女心の機微はむつかしいのさ。
「ルル、おいでー」
ベッドに横たわって、ずっと天井を見ていたアイナ。気持ちがおさまらなくなったのかな? 体の向きを変えて、僕の名を呼ぶ。
ソファでうっつらこっつらしていた僕は、ウーン、と伸びをひとつして、アイナのもとへ行く。
ベッドに飛び乗って、アイナの顔に鼻でいくつもキスをしてやる。
「ルル……好きだよ」
アイナの手が、僕の顔をごしごしとこすった。至福の時。僕も好きだよ。
今の僕なら「好き」って言葉を伝えてあげることができるかもしれない。でも僕とアイナの間に、言葉なんて野暮なものはいらないんだ。
僕はアイナに、何度もおでこをこすりつけた。「愛している」のしるしだ。
「ルルもママが好きなの? ありがとう」
何も言わないつもりだったけれど、ノドがゴロゴロ鳴ってしまうのは生理現象なので別扱いとしてほしい。
「世界でいちばん好きだよ……」
甘くて優しい言葉を口にしながら、アイナは難しい顔をしていた。さっき、ミディに聞かされたことを考えていたんだろう。
「なんだろうね……好きって……」
僕の背中をなでていたアイナの手に、ちょっと力が入った。心地よくて、僕のゴロゴロは音が大きくなってしまう。
「もうールルはー! 甘えんぼさん!」
アイナは大笑いしたかと思うと、急に僕に背を向けた。
「あぁ……もう……」
どうやら、あれやこれや思い悩んでいるようだね。
隊長がどんなふうに思っているかなんて、本人に聞かないとわからないのにさ。わからないことを悩むのはやめようよ。
ミディの勝手な勘違いだったら、時間がもったいないぜ。
そもそも、僕が「よし!」と許したオトコじゃないと、アイナのお相手にはなれない。
もとの世界で、アイナが家にオトコを連れてきたこともあったんだ。
僕は気配だけで、「ムリ!」って判断したよ。オトコが家にいる間、僕は頭が大混乱していた。どこかに隠れることに必死で、でもいつもの場所に行きつけなくて、壁のすみっこでブルブル震えていたんだ。
僕があまりに怖がるので、アイナはそのオトコをいつまでも家にとどまらせることができなかった。
オトコにはお帰り願ったようだけれど、僕はしばらく震え続けてた。
アイナがオトコを連れてきたのはそれっきりだ。今思うと、僕がアイナに恋人ができるチャンスを壊してしまったのかもしれない。
でも、僕を怖がらせるようなやつは、きっとろくでもないのだ。
僕は、隊長殿のことを思い返してみる。
初めて見た時、茶トラ色だって思った髪。年をとって髪が白くなってきたら、ほんとうに茶トラになりそうだ。
僕が知っている、この世界のオトコ……ミディや声のでかいアンジェロ、アズール王子と比べてだいぶ上背がある気がする。
魔物をやっつける討伐隊の、いちばん偉くて強い人。年の頃はアイナと同じくらいでちょっと上。
もろもろ、条件は悪くないね。でもさ、誰かを好きになるのに条件なんて理屈は関係ないだろう?
さっきから、何やらウンウンうなっているアイナ。まあ、平和な悩みじゃないか。
どうやって魔物を全滅させればよいのか? っていう、僕らに与えられた大命題に比べたら、だいぶかわいらしい悩みごとだ。
働きづめのアイナには、恋に悩む時間も必要だよ。
だけど、僕の嫉妬心もお忘れなく。顔をおおっているアイナに手をチョイチョイして、僕のほうを見ろと気を引く。
「ルルー……痛いでしょ」
おっとごめん、うっかり爪がひっかかってしまったみたいだ。
こっちに来てから、爪は大事な武器だからね。短く切らずにおいている。
アイナを傷つけるわけにいかないから、鼻をぐいぐい押し付けることにした。笑った顔のアイナが現れて、もう一度僕を抱きしめてくれる。
この時間が永遠に続けばいいのにと思う。




