表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/45

初めての休日

「傷が癒えるまでは出てくるな。わかったな?」

「はい……」


 アズール王子の部屋を魔物が襲った騒動の翌朝。隊長に送られて、僕らは部屋に戻ってきた。


 リリーは帰らない主を、寝ずに待っていてくれたようだ。包帯だらけのアイナを見て、口元をおさえる。


「こいつが無茶をしないように見てやってほしい。使いを出すまでは待機だ」

「かっ、かしこまりました!」


 隊長も寝てないはずだけど、これから本部に戻って仕事なんだろう。いやはや、頭が下がるね。


 リリーは大きく頭を下げて、隊長を見送る。


「おけがはひどいのでしょうか……?」

「見た目だけは大げさよね。浅い傷しかないから大丈夫」


 小柄な体いっぱいで不安を表現するリリー。何があったのかを聞かないし、言うこともできない。アイナは笑ってみせた。


「でも、大丈夫って言ったら隊長に怒られちゃった。ちゃんと休みます」

「ええ! そうなさってください……!」


 おそろしいことなんだけれど、この国の人たちには「休日」という概念がない。


 アイナのお世話をするのが仕事のリリーが、いてくれなかったことがないんだ。


 元の世界では働き詰めだったアイナは「それでも会社員よりはだいぶいい」なんて言ってたけど。


 お日さまが昇って、沈む頃には仕事はおしまいだからなあ。魔物は夜、見つけづらいっていうのもある。


 だけど、昨夜みたいに遅い時間でも魔物が湧くのはまいるな。


 魔物退治に行って、アズール王子に会いに行って。しばらく忙しくしていたせいで、だいぶ疲れているのだろう。


 心配性で、寝るのがあまり得意じゃないアイナも、かなり長い時間眠り続けた。僕は顔のすぐそばで丸くなる。


 何かあれば僕が先に気付くし、心配はいらないよ。


 でも、あまりにアイナが目を覚まさないので、さすがの僕も退屈をもてあまし始めた。こちらの世界に来て、退屈したのなんて初めてかもしれないね?


 様子を見に来たリリーに甘える。リリーの服のリボンを追いかけて遊ぶなんていう、猫らしいことをして過ごしたよ。


 魔法の力で、心はだいぶ「猫じゃない」感じになってきた僕だけれど。


 いつか、心だけじゃなくて体も「猫じゃない」になっていくのだろうか? もし人になれたなら、アイナのことをもっと支えてあげられるんだろうか?


 リリーは、僕がお尻のあたりをくすぐられるのが好き、って気付いたらしい。思わずノドをゴロゴロ鳴らしてしまって、いや、猫のままのほうがいいなって考えるのをやめたんだ。


「やだ……もう暗いじゃない……」

「アイナ様! よくお休みでしたね」


 そのうちアイナが起き出してきた。


「包帯を変えましょう。お傷を見せてくださいませ」

「うん……」


 リリーは慎重にアイナの腕から包帯をほどいていく。アイナは、あれっ、と口にした。


「ねえリリー……だいぶ治ってるんだけれど」

「そうですね、もう傷がふさがって」


 アイナの不思議な力なんだろうか。それとも、アズール王子のおかげなのか。


「でもアイナ様? 浅い傷だけっておっしゃいましたよね」

「あ……そ、そうね」


 リリーはむくれて見せた。体のあちこちにある傷のなかには、浅くない、ものもあったみたいだ。まったく、アイナらしいというか。


 薬を塗って、清潔な布を当てる。使う包帯もそんなに多くはなくて、見た目は大げさ、ではなくなった。でも。


「いいですかアイナ様、お使いが来られるまではお休みくださいね?」

「わかってます。もう隊長に叱られたくはないもの」


 今までのアイナだったら、翌朝からは出動します! って言いかねなかったからね。


 隊長のお叱りがだいぶ効いたようで、次の日はまる一日、部屋でぼんやりと過ごしたんだ。何もせずに過ごすなんて、僕がアイナの子になってから初めてかもしれない。


 とはいえ、二日目ともなると落ち着かなくなってきたようだ。アイナはふらりと、部屋の外に出る。僕らの部屋は建物の二階にあって、下の階にはリリーの部屋や、今は護衛の兵士が使っている部屋がある。


 兵士の部屋は扉が開けてあったので、僕が先に立って覗いてみる。そこには見知った顔があった。


「おや、猫殿」

「ァオン」


 遅れて、アイナが来た。


「ミディ……どうしたの?」

「どうしたって、当番です」


 ミディがアイナの護衛の当番とな。のんびりとお茶をすすっている様子は、とてもお仕事中に見えないけれど。


「えっと……そちらは、どう?」


 王宮に魔物が出たことは、討伐隊のなかでも秘匿事項だ。アイナがあいまいな尋ねかたをしたので、ミディは頭をかいた。


「特にこれといって。ただ……」

「何かあったの?」

「うーん」


 ミディは立ち上がって、廊下に誰もいないのを確かめて扉を閉めた。


「森の魔物が増えてる……かな」


 初心者の入門編。ちっちゃくて力のない魔物が潜んでいる、城を取り囲む森だ。


「昨日、かなり片付けたのに、今朝も相当出ているみたいで」

「どうして……」

「さあ?」


 考えてもわからないことは考えない主義の、ミディ先輩。


「だからってやめてくださいよ、飛び出していかないように見張ってろって隊長に言われてるんで」

「また、それ? リリーにも言っていたのよ」

「隊長らしいなぁ……まあ、わからないでもないけど」

「無茶するなって、言うほど無茶をしてるかな」

「そうですね……」


 ミディの目がちょっと伏せられた。僕の耳も、後ろにひゅっとそり返る。


「隊長の心配性は無自覚だから、腹が立つんですよね」

「え?」


 ミディでも腹を立てることもあるんだな。そりゃそうか。

「気が付いてないんですか?」

「心配されすぎってことに?」

「そうじゃなくて」


 ふだんはすねたような表情をしているミディ先輩が、おもしろそうに笑った。


「隊長、アイナが好きなんですよ」

「……っ、それは」


 アイナの心臓がばくん、って言うのを感じた。僕の耳はひっくり返ったままだ。


 それは割と、最初の頃から感じていたことだ。でも僕、考えないようにしていたんだよ。腹が立つ……からかな?


 なのにさすがはミディ先輩。容赦がない。


「もといた国と、価値観が違うとかおっしゃる?」

「そういうのじゃ……ない……」


 アイナは自分の手を握ったり閉じたりと、落ち着かなくなった。


「仕事に自分の気持ちを持ち込むような人だって、思いたくないのよ……」

「それは隊長自身もでしょうね」


 うろたえるアイナを見て、ミディはすっかり楽しんでいるふうだ。あれ、魔物が出没中の、緊急事態なんじゃなかったのかなあ?


 なんだか空気が酸っぱくて、むずがゆい。


「俺はいいと思うんですけど」

「もう、やめてよ!」

「隊長が人を好きになるなんて、ないと思ってたからさ」

「私はそういうの、考えられない……」

「ふぅん? 隊長は、話していないかもしれないけれど……」

「何?」


 ミディが小声で何かを言おうとしたので、アイナはそちらに耳を向ける形で近づいた。


 僕の耳が、ピンと立った。


「失礼します!」


 声より前に扉が開いて、兵士が入ってきた。


 にやにやするミディと、胸元で手をいじり、頬を赤らめているアイナ。ふたりの距離は近い。


 兵士は、あっ、となった。


「さてお姫様、お部屋でおとなしくしていてくださいね」


 ミディは立ち上がる。後ろから両手でアイナの肩を支えて、兵士の横を抜けた。


 直立した兵士は見たい……見てはいけない……と問答しているようだった。


「ふざけるのが好きね」


 アイナはミディに、怒った顔をしてみせる。


「ご存知なかった?」


 兵士に妙な誤解をさせて、楽しんでいるのだ。


「隊長のことはともかく……ちゃんと体を治してくださいよ。これは俺の本心です」


 耳元でひっそりとささやく。


「わかったから、離れてくださる……?」

「いやいや、部屋までお送りします」


 控えの部屋から顔だけのぞかせて、兵士が凝視しているのを僕は見てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ