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大丈夫、平気

 アズール王子の屋敷にはまだ魔物が残っている可能性もあった。暗くては探すのも骨が折れるので、ひとまず立入禁止。明日、改めて掃討されることになった。


 全身に傷を負ったアイナは、女の人たちでせっせと手当てされた。手足は包帯でぐるぐる巻き、顔にも白い布が当てられて、なんだかたいへんな重傷者みたいになった。


 でも、アイナはこわばった顔つきをしながらも、一度も「痛い」なんて言わないんだ。


 僕の胸のほうが痛くなってくるよ。


 手当てが終わり、連れて行かれた部屋には、またもオトコたちが集まっていた。


 大きなテーブルの一番奥にアズール王子、初めて見る太り気味のじいさん、騎士が何人か。それから我らが茶トラ隊長もおわした。


 アイナが入っていくと、隊長殿は座っていた椅子をひっくり返して立ち上がった。


「アイナ……ッ」


 破れた服の上から、とりあえず大きい羽織ものを着せてもらっているけれど、隊長が声を裏返すのもわからないでもない。


「大したことはありません。ご心配を……」

「するぞ、心配も!」


 隊長にも泣かれたら困るなあなんて思っていた僕。王子の声が割って入った。


「ロシュ隊長、あなたの部下に傷を負わせてしまいました。申し訳ない……」

「王子が謝られることでは……」

「私の屋敷で起きたこと。私の責任です」


 ふたりの間で、アイナは困ってしまっている。


「遅れて申し訳ない」


 ほかにも人が入ってきたので、その妙なやり取りはそこまでになった。


 寝間着の上から、こちらもとりあえず法衣を着てきましたという体。顔の周りに毛がいっぱい……なるほど、人間のひげは僕と違ってこうなるのか。今ならわかる。


「司祭殿、遅い時間にお呼びしてしまいました」

「いいえ王子、魔の物に関わることですので」


 司祭殿は、王子の近くの席に腰掛けた。隊長が促して、アイナも席につく。


「しかし、こうして一か所に集まるのは危険ではないのですか? いつまた、魔物が現れるか」


 司祭殿に、王子は返す。


「いえ、アイナに……ロシュ隊長もいらしています。むしろここは安全です。ここ以外は、わかりませんが」

「ううむ……」


 王子様もおっかないことを言うもんだ。


「このあとの立ち回りを決めてしまったほうがいいでしょう。知らせたのは司祭殿とロシュ隊長だけだね?」

「はい、お命じになったとおりに」


 騎士のひとりが応じる。あの場に居合わせた者には、今夜の出来事を口外しないように命じたという。


 けっこうな騒ぎだったから、あっという間に広まってしまいそうだけれどね。


「王には夜が明けてからお伝えします。事情をよく知らぬ者たちが招く混乱のほうが恐ろしい」


 本当に怖いのは魔物より人間ってこと。王子も若いのにわかっていらっしゃる。


「これで二度目になるのですね、ロシュ隊長」


 王子が確認し、隊長がうなずく。


「魔物が……現れるはずのない場所に現れた……それは二度目です」

「隊長」


 アイナは隊長の顔を見た。痛々しいアイナの姿を見て、隊長は苦い顔で言い直した。


「いや……アイナの前に現れたのが……」

「しかも、他の戦力と離れている時に」


 隊長の言葉に、王子が言葉を重ねた。


「私が狙われた……という可能性もなくはないですが。魔物たちとは話ができない以上、今はわかりませんね」


 王子でも、結局「わからない」のか。


「王子の屋敷に魔物が出たなどと……! どのように説明なさいます」


 ふっくらじいさんがうろたえ気味に訴えるけれど、王子のほうは相変わらず落ち着いている。


「市民が住む場所に出たというよりはいいでしょう」

「よくはありません!」

「私が魔力の実験で呼び寄せてしまった、とでも言い訳しておけばいい」


 なるほど、いい考えだ。司祭殿もうなずく。


「とはいえ、納得しない者もいるだろう……ロシュ隊長、そちらの兵を城の警備にいくらか回していただけないでしょうか。その分、騎士団から人を出します」

「はい、そのように」

「オイフェ団長、よいね」

「はっ」


 騎士のひとりが応じた。


 騎士の皆さんは、人同士で戦う訓練はしているけれど、実際に魔物と戦った経験はほぼない。


 討伐隊の兵士のほうは、大小さまざまな魔物どもと日々実戦を積んでいる。剣の腕がいくら優れていても、経験に勝るものはないのだ。


「そして……これです」


 王子が巻いていた布をほどいて皆に見せたのは、アイナが使った宝石いっぱいの剣だ。


「私が己の魔力を注いだもの。切った魔物の魔力の残滓がここから探れるはずです」

「そのようなことが……!」


 司祭殿が驚いた声をあげた。


「これまでは、かなわなかった。アイナの能力でしょう」

「ふむ……」

「司祭殿には、これを詳しく調べていただきたい」

「かしこまりました」


 王子の言葉で、大事なことが次々と決まっていく。王子はお兄さんのミディのほうが優秀だ、なんて言っていたけれど、ほんとうかな、って思っちゃう。


 で、一番大事なのはアイナなのだけれど。それを決めるのをあと回しにしているのは、王子も迷っているからなのかなと想像してみる。


 いつまでも自分への指示がないことを、アイナは目で王子に訴える。すぐに気付いた王子は少しだけ寂しそうな目をして、またすぐに表情をよそゆきのものにした。


「アイナ……動けるのであれば、これまで通り市民を守って欲しい」

「……はい」


 司祭殿が、横から言う。


「しばし、王宮への立ち入りはお控えいただきます」


 王子と会うのはおやめください、ってことだ。またアイナに向かって魔物が現れて、王子が危険にさらされるのはまずい。


 王子のほうに出たなら、そいつは討伐隊から送った兵士でなんとかするしかない。


 ふっくらじいさんが、うんうんと首を縦に振っているのがなんかシャクだ。


「以上だ。皆には負担をかける……この災難を、力を合わせて乗り越えたい」


 王子の言葉で、堅苦しい会は解散となった。


 呼ばれた迎えの騎士が、王子やじいさんがたを囲んで退出していく。それを見送って、隊長がアイナに言う。


「夜が明けたら戻ろう。部屋を借りるからお前は休め」


 アイナはケガ人なのだ。こうして夜遅くまで、小難しい会議に付き合わされてへとへとだろう。影の中でゆったりしていた僕に言われたくないか。


「いえ、私は大丈夫です」


 アイナはいつも通りの、「私は元気じゃなくても無理します」って意味の応答をしてしまった。それが、隊長の何かをプツッと切ってしまったらしい。


 隊長はふうっと息を吐いて、それから声を荒げた。


「大丈夫だの、平気だのと言うな!!」

「あ……」


 突然怒鳴られて、アイナはあ然となった。そりゃそうだ、怒鳴ることがあるか。


「頼むから」


 隊長はしぼり出すように言う。


「ごめ……」


 謝りかけ、アイナは黙る。そうだね、それもきっと隊長を怒らせる。


 隊長の過保護には、責任感以上のなにかがあるんだろう。僕の予想はほぼ当たっていた。

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