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急襲

「王子、抜刀のご許可を!」


 窓から次々と入り込んでくる魔物を前にして、騎士が叫んだ。チリチリするおなじみの小さいやつと、無音の気色悪いやつ。大小入り混じって、どれくらいいるんだ? 暗い部屋に、黒い魔物。見えづらいのが厄介だ。


「許す」


 アズール王子の言葉に、騎士は腰の剣を抜く。部屋の入り口に騎士、窓から流れてくる魔物、そして奥にいる僕ら。


「王子! 外へ!」


 騎士がひとり、ふたりと部屋に踏み込んできて、魔物を退けつつ王子を逃がそうとする。さすが王子を守る騎士様。魔物と戦った経験なんてほぼないだろうに、手近なものを端から切っていく。


 僕も爪を出して、近づいてきたやつを切り裂いた。


 おっと。アイナは丸腰じゃないか!


「これを使って」


王子が差し出したのは、さっきまで身に着けていた剣だ。きっとものすごく高価なんだろうな。金ピカで、宝石がたくさん飾られている。


「お借りします」


 アイナは受け取って、さやから抜いた。刀身も不思議な色をしている。


 しかし困ったな、魔物の数が多すぎて部屋を出られそうにない! 突っ切っていこうとしたら、刃のように鋭い羽で傷だらけになっちゃうぞ。


 騎士の皆さんも、入り口のあたりで立ち往生だ。


「王子、私が道を開きます。外へ走って」

「わかった」

「ルル、王子を守って」


 りょうかい!


 アイナはふだんの隊服じゃなくて、洗われたあとに着せられた長い服。足元がちょっとあやしいけれど、魔物のほうへ向かっていった。


 王子にお借りした宝剣を振る。間合いのずっと外側まで、魔物をえぐりとった。


「すごい……」


 騎士の誰かから声がもれた。


 アイナが右へ、左へ、数度剣を振ると、手近にいた魔物はことごとく吹き飛ばされた。毎日コツコツと、王子と魔力を流し続けた成果がこれか。


 それとも、さっきのお詫び、が決め手だったのかい?


「王子、お早く!」


 アイナの作ってくれた隙をぬって、部屋の外へと走る。残った小さいヤツは、僕がちょいっと殴りつけてやった。うんうん、僕の力もいい感じだ!


 王子は部屋の外へ。でも、窓から入ってくる魔物は絶えることがないようだ。


「いやぁあ!」


 女の人の悲鳴だ! 見ると、廊下ではアイナや僕らを洗ってくれた侍女に、魔物が近づこうとしている。


「私は大丈夫だ! あちらへ!」


 王子が騎士に命じる。ひとりの騎士が動き、また逆のほうから誰かの叫ぶ声がした。


「くそっ、中にもいるのか!」

「戦えぬ者を守れ!」

「しかし王子」

「王子は私がお守りします」


 アイナは見事な斬撃で魔物を切り払いながら、王子を背にかばう。僕は反対側を守ることにしよう。


「早く行け!」

「はっ!」


 廊下にいた騎士たちは、それぞれ武器を手に散っていく。


 どこかで窓が割れる音。他の場所からも、魔物が入ってきているみたいだ。


「どういうことだ……」

「外へ出ましょう」

「わかった、あちらへ」


 アズール王子の声はかすれぎみだったけれど、さすが王子というべきか。びくついたりする様子もなく、落ち着いていた。いつぞやの僕やアイナとは大違いだね。


 戦えない人を守りながら戦うのは、僕もアイナも初めてだ。でも、桁違いの威力になったアイナの剣があれば問題ない。


 追ってくる魔物、進む道をふさぐ魔物を手分けしてやっつけながら、玄関へと続く大広間に出た。


 そこでは、中央に女性や戦う仕事じゃない人たちが集められて、周りを騎士が守っていた。


 外へ出るための大きな扉は、騎士がふたり、背で押さえている。


「状況は!」


 王子の声に、ひとりの騎士が駆け寄ってきた。


「外も魔物であふれております。出るのは危険でございます!」

「なんだと……」


 うひゃあ、屋敷の中に入り込まれているのに、外にも出られないって?


「外からの増援は」

「わかりません、確認する手段が」


 広間の小窓を破って入ってくる魔物もいる。アイナ、どうする?


「私が外に出ます」

「アイナ!?」

「たぶん、本体は外です」


 アイナは親玉の位置を感じているらしい。そして、足にまとわりつく服の長い裾を、剣で切り裂いた。近くにいた騎士が、あっ、となって目をそらす。


「ルルは王子を守って」


 ひとりで行くっていうのかい? 足をむき出しにして動きやすくなったろうけど、それじゃ魔物の羽でカンタンにけがしてしまうよ。僕も一緒に行く。


「ァオン!」


 僕の抗議は、ちょいと情けない声になってしまった。アイナは指の背で僕の鼻をつん、とした。


「大丈夫だよ。言うこと聞いて」

「ァン……」


 僕は犬とは違うからね。飼い主だからって、命令に従う生き物じゃない。でも、僕はアイナの言う通りにしたんだ。


 僕らが離れるのはこれが初めて。その初めてがやってくるくらい、今はマズい状況っていうことなんだと思う。


 僕はアイナから離れて、王子の足元に寄った。


「王子、よろしいですよね?」

「……わかった。ライアン、フィード! 彼女を通せ」


 王子は扉を守っていた騎士に向かって叫ぶ。


「私が出たら、すぐに閉じてください」

「お気をつけて」


 騎士が引くと扉が少し開き、アイナは隙間から体をすべりこませて外へ出た。すぐに扉は閉じられる。


 アイナは行ってしまった。でも。


 僕にはアイナの様子が見えていた。王子の力のおかげなのかな? 離れていても、一緒にいるときみたいに、アイナが感じられるんだ。


 とはいえ、僕には僕のお役目がある。王子に向かってくる魔物を見つけては爪でひっかき、後ろ足で蹴り飛ばす。


 そしてアイナのほうは……暗がりで無数に集まった魔物を見て「ウッ」と思わず声を漏らしていた。


 今まで見たことがないくらい、イヤな感じだったからだ。


 屋敷の中に入ろうと飛ぶもの、その場にぼんやり浮かぶもの、アイナに向かってくるもの。向かってくるものだけ切り落として、アイナは親玉の居場所を探しに走った。


 そういえば、屋敷の外を守っていた騎士はいないのか? 疑問の答えは間もなく見つかる。屋敷の外を走るアイナは、血を流して倒れた数名の騎士を見つけたのだ。


 同じ場所に、探しているヤツもいた。


 まだ戦おうと片ひざをついている騎士にも、飛び回る魔物の羽が触れて新たな血を流す。騎士がうめいた。


「ウッ……グッ」

「くっ!」


 えずきそうになる胸をおさえて、アイナは踏み込んだ。騎士たちを守るように立ち、あたりの魔物をなぎ払う。


 魔物たちの狙いはアイナに移ったようで、剣に吸い込まれるように飛んできては消えていく。でもこれじゃ、きりがないぞ。


 剣を振りながら、アイナは上を見上げた。そこはちょうど、王子の部屋があるあたりだった。割れた窓、そこから侵入していく魔物。


 ──狙われてるのは、やっぱり私? 王子?


 アイナの声が僕に届いた。僕のほうもまあまあ忙しい状況だ。つまり、どっちなのかって判断は今できない。


 ──高い!


 王子の部屋に近い空中に、イヤなやつの本体がいた。的は大きい。でも、届かない。僕が思い切りジャンプをしても無理な高さだ。


 ──やってみるね、ルル。


 アイナが無茶しようとするのがわかった。でも、僕には……無事を祈ることだけしかできない。


 アイナは剣を、的──魔物の親玉に向けてまっすぐ向けた。到底、届く距離じゃない。でも、切っ先の照準を的に合わせる。


 ええ? 何をやってるのアイナ!


 剣を差し出した形になったアイナは、完全に無防備だ。あたりを飛ぶ魔物の羽が、むき出しの腕や足を容赦なく傷つける。髪の毛もはらりと落ちる。


 ものすごく痛いよ、それ!


 でもアイナは自分が傷つくのにまかせて、かまえを取り続けた。……そして。


「行けえっ!」


 アイナの叫びに、強い力が飛んだ。


 そうだ。アイナは剣の刃で魔物を切っているんじゃない。切っているのは魔力。それを剣にまとわせるんじゃなくて、一方向へ飛ばすことができたなら。


 魔物の親玉はアイナの魔力をくらって、片方の羽を失った。落ちてくるそいつを、今度は近づいて切りつける。魔力と、腕力のあわせ技のほうが、やっぱり強い。魔物は消えてなくなった。


 あたりの魔物も力を弱める。


「ニャアーッ、ニャアーッ!」


 アイナがやっつけてくれた! 僕は王子にうったえる。王子は理解してくれたようだ。


「誰か! 外へ行け!」


 扉を守っていた騎士、ライアンとフィード、そして何人かが駆け出して行った。


 僕もたまらず、走り出す。アイナの場所はわかっている。


「ルル!」

「ァアンッ!」


 なんてこった! アイナのきれいな肌が、あちこち傷だらけ、何か所も血が流れている。きれいな長い髪も乱れてしまっている。


 体をすりつけることもできなくて、僕は足元でアンアン鳴くことしかできない。王子は僕を追ってきたようだ。


「アイナ……! なんて」

「私よりこの方たちを」


 アイナが心配しているのは、倒れた騎士たちだ。王子に付き添っていた騎士たちが、負傷者を介抱する。


「ひどいけがじゃないか……顔にまで……傷が……」


 苦しそうに、王子が言う。全身痛いはずなのに、アイナはほほえんだ。


「ただの切り傷です。王子はご無事でしたか」

「ああ……ルルが守ってくれた」


 僕はアイナの騎士で、王子様の騎士じゃないんだけどね? しっぽをピンと立ち上げる。


「すぐに手当を。このくらいしかできないが……」


 王子はアイナの傷に触れないように、頬に手を当てた。不思議なあったかさが広がっていく。


「すぐに傷を治すような力はないが、多少は回復を促すとは思う」

「ありがとうございます……王子?」

「すまない……」


 王子が涙を流していたので、アイナは驚いてしまったようだ。


 離れたところで、馬と男たちが到着した音がした。これは……過保護な隊長殿の到着かもしれない。傷だらけのアイナを見て、卒倒しないか心配だぞ。

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