王子様の仕事
雑な先輩兵士だと思っていたら、王子様でした。ミディことミディール王子様とその臣下、ロウじいさんが寝ずの番をしてくれた夜だったけれど、幸い魔物が襲ってくるようなことはなかった。
アイナは気にせず寝ていていいのにさ。なかなか寝付けなくて、ようやく眠っても何度も目を覚ましていたようだ。僕ですか? いつもどおり、寝るのは大得意だよ。
魔物の襲撃を受けた討伐隊本部は、緊張した顔つきのオトコたちがふだんよりたくさんいて、厳戒態勢、という雰囲気だ。
寝不足のアイナとミディは到着するなり隊長殿から呼び出しを受けた。そういや、いつも先に来ていて遅く帰るよなあ。飼い主が元シャチクであるところの僕は、ザンギョウジカンを気にしてみたりする。
「昨日は何もなかったようだな」
隊長が聞くと、ミディが答える。
「ご心配されるようなことは何も」
「アイナ、そうなのか?」
隊長はアイナにも確認する。とにかく心配性なんだな。
「はい、ミディには良くしてもらいました」
「本当か」
「隊長、俺をなんだと……」
そうだそうだ! 王子様だって聞いたもんだから、ゲンキンな僕はミディを擁護したい気持ちになってしまった。王子様が味方のほうが、絶対にいい……たぶん。
「まあ……各方面から上がってくる報告も『異常なし』だ。むしろ、魔物の出現頻度が少なめなのが、少々気味悪い」
「また仕掛けてくるのか、来ないのか知る手段はない……ん」
口にして、ミディはアイナのほうを見た。
「森に行った時、魔物の場所がわかる、って言ってましたけど」
そう、アイナは魔物の気配が「わかる」のだ。
「昨日はどうだったんです?」
「最初は気付けなかったです。でも、本体……訓練場のほうにいやな感じがするなっていうのはわかりました」
「実際に魔物が出現してからでないと対処のしようがない、ってことか」
「厄介だなぁ……」
隊長がため息をつき、ミディは頭をかく。
「すみません……私がもっと、ちゃんと……できたら」
アイナが謝ることじゃないよ? 生真面目な性格は相変わらずだ。コトが起こったら、なんとかすればいいじゃないか。そう考えるのは、僕が猫だからだろうか。
「もっと戦えるようになります。訓練をつけてください」
ありゃあ、アイナったら。これ幸い、休暇にしちゃえばいいのに。がんばりやさんなことだ。
それから数日、ピリピリとした時間が流れた。アイナは剣や馬の訓練に必死だ。夜はミディの家に兵士が交代でやってきて、見張りにつく。
だけど、魔物が群れをなして襲ってくるようなこともなく、あちこちで同時発生することもなく。
ようやく「帰ってよし」とお許しが出たんだ。
久しぶりの我が家だ。護衛のオトコたちがくっついてくるのはカンベンなんだけど。
「アイナ様! ご無事で!」
「リリー、心配させてしまった?」
またリリーにお世話してもらえるのはうれしい。僕が後ろ足で立ってリリーの足につかまると、しゃがみこんで背中をなでてくれた。
「ルル様も! ようございました」
しばらくオトコだらけの場所いた僕は、リリーの歓迎にしっぽがフリフリ、ご機嫌になってしまった。
猫は自分のナワバリを大事にして、新しい場所だとイヤな気持ちになることもあるみたいだけど、僕はあんまり気にしない。もちろん、アイナが一緒にいるのなら、ね。ミディの立派な家も、まあまあ気に入っていたところだ。
勝手知ったるもとの部屋が、なんだか小さく感じてしまう。あと、警備の兵士たちがウロウロすることになったもんだから、ちょっと落ち着かない。
「明日は南の街道まで出るから、朝が早いの」
感動の再会も早々に、アイナはリリーに予定を伝える。
「かしこまりました、お支度いたします。戦いに出られるのですか?」
「うん、いつまでも閉じこもっているわけにいかないから」
アイナの使命感が強すぎなのもあるのだけど。今回の遠征が決まったのには、隊長が城の偉い人からもっとアイナを使え、と突っつかれていることに理由がありそうだ。
そんなわけで、魔物が潜んでいるのはわかっているのに、悪さをしないので放っておかれた南の街道に行くことになったんだ。遠出をするのは初めてなので、過保護な隊長殿も同行する。「あの人、暇じゃないのに」とミディがこぼしていた。悪さをしない魔物だったら、暇そうな王子様に行ってもらえばいいのにね?
そういや、王子様はいちおう、アイナの師匠だ。戦うと強いのかなあ? 王子様が魔物をやっつける兵士をやっているなんて、人手不足も極まれり、なのだろうかって思っていたんだけど。
訓練でも毎日顔を合わせているうち、恥ずかしがりやさんのアイナも、ミディとは話しやすくなってきたらしい。ある日のぼんやりとした休憩中、アイナは隣で空を眺めているミディにふいに言ったんだ。
「目がきれいね」
「うん……?」
僕の目も、くりくりでビー玉みたい、ってしょっちゅう褒めてくれるアイナ。そのときのミディは、午後、少し穏やかになってきた陽の光を受けて、薄い髪の色の目の色もきらきらしてたんだ。
眠そうな目をしっかり開いて、胸を張ったら相当カッコいい王子様に見えるはずなのにねえ。
「緑の目の人って初めて見た」
「王族はみんな緑ですよ」
「そうなんだ……」
「俺は生まれつき魔力が強くないから、目の色も薄い」
ミディ自身のマホウとか魔力の話を聞くのは初めてだ。
「だから、ほかの兄弟みたいに領地を継ぐ義務もないんですよ。ここで自由にさせてもらって、ありがたいって思ってますよ。残念?」
「残念? なぜ?」
「いや、俺と結婚しても、領地はもらえないから」
「結婚って!」
突然の予想しなかった言葉に、アイナはあわてる。
「はは、勘違いしている女性は多いですから。食堂のエマも、たぶん俺を狙ってますよ」
いたずら好きの猫みたいに、アイナを見るミディ。エマっていうのは、食堂で給仕をしている女の人だ。本部の食堂より値段は高いらしいけれど少し上質で、騒々しいのが嫌いな僕らはよく使う。エマは僕の行動範囲で会える数少ない女の人だ。
「俺が国からもらったのは家だけで、ロウの給金もここの稼ぎですからね」
「自分で働かないといけないんだ……」
「そう、王子様もラクじゃないんですよ」
とにかく早く戦えとの仰せで、この国のことをちゃんと説明されていなかった僕ら。少しだけ、めんどくさがりの王子が話してくれた。
この国は、王都を中心に、ほか四つの地域に分かれてるんだそうだ。それぞれ王子たちが領主として治めているのだけど、第5王子だけはまだ成人していないので、王様の弟がまだ現役だ。第4王子のミディがいるけれど、領地の継承権がない。
自分は兄たちとは違うのだと知った幼いミディ王子は、では自分は何者になればいいのかと考えた。そして、暇そうにしている騎士団の大人たちに目をつけたのだ。
その頃は平和だったロマニナ国。偉い騎士になってラクな暮らしをしようと、当時のロウ騎士団長のもとで剣技に励んだ。
そしてミディが十六歳、将来を決める頃合いに、魔物の出現に対抗する討伐隊が結成された。城に詰めるよりもだいぶ自由そうだぞと、真っ先に隊員に名乗りをあげたという。十八歳で成人するや、窮屈な城を出てしまった。
ラクすることへの熱意は、猫も驚くほど。やはりミディ先輩と呼んでおくべきか。
「まあ、俺は政治なんてしたくないですしね」
王子なのに、王子として扱われないことを、ミディ先輩はちっとも気にしていないようだった。立派なお屋敷に、今は騎士団を引退したロウじいさんだけで気ままな暮らし。
休憩中とはいえ、仕事場でふわぁっと大あくびをする。そのあくびが僕にうつった。
「そ、そうなの……」
「そう、めんどうな仕事は、やりたいやつにやらせておけばいいんですよ」
生真面目が服を着て歩いているようなアイナには、理解しがたい考えかもしれないね。僕らがそろってあくびをする光景を見て、困ったように笑ってた。