考えたくはない
各地に散っていた兵士たちが戻ってきて、それぞれ隊長に報告をあげる。全て出そろうと、隊長はアイナとミディを自室に呼んだ。僕は影の中で体を休めながら、耳を傾ける。
今日の一連の出来事は、こうだ。
朝から、各地で魔物の出現が報告された。ふだんであれば、近くに駐屯している兵士が討伐に向かい、手が足りなければ応援が送られる。だけど今日は、同時刻にたくさんの地域に魔物が出たのだそうだ。誰がどこに行って、という指示出しに、隊長は大忙しだったわけ。
しかも、ただでさえ忙しいのに城からお呼びがかかった。それどころじゃない状況で、取り急ぎ出向いた隊長だったけれど、城のどこの部門も「呼んでいない」と言う。であればすぐに引きあげようとしたのに、司祭殿に引き留められたのだそうだ。貴重な魔力資源を使って呼び出した戦士殿は、ちゃんと仕事をしているのか、と。
お小言はまたの機会にしてもらいたい。でも、各地で魔物討伐完了の旨が伝えられたため、隊長殿は司祭殿のお話を傾聴することにしたのだ。
「まさか、ここに魔物が出たなんて思いもしなかったからな……」
苦そうな顔で、隊長は言う。そして、ミディに視線を投げた。
「ミディ……どう思う?」
「考えたくはないですね」
「同意見だ」
頭を押さえる隊長殿。
「意図的に……私がひとりになるように仕向けられたということですか?」
アイナがそのままズバリと言ってしまった。隊長はちょっと間を置いてからうなずいた。
「魔物に知性はないと考えられてきた」
これまでは、と隊長は言い添える。害虫と呼ばれるものと同じで、意思はなくそこに現れて、たまたまそこに居合わせたニンゲンがいたならば被害を与える。
「知性を持つ個体が現れたという可能性がひとつ。だが、もうひとつの仮説のほうがもっと厄介だ」
「いや、言わないでくださいよ……」
ミディまで頭をおさえた。僕も、影の中で丸まりたくなるよ。それって、アイナがとっても苦手とすることだよね?
ニンゲンとニンゲンの問題は、何よりもメンドクサイ。
「何者かが魔物を使役した……ありえなくはないだろう」
「そうだとして、アイナを狙う理由がないですよ」
「私が狙われたかもしれない、っていうのも、仮説のひとつでしかないです」
やれやれ、ややこしいことになったぞ?
魔物が大量発生して大変だ、異世界から戦士様を召喚しよう! っていうのがそもそものお話だったはずだ。せっかく呼んだ戦士様を襲う理由がわからない。魔物がいなくなると、困る人がいるのかな?
そうすると、魔物にも賢いヤツが現れて、戦士様が弱いうちにやっつけちゃおうって考えた、って想像するほうがしっくりくる。
「訓練場にいた魔物を私とルルが倒してから、ほかの魔物が弱ったんですよね」
「ウン……これまで、そんな事象はなかった。とすると、新しい種と考えられるな」
答えは出ない。もう今日は、帰って休もうよ?
……という僕の意見は残酷にも却下された。このままアイナを帰すのは危険だ、というのがオトコふたりの考えなのだ。
「宿舎に空き部屋はあったよな?」
「ありますけど……いいんですか? 風呂も便所も共用ですよ」
うへぇ、帰れないばかりか、オトコだらけのむさくるしい場所に放りこまれるのはごめんだ。
「じゃ、俺の家でいいでしょ」
「そう……だな」
「ははあ、それともひとりでお暮らしの隊長が?」
「何を言っているんだ……」
おいおい、勝手に決めるなよ。アイナの意見は聞かずに、今日はミディの家に泊まることに決まった。いつもの部屋が恋しい。リリー、心配しているよね。
僕はアイナの影の中にいれば居心地がいい。でも、アイナは不便でかわいそうだ。
ところがだ。
「お帰りなさいませ、ミディール様」
ここが俺の家、と軽く言ったミディだったけど、立派な門の前で礼儀正しいじいさんが出迎えた。
「ロウ、部屋は用意してくれた?」
「はい、ご婦人が使われるとのことですので」
僕らが住んでいる部屋は、それはそれは立派なもんだと思っていたけど……上には上があるもんだ。ミディの家は、天井がすごく遠いんだ。見上げると、キラッキラで目がつぶれそう。
ロウっていうじいさんが案内してくれた部屋は、これまた広くて、僕が元気だったら運動会がはかどりそうだ。
「水回りはこの階の突き当りにございます。お部屋に足りないものがあれば、ご用意いたします」
ふわふわでキラキラ。充分じゃない? と思ったのだけど。
「猫のトイレを……」
「猫の?」
「ええと……何かこのくらいの箱に、砂を入れていただけませんか?」
さすがアイナ! ロウじいさんがうやうやしくお辞儀をして立ち去ると、僕はすぐさま影から出て、アイナの足元にすりっと体をすり付けた。
お恥ずかしい話だけど、僕は……オシッコがしたい!
いつもはリリーお手製のトイレで用を足していた僕。清潔で、慣れたトイレじゃないと出るものも出ないのだ。
なんだかもったいないくらいツヤツヤの入れ物をおトイレとして用意してもらって、さっそく上手に使ったよ。それを見たアイナは、ようやくひと息つけたようだ。
今まで使ったどれよりもふかふかのソファ。汚れた服のままなのを気にしてか浅く腰掛けて、僕のおでこを指でこする。
「今日もありがとね、ルル……たくさん助けてもらったね」
当然のことをしたまでさ。僕が気持ちよーくなっているところに、扉を叩く音がした。
「はい、どうぞ」
アイナが応えると、ミディが顔をのぞかせた。見慣れた隊服から、柔らかそうな服に着替えている。薄い色の髪に薄い緑の目、白っぽい服だとお品がいい感じだな。
「おっ、猫殿もおくつろぎですか」
「ええ……ありがとうございます」
「お気になさらず」
ひょっとして……ミディはすごくお金持ち、なのか?
「俺とロウが交代で起きているから、休んでくださいよ」
「ごめんなさい、そこまでしてもらって」
「アイナのせいじゃないでしょ、何かあったら隊長が怖いし」
確かに。隊長殿が戦っているところを見たことはないけど、いちばん強いらしいからね。ぎったんぎったんにされちゃうね。
「ねえミディ、その……もったいないくらいの部屋ね?」
「うん?」
「ええと、ロウさんは、ミディール様、って呼んでいたようだけど……」
アイナが聞きづらそうにしているのを、ミディは察したらしい。いつものめんどくさそうな感じで頭をかく。
「俺はどこぞのお坊ちゃまなのかって質問?」
「あっ、いいえ! いいの……」
「別に隠してないですよ。説明がめんどうなだけで」
やっぱり本人もめんどくさいと思っていたんだな?
「俺の本名はミディール・ロマニナ。この国の第4王子……で伝わります?」
「王子……?」
なんてこった。僕の中での評価はそこそこいいやつ、でもいろいろと雑でめんどくさがり。なるべく仕事はしたくない雰囲気をぷんぷんさせている先輩が、王子様だって?