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のんびりした日々の終わり

 異世界、そして異国、ロマニナ国での暮らしが始まって十日ほどになるのかな。アイナが頑張る様子を眺めて、たまに飛び跳ねて、ごはんを食べて眠る。もとの世界にいたときと、僕の生活はそんなに変わっていなかった。


 きのうと変わらない今日、今日と変わらない明日。そういう日々が続いていくのが、猫である僕の性分に合っているのだけれど。人生、んにゃ猫生、そう思い通りにいくものでもない。


 今朝は朝食のあと、アイナはショージに分けてもらった緑茶を飲んで「やっぱり落ち着くなあ……」と気分が良さそうだった。ニンゲンは渋い匂いの飲み物が好きだよね。


 いつものようにリリーに見送られて、討伐隊本部に出動だ。


 そこはふだんから、オトコどもが出たり入ったりと慌ただしい。だけど今日は、いつも以上にざわついていたんだ。


 取るものもとりあえず、といった体の兵士たちが何人か馬で走り出していた。


「ウラキ班はリーフ領側に出たのか!?」

「通達です! 南西方面より救援の要請!」

「配置は?」

「とりあえずいる者で組め!」

「隊長! 王宮より至急の呼び出しが」

「ああっ!? こんなときになんの用だ!」


 叫ぶ声が交差する。聞いたことがない隊長の怒鳴り声に、僕はヒィっと影の中に隠れた。ナニゴトですかと話しかけられる様子ではなくて、僕とアイナは少し離れたところから様子をうかがう。


「俺も出るぞ、タズ、あとはお前が回せ」

「じ、自分がですか!?」


 タズと呼ばれたのは、だいぶ子供っぽい感じのオトコだ。厩舎に向かおうとした隊長が、アイナに気付いた。


「すまない、あちこちで魔物が湧いているらしく全員出払う」

「私は」

「誰に何を言われてもここで待機だ、いいな?」


 隊長殿はいつになく厳しい声で命じて、駆け出した。


 魔物をやっつけるのが僕らの役目だと思うんだけど、まだミジュクモノだからかな? ご命令通り、お留守番をしておこう。


 若いタズくんが紙の束を手に、まだ残っている兵士や遅れてやって来た兵士にしどろもどろの説明をしている。


 僕らにできることは特にない。ほとんど人がいなくなると、びっくりするくらい辺りはしんとした。


 アイナはいつも兵士たちが詰めている集合所でひとり座り、不安げに手を握りしめて時間が経つのを待っている。僕は仕方がないのでお昼寝でもしておくか、と思った……その時。


「アァああああっ!」


 空気を引きちぎるようなタズくんの悲鳴に、僕の耳がそり返る。アイナは素早く立ち上がって声のほうへ向かった。


「!」


 ひゅっ、とアイナが息を吸う音が聞こえた気がした。タズくんは右手に剣を持ち、左手は……何をボタボタ落としているのかと思ったら、血を流しているじゃないか!


 そして忘れない、森で聞いたチリチリ言うあの音。


 魔物だ。しかも、森で僕らがやっつけたやつらより、だいぶ大きいのが何匹も。わあわあ言いながらタズくんが振り回す剣は、ほとんど役に立っている様子がない。


 考えるよりも先に、僕は飛んだ。


 一番近くにいた一匹を引き裂いて、その向こうのヤツはがぶり。もういっちょ、と向きを変えたら、魔物の羽が横切って自慢のおヒゲの先っぽを切りやがった! 一時撤退、僕がうしろに下がると、今度はアイナが切りかかった。


 ようやくタズくんも冷静になったのか、片手で不器用に剣を振る。だけどおかしいな、何匹やっつけても数が減らない。


 いや、どんどん増えていないか?


 しかし討伐隊員も増員だ。本部に戻ってきた兵士がひとり、事態に気付いて加勢する。


「なんで本部(うち)に魔物がいるんだよ!」

「わかりませぇん!」


 先輩兵士の問いへの、タズくんの答えはほぼ悲鳴だ。


「ルル、あっちだ」


 ふいに、アイナが僕に言った。あっち、と示す方向に僕らは走り出す。タズくん、生き延びてくれよ?


 向かった先は、いつもアイナが使っている訓練場だ。アイナの言う通り、そいつはいた。


 縦の長さはアイナの背丈の半分くらい。デカイ。ちっちゃいやつはチリチリ、って羽音がするけど、デカイやつは羽ばたいているのに気味が悪いほど無音なんだ。


 けれどびびっちゃ猫がすたる。的が大きいなんてありがたいじゃないか!


 思い切り飛んで、鋭いキバをお見舞いしてやる。すかさずアイナが、低い位置から剣を突き立てた。


 気色悪い感覚を残して、そいつは消えた。


「戻ろう」


 アイナは機敏に動く。タズくんたちも心配だ。だけど先輩兵士の奮闘の成果か、魔物はほぼ片付けられていた。やるじゃん、と思ったら、そうではなかったらしい。


「きみが何かしたのか?」


 名前を知らない先輩兵士殿に問われて、「どういうことですか……?」とアイナは逆に聞き返した。


「いや、きみがいなくなってから急に数が減って弱くなった」


 思い当たるのは、訓練場にいたデカイやつだ。


「私が倒したのが、本体……っていうことなんでしょうか?」

「本体? そんなの、聞いたことないぞ」


 先輩殿はそう言うけれど、僕らがデカイのをやっつけたのと、タズくんを襲っていた群れが弱くなったのはほぼ同時のようだった。


「どうした!」


 ほかの兵士も戻ってきたらしい。アイナたちは剣を持っているし、タズくんは血を流しているし……なにごとかとすっ飛んできた。


タズくんは傷の手当てを受けるために連れられて行った。先輩殿は、役職が上の兵士に報告をするとのことだ。


 アイナはそのあともしばらく怖い顔をしていたけれど、見知った顔のミディが戻ってくると気が緩んだようだ。


「アイナ……?」

「はぁ……」


 顔を見るなりアイナがその場にしゃがみこんだので、いつもひょうひょうとしているミディも困った様子だ。


「えっ、どこか痛いんですか」

「いえ……ただ……」


 アイナはうつむいたまま、「怖かったので」と小さく言った。


「そっか」


 ミディはアイナの頭にぽん、と手を乗せた。


 できることなら、僕がそうしてやりたかったんだけど。たくさん魔物をやっつけた僕の体力は限界だった。影の中で休ませてもらう。


 ふだんなら、陽が沈み始める前には帰らせてもらっていたのだけど。今日は隊長が戻るまで待つことになった。


 そのとき僕が思っていたのは、砂で汚れた体をリリーのブラシできれいにしてもらいたいな、ってことだった。

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