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日本から来た人

 初めての魔物討伐をやり遂げたけれど、訓練の日々は変わらず。僕としては、どんどん魔物をやっつけたいんだけどな。


 いつもの訓練場で、アイナは新しい剣を手に黒い人形と向き合っている。アイナの背丈に合わせて作ったっていう、軽くて短めの剣だ。短剣よりはよく切れるらしいから、うっかりアイナがけがをしないか心配だ。


「隊長は過保護なんだよな……」


 だるそうでめんどくさそうなことでおなじみ、ミディ先輩。あごに手をあてて座り込んでいる。どう見てもサボりなのだけど、僕も隣で大あくびをしている手前、何も言えない。


「私が頼りないからですよね?」


 アイナは訓練用人形を蹴り飛ばし、体重を乗せ替えて剣を突き出す。人形は倒れるように、そのまま消えた。へっぴり腰だった頃に比べれば、だいぶ立派になったけどね。


 討伐本部には百余名が在籍しているらしいけど、ふだんはそんなに見かけない。あちこちの警備や、地方への遠征などで出払っている。いつもいるニンゲンといえば、アイナのようにまだ訓練が必要な新兵とその教育係くらいだ。いれば絶対に存在が分かるはずのアンジェロくんの声も聞こえない。


 城の周りの森以外で魔物が出没するのは、街の外側、地方へ続く街道沿いが多いらしい。街と街とを馬車で行き来する人たちが目撃したり、運が悪いと襲われたりして討伐隊に救援の要請が来るんだ。南で出ました、東で出ました、南南東で出ましたと忙しい。


 アイナも駆り出されるのかと思いきや、隊長のお達しは「訓練を続行せよ」。ミディが言うように、大事なアイナがけがをしないようにっていうのもあるけど、まだ馬に乗れないのも理由かもしれないね。


 初めて馬を見た僕は大感激した! 四足で歩くモノとして仲間意識をおぼえたよ。僕もあのくらい大きければ、アイナを乗せて走ってあげるんだけどね。僕は思い切り速く走ることができるけど、長時間走り続けるのにはちと向いていない。


「アイナ、これから出かけるが、いいか?」


 うわさをすれば隊長殿だ。森から戻って、たまっていた仕事や上の偉い人への報告やらなんやらでお忙しいらしく、しばらく姿を見かけなかった。


「はい、どちらへ……?」

「俺の体があいているうちに、前に話した、ショージのじいさんのところへ行っておこう」


 アイナと同じ、日本から召喚されたというじいさんだ。


「あまり時間がない、馬で行くがいいよな?」

「は、はい……」


 アイナはしょっぱい顔をした。アイナの乗馬スキルは非常に残念なものなんだ。ここに来るにあたって、天はいろんなものを与えたもうたけれど、馬に乗る能力はくれなかったようだね。初めて練習した日の夜は、おしりが痛すぎると嘆き、おしりにつける薬はないとリリーを悩ませた。


「いや……落馬でもされたら困る。馬車にするか」


 隊長もしょっぱい顔だ。アイナはちぢこまった。


 そんなわけで、隊長が馬の手綱を握り、僕らは後ろの席に。ガタガタと馬車に揺られながらお出かけだ。流れるように変わっていく景色をアイナのひざの上で見ながら、僕のしっぽはフリフリしてしまう。


 ショージじいさんが住んでいるのは、王都と呼ばれる街の、はじっこのほうなのだそうだ。山を背にして立つお城を、半円を描くように囲っているのが僕らの住んでいる建物や、討伐隊本部、兵士や城で働く人たちが利用するお店や施設。さらにその外側に、普通の人たちがたくさん住む街がある。


 街に入ると、外はだいぶ賑やかになった。たくさん人が歩き回っていて、僕は初めてニンゲンの子供を見たよ。


 ショージじいさんの家は、あんまり人がいない静かな場所にあった。途中で隊長が話していたけど、こんなところに住んでいるのはじいさんの要望なんだそうだ。


「じいさんが召喚されたのは、俺が十歳くらいの時だったかな。もう二十年以上前になるのか」


 年齢の話になって、アイナはおやっと思ったようだ。


「隊長は私と同じくらいの歳なんですね」


 馬車を走らせながら、ちょっと振り向き気味の隊長殿がヘンな顔をしている。


「いや? 俺はもう三十過ぎだぞ?」

「私のほうが少し下だと思いますけど…同じくらいです」

「そうなのか?」


 相当びっくりしたらしく、隊長がぐいっと振り向いて顔を見るもんだから、アイナはうつむき気味になった。ニンゲンの年の頃は、僕には普通かじーさんかしかわかんないんだよな。


「そうですよ。いい年なのに、前いた国ではちゃんとできなかったんです……」


 ふいにアイナの表情が暗くなった。毎晩、泣いていたもんな。隊長殿はなにか言おうとしていったん黙り、「着いたぞ」と馬を止めた。


 だいぶこぢんまりとした建物だ。馬車が着いた音を聞きつけたのか、すぐに扉が開いた。


「ロシュ! 久しぶりだなぁ」

「やあじいさん、急に押しかけてしまって。こちらが話した……」

「日本の人だねえ! 僕は本間正司。よろしく!」


 ショージのじいさんは、小さくて髪が白くてしわしわだ。


「浅川愛菜です」

「いやぁうれしいなあ。日本の人に会えるなんてなあ! さっさ、入って!」


 しわしわなのに元気いっぱいのじいさんが、奥へ案内してくれる。部屋のなかは、植物でいっぱいだ。僕好みのふかふかソファを見つけたので、さっそく使わせてもらう。僕を見たじいさんはうれしそうに言った。


「あれー、キジトラじゃないの。こっちにはいないからなあ、懐かしいなあ」


 黒いシマシマ猫って、ここには僕だけってこと? 得意な気分で、耳がひくひくする。


 じいさんがコップを持ってきて差し出すと、アイナはわぁっと表情を明るくした。


「緑茶ですね!」

「そうそう、この国には紅茶やコーヒーしかないからね。手に入れるのはなかなか大変だったよ」


 熱そうな飲み物を、アイナはおいしそうにすすってる。僕も魚を干して削ったやつをいただいた。


「じいさん、元気そうでよかったよ」

「のんびりしているからねえ。ロシュは、ずいぶん偉くなって」

「ウン……魔物がいなくなればお役ご免なんだけどね。今は忙しくさせてもらっている」

「ああ、日本の人を呼んだくらいだしねえ」


 じいさんは、アイナのほうを見る。


「こんなお嬢さんを戦わせるなんてな」

「もうお嬢さんって歳じゃないです」


 アイナが小さくなる。


「俺と同じくらいっていうから驚いたぞ」

「あれまあ、ここでも日本人は若く見えるんだなあ。僕は最初からじいさんって呼ばれていたけどね」


 じいさんはケラケラ笑う。


「あの……ショージさんも、魔物と戦ったんですか?」


 アイナが聞くと、じいさんはイヤイヤ、と首を横に振った。


「僕にはそんなおっかないことはできないよ。昔ねえ、この国がひどい水不足になったことがあって。それで僕が呼ばれたの」

「水不足……」

「そう、僕がやったのはね、簡単に言うと、井戸を掘って、山から水を引いてきて……水道を作った、かな。ああ、あと、この国は温泉も多いんだよ」

「そっか……不思議だなって思ってたんです。日本みたいにお湯が出るシャワーとか、水洗トイレとか……ショージさんが作ったんですか?」

「そうそう、整備するのに十年以上かかったけどねえ。僕の前に来た人が仕組みを作ったのかな、電気はあったから。日本ではずっと建築の仕事をしててね、僕が選ばれたのかな」


 じいさんが召喚されたのは、御年六十五のときだったそうだ。仕事もなくて、これからひとりでどうやって生きていこうって悩んでたら、その時代の司祭殿にこっち来ない? と呼ばれんだって。


「じいさん、最初は言葉が通じなかったよな」

「うんうん、ロシュのご両親のところにお世話になってたんだよね。僕に字を教えてくれたのは、ロシュなんだ」

「そういや、そうだった」

「へぇ……」


 隊長殿は、ニホンジンをよく知ってたってことなのか。言葉がわからないっていうのは、なかなか大変そうだなあ。


「今はこうして隠居させてもらってね。この家と、お金も困らない程度にもらって。花を育てるのが生き甲斐だよ」

「素敵ですね」


 部屋中に植物がいっぱいあるのは、じいさんの趣味だったのか。


「アイナさんもね、大変だと思うけど、お役目が終わったらやりたいこと、考えておくといいよ」

「やりたいこと……」


 アイナは考えて、難しそうな顔をした。


「私が、魔物をいなくなるようにしなくちゃいけないんですね」


 魔物は5年くらい前に、初めて発見されたんだって。それからだんだん増えていって、この国で戦える人を総動員しても追いつかなくなってきたそうだ。片っぱしからやっつけていけば、いなくなるのかね?


「無理はしないように。ロシュ、アイナさんをちゃんと守ってやるんだよ」

「……わかってる」


 大丈夫。もうとっくに、部下から過保護、って言われちゃってるよ。


 じいさんはアイナと日本のことをもっと話したかったみたいだけど、隊長の時間があんまりないらしい。帰り際、お茶を分けてもらって、アイナは大喜びだ。


「またおいで。年寄りの話し相手がいやじゃなければ」

「ぜひ! またお話したいです」


 同じ国の人だと、気持ちがラクなのかな。アイナはいつもよりだいぶ楽しそうだった。


 僕は知らんふりしていたけど、じいさんと話すアイナを、隊長殿はずっとと見ていたんだよね。やれやれ、騎士気取りかい? それは僕の役目だよ。

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