お城から追放されました。ところで、水晶に祈るのは乙女でなければならないんですが。
「役に立たぬ女をいつまでも置いてはおけません。我が国の食料庫は、無限ではないのです」
「は?」
私はある日、国を統べる女王陛下にそう言われました。
「あの、女王陛下。どういうことでしょうか?」
「黙りなさい。祈りの儀式は我が娘が代行しても十二分に適う、ということを大神官が証明しました。王国の後継者たる娘がいるのであれば、お前は不要です」
「えええ……」
私のお仕事は、この城の地下にある巨大水晶に祈りを捧げ、守護のための魔力を城に与えることです。
神に選ばれし乙女が五日に一度、一時間祈ることで城の守りは完璧となり、いかなる攻撃にも耐えられる……そう、王国では言い伝えられています。私は二年前に神託を受けた大神官様によって選ばれ、以来一度も休むことなくその祈りを続けていました。つい先程、五日ぶりの祈りを終えたばかりです。
その私を女王陛下は不要とおっしゃいました。どうやら、陛下が殊の外可愛がっておられる王女殿下が新しく選ばれた……のでしょうか? 大神官様が証明された、というのならばそういうことですよね?
「そなたの荷物は既に、城門まで運ばせてあります。今すぐ出てお行きなさい、穀潰し」
女王陛下の王女殿下に対する溺愛ぶりは、王国の隅々にまで知れ渡っています。それさえなければ完璧な為政者である、とも言われる女王陛下は、ただその一点において周辺国から一歩距離を置かれているとも。
「……御前を失礼いたします。お世話になりました」
とは言え、一介の小娘である私にはこれ以上の反論が許されることはありません。ですから、おとなしく城を去ることにしました。どうせ、私の荷物などと言っても少々の着替えくらいしかありませんし。お財布は、肌見放さず身につけておりますけれども。
着替えが無造作に詰め込まれた袋だけを持ってお城を離れた私は、ひとまず乗合馬車で少し距離のある港町まで出てきました。宿の一室を取り、この後どうしようかと考えます。
「ふう」
実際のところ、本当に王女殿下が祈りの乙女として儀式を行えるのであれば私は構いません。ですが、女王陛下はご息女のことを知らなさすぎます。もっとも私は、私の知っていることをお話しすることはできませんが。
王女殿下は、亡くなられたお父上たる王配殿下への思慕が募るあまり、自身よりずっと年上の殿方に焦がれています。
大神官様は、女王陛下よりもお年を召された殿方です。そうして、私は肖像画でしか知らない王配殿下によく似ておいでです。
大神官様が王女殿下の能力についてお調べになったのがいつかは分かりませんが、数日前お二人は城内の神殿において逢い引きをなさっておいででした。たまたま、祈りの儀式を終えた私と鉢合わせするとは思わなかったのでしょうが。
『このことは、たとえ母上にでも口外しては駄目よ。分かっているわよね?』
微笑む王女殿下にそう命じられ、私は頷きました。彼女の後ろでにやにやしている大神官様を気持ち悪い、と思いながら。
「ここからなら、隣の国には逃げられるし」
私がすべきことは、お城に残した私の魔力が効力を失い、かつ王女殿下が私の代わりをできなかったときに逃げてくるであろう人々を守ることでしょうね。
お城のすぐそばにある聖なる森は、乙女の祈りを受けた水晶によりその力を聖なるものとしているだけです。祈りが途切れ水晶が力を失ったとき、森は聖から魔へと変わり封じられていた魔物たちが湧き出します。かれらが狙うのは、自分たちを封じていた力の源である水晶が存在するお城。
私は、私が選ばれたときに神様と思われる存在からそのことを伝えられました。王女殿下は、このことを知らないのでしょうか? だからこそ、大神官様と逢い引きをなさったのでしょうか?
乙女とは即ち、殿方と肉体的に情を交わしたことのない女。
さて、お城の地下の水晶は、王女殿下の祈りを乙女の祈りとして受け入れてくださるでしょうか?