あなたがとっても、とってもとっても大好きです。冷たいスライムが胸に抱いたとっても熱い恋心
今回、普段から仲良くさせていただいているTwitterの執筆仲間さんと面白いアイデアが出たのでこの短編を書きました。
ずばりRPGのスライムってなんで陸地にいるの? という疑問から始まっています。
ごはんがほしかった。ずっとほしかった。とと様と、かか様がご飯をとってくると言ったからいっぱい待ったけど、もうげんかいだ。
お腹がペコペコである。そう思いながらも動く力はもうあまりなかった。
仕方なく耳をすませていると、何かが木の幹にどしんと座る。そして低い声で唸るのだった。
おさるさんかな? 面白そうだから、ゆっくりゆっくり近づいてみるとわたしはびっくりした。そのおいしそうな匂いに……
「くそ……なんでこんなに入り組んでるんだ。ちくしょう。マッピング屋め。ガキだからってでたらめな地図渡しやがったな。こんなことなら近道の森なんて通らず素直に街道選んでおけばよかった。チッ……こんなずぶ濡れじゃあ風邪引いちまうぜ。クシュんっ! ぶるるるるる……おお、寒……」
ふわぁぁぁぁ……おさるさんは全身からたっぷりとお水の匂いがした。しかも、ある部分からは熟した果汁と蜜の匂いがふんわりする。まろやかでハチミツのような甘さと、爽やかですっぱいみかんのようなお水の匂いだった。
たまらなかった。がまんできなかった。早くがぶがぶとお腹いっぱい飲みたかった。
こんなすばらしい匂いの合わせ方は今まで感じたことがない。わたしは喜びのあまりお腹がペコペコなのも忘れて、木の枝からおさるさんへと、ずるっと飛びおりた。
「うぉ、なんだ。この丸っこくてひやっとしたものは。こんなのはスライムしか……うん? スライム。もしかして……ほんとにスライム! ウッソだろ! ⁉︎ ここは森の中だぞ!!」
動物が体を揺らして大声でイカクするがそんなの関係ない。わたしはゴワゴワした毛皮についているお水をなめるのに夢中だった。
おいしい、おいしい。おいしすぎる。ひさしぶりのお水がなめてもなめてもまだそこにあった。とてもしあわせだった。
「うひゃひゃひゃひゃひゃ! お前どこなめてんだ。やめろって……おい、そりゃ貴重な水だぞ! よせ、やめろって飲むな、飲むな、飲むな、飲むなぁ!」
わたしは果汁と蜜の匂いがするお水をたっぷり飲んだ。すると核の部分が点滅する。考えが消えたり現れたり不思議な気持ちだった。ふわふわ暖かくて体がお湯になった気分だった。
「おいおい、なんてこった。スライムに目ができてる……」
『ゴボボボボボ』
わたしは気がついたら大きくなっていた。おさるさんよりも、ずっと大きく、大きくなっていたのだ。体を丸ごと飲むこめるほどに。
「あら……あなたはルーキーかしら? 名前と階級とクラスと年をきれいなお姉さんに教えてくれる? かわいい僕ぅ?」
自分の容姿をさりげなく褒めるとは。このお姉さん。なかなか面の皮が厚かった。
「名前はアビス。階級は白。クラスは水魔法使い。年は10才。よろしく、きれいなお姉さん」
「いやぁん。きれいだなんて。事実だからお姉さん困っちゃう。それじゃその子の名前も教えてくれるかしら? 後ろについてるその子、僕のでしょう?」
「ぐっ……違う……」
その子と言われても……そいつはただの水泥棒である。いつか最強のモンスターが手に入った時に飲ませる魔力たっぷりの俺が生まれた時からため込んだ大事な水。
それをこいつは全部飲んだ。今もこうして俺を押し潰そうと、イタズラしてくる。
「いやいや、それだけ人懐っこいスライムが野生なもんですか。
「こいつ森の中にいたんですけど……」
「あぁ、それは数日前に大雨が降ったからね。晴天が続いてからお腹が空いてたんでしょう。あなたがテイムしたんでしょ? お水をこくこく、こくこく、とた〜っぷり飲ませて」
お姉さんは巾着の水を飲みながら胸を反らせて喉を鳴らす。それはそれは立派な丸い二つのスイカだった。げふん、げふん。
「あー……ペットって、こいつは勝手についてきただけです。俺が集めた貴重な水を全部丸呑みしちゃって……どれだけの損害を被ったことか……捨ててやろうか。森の中へ」
そう言うとスライムは心なしかしょぼんとする。いい気味だ。そのままずっと気に病んどけ。するとお姉さんは指をふる。
「それはダメよぉ? 餌付けでテイムしたんだから僕が扱わないとぉ〜。人語が朧げに分かる、賢いスライム放逐されても討伐が面倒だし……」
「なに? お前言葉が分かるのか? あぁ、別に怒らないから言ってみろ。ほら、早く」
そうして急かすも、スライムはぷるぷると体を震わすだけである。おい、お前人語が分かるんじゃないのか? そうして悩んでいるとお姉さんが答えをくれた。
「僕ぅ? 人語が朧げに分かる……ね。知能は5歳児ぐらいかな? 別に喋れるわけじゃないわ。だって喋るには喉が必要なんだもの。水の反響でそんなの作るのどれだけ難しいか。水魔法使いの僕だったら分かるんじゃないかなぁ?」
なるほど。それは確かに難しい。だが、難しいだけで不可能ではなかった。俺はひんやりした柔っこいスライムを抱きしめると、宣言する。
「よし、決めた。スイ。お前の名前はスイだ。お前は貴重で大事なスライムだ。俺がお前をみっちり調教してペラペラ、流暢に喋れるようにしてやる。覚悟しとけよ? ふっふっふっ」
「スイちゃんね。いい名前じゃない。女の子にぴったりな名前。僕はセンスあるわね。五年後にいい男になりそう。じゅるり……」
「なに! スライムに性別があったのか? 知らなかった。スイよ。お前は不思議な生物だな。細胞分裂で増えるのじゃないのか……」
こうして俺はスライム、いやスイをお供に連れて冒険に出るのだった。
五年前。初めて会った日のことは今でも鮮明に思い出せる。ご主人がわたしの名前をつけてくれた日だ。スイ、スイと名前で呼ばれるたびにわたしはご主人、ご主人、と心の中でいつも呼んでいる。そうして思い出に浸っていると、ドアが開いて愛しのご主人が帰ってきた。
「おぉ、ただいま。スイ。今帰ったぞ。寂しくなかったか?」
わたしは急いで這いずると、ご主人を触手で抱きしめて、頬にすりすりとする。そして心の中でいっぱいいっぱい話しかけた。
はい、スイはお利口に待ちました。ご主人が帰ってくるのをドアの前でずっと待っていました。会いたかったです。ご主人。大好きです。ご主人。ご主人、ご主人、ご主人。
「うわ!」
感極まってわたしはご主人の体の上に乗り上げる。それはいつもの悪癖だった。そんな悪いわたしをご主人は嬉しそうに目を細めてそっと抱きしめる。
「ははは、そんなに会いたかったのか。かわいい奴め。悪いな。ちょっと市場までご飯買いに行ってたんだ。スイのご飯を」
そうしてご主人は茶目っ気たっぷりにウィンクをすると、川袋の口を開けてゴロゴロとした魔石を見せつける。それは魔力がぎっしり詰まった色鮮やかな石。他の魔物よりもとってもゴージャスなわたしの大事な大事なご飯である。
「ちょっと待ってろ? 今これを砕いて俺の魔力水と混ぜてやるから。スイのために美味しいご飯作ってやるぜ!」
頭に鉢巻きを巻いて腕まくりをするご主人。あぁ、ご主人。ワイルド過ぎます。わたしのためにそんな張り切って手料理を作ってくれるなんて……
あぁ、ご主人。ご主人はどうしてご主人なの? わたしはご主人に恋するイケナイ従者なのです。ぐすん……あぁ、早く人間に変化したい
わたしは今日も今日とて叶わぬ夢を望みながらご主人とたっぷりイチャイチャするのだった。
「すー……すー……すー……」
ご主人の寝顔を見つめながらわたしは思う。ご主人と話したい。最近わたしの頭の中の考えごとはずっとそうだった。ご主人は優しい。ご主人はカッコいい。ご主人を見ていると体が崩れそうで震え出す。
ご主人が好きだ。好きで好きでたまらない。死んでしまいそうなほど好きだった。
おやすみなさい。ご主人様。そうしてわたしは真っ赤な核を剥き出しにするとご主人の唇に余すことなくくっつける。
好きだった。弱点に触れられたいほどご主人が好きだった。ご主人にならいつ殺されても悲しくなんてない。存在意義を捧げるほどご主人の全てが好きだった。
(ふふふ、ご主人のファーストキスもラストキスも。初ちょめちょめもラストちょめちょめも全てわたしのものなのです。ふわぁぁ……最近なんだかすぐに眠くなります。なんでだろ? ご主人の体あったかい。あったかくてポカポカする)
狂気的な考えに陥りながらも、わたしはご主人の布団に潜り込むと、ご主人の手に触手を絡ませる。
いつもの大事な日課だった。ご主人はいつもわたしの手を無意識に握ってくれる。それでいつも内出血させちゃうのが愛の証みたいでたまらなく嬉しかった。
「んっ……スイ。またお前はまた布団に潜り込んだのか? 相変わらず、すべすべできめ細やかな髪の毛だなって……髪の毛? 髪の毛! 髪の毛⁉︎ 誰だテメェ!! うぉ!」
「むにゃむにゃむにゃ……」
俺はベッドから飛び降りるが謎の青白い半透明な女性も一緒に落ちた。
なぜ全裸でナイスバディの女が、俺の手を恋人繋ぎしていたのか。理解が不能である。
「くそっ……離せ! この女。なんて力で掴んでやがる。手が内出血してるじゃねえか!! さっさと離せ! このアマ、さっさと!」
そうして、叫んでいると女性はうわ言で自己紹介をし始める。
「ふにゃ! 話します、はい! わたしの名前はスイ! 種族はスライム。年は5才。ご主人に恋する生まれたての乙女です! あれ? もう朝? はっ……ご主人お目覚めですか? おはようございます。いい朝ですね」
その女性は長年連れ添った夫婦のように俺にしなだれかかるとすりすりと頬擦りをする。それは長年連れ添った相棒。スライムのスイのかわいらしい仕草であった。
「はっ? えっ? お前スイか? スイなのか……?」
「はい。スイはスイですよ? あれ、これ誰の声なんですか? まさか、ご主人! 浮気ですか! わたしと言うスライムがありながら!!」
「ははは……まさかこんなに早く喋るとは……完璧に予想外だ」
まさか知能が低いスライムがたった五年ぽっちで擬人化するとは。夢のようだった。
「なんですか? ご主人! 泣いてもわたしは許しませんよ! 浮気は罪なのです!! 絶対的な罪なのです!!」
いきりたつスイ。まさかこんなにおてんばな少女だったとは。あの丸っこい姿からは想像もできなかった。
「くっくっく……おい。スイこっちに来い。いいもん見せてやるから。ほらっ、鏡の前においで、スイ」
俺はいつものようにスイに呼びかける。すると彼女はおぼつかない足取りで俺の元にくるのだった。
「うん? 妙に今日は歩き辛いですね。触手も調子が……うん。あれ? あれれれれ? このご主人の隣にいる美少女は誰? もしかして……わたし?」
それに気づくと俺はスイを全力で抱きしめる。
「やっと気づいたか! 隣の美少女はお前だ。スイ! はっはぁ! やっと喋れるようになったんだぞ! スイ! 世界一可愛いぞーー! スイーーーー!!」
「あわわわわ……目が目が回るぅ……」
俺は喜びのあまりスイを持ち上げてくるくると回る。それにスイは目を回すのだった。彼女を下ろすとその場に女の子座りでへたり込む。
「どうしよう……どうしようか! まずは自慢だな! ただのスライムがこんなにかわいくなったって自慢してやる。俺のスライムは世界一かわいいってなぁ! はっはっはっは! んっどうしてスイ? むぐ……」
突然唇が奪われる。その口づけは熱く、冷たく、柔らかくて、みかんのような甘酸っぱい香りがした。俺が初チューに驚いていると彼女は笑顔でこう宣言する。
「まずすることは決まってます! 大好きです! ご主人!」
「うわっ、ちょぉぉ!」
彼女はベッドへと俺を押し倒す。そして俺に五年間の熟成した愛を、じっくりと伝えるのだった。
スライムって王道ですよね。
あの青色の体とぷるぷるの柔らかいひんやりもち肌。色々と強さの定義が定まりませんが恋愛では最強の素材。
みんなもスライムに愛を注いでみませんか?