或る吟遊詩人の歌
詩を歌う。
自分の為に。
歌を歌う。
安寧の為に。
詩を紡ぐ。
自分を愛して。
物語を紡ぐ。
自分を殺して。
語られぬ者がいた。
失われた記録があった。
忘れられた過去があった。
全てを失った、英雄がいた。
忘れられぬように、
失われぬように、
語り継いでいく、
英雄の歌。
物語を紡ぐ。
英雄を愛して。
詩を紡ぐ。
陳腐を殺して。
歌を歌う。
英雄の為に。
詩を歌う。
追悼の為に。
名を喪った英雄よ。
悲劇の英雄よ。
希望を見出だした、
絶望の英雄よ。
邪悪について学べ。
それは正義なのだから。
正義について考えよ。
それは邪悪なのだから。
或る国の話。
邪龍と呼ばれた者がいた。
王が討伐を依頼した。
頼られたのは、或る一人の青年だった。
青年は正義だった。
自国を守ると唱えた。
青年は無知だった。
青年は盲目だった。
邪龍は斃された。
国民は称賛した。
隣国は非難した。
世界は傍観した。
邪龍は正義だった。
隣国を守ると謳った。
邪龍は無力だった。
邪龍は蒙昧だった。
邪悪など知るな。
それは甘い罠でしかない。
正義など宣うな。
それは甘い隙でしかない。
中庸について知れ。
それは理想なのだから。
平和について悩め。
それは夢想なのだから。
争いを知れ。
勝たなければ負けるのだ。
汚さを誇れ。
それが人の強さだ。
戦に駆り出された青年が居た。
邪龍狩りの英雄だった。
国民は歓喜した。
英雄は苦悩した。
戦争。
侵攻。
略奪。
殺戮。
正義。
和解。
義援。
救命。
英雄は闘えなかった。
仲間は死んだ。
土地は奪われた。
自国は敗戦した。
国民は非難した。
隣国は歓喜した。
世界は傍観した。
英雄は咎人となった。
平穏を疑え。
その先に未来はあるか。
綺麗を恥じろ。
その手に理由はあるか。
詩を歌う。
戒めの為に。
歌を歌う。
過ちの為に。
詩を紡ぐ。
愚者を愛して。
物語を紡ぐ。
愚者を殺して。
語れぬ者がいた。
消された記録があった。
穢れた過去があった。
全てを誤った、咎人がいた。
忘れぬように、
失わぬように、
語り継いでいく、
咎人の歌。
物語を紡ぐ。
陳腐を愛して。
詩を紡ぐ。
咎人を殺して。
歌を歌う。
咎人の為に。
詩を歌う。
嘲笑の為に。
尊厳を喪った咎人よ。
喜劇の咎人よ。
希望を見殺しにした、
絶望の青年よ。