二:声を変えたい大学生
(一)
スマホがかすかな微動音を伝えてきたのは、ちょうど授業が終わろうとした時だったのです。ショウタはきっとヤスコからのメールだろうとスルーします。でもまたすぐにメールが届くはずだとわかってはいるのですが、なぜかスマホを切ろうとは思いません。
大学二年のアサクラショウタは、その大学の附属高校に通っていて受験勉強らしきものは一切しなかったのですが、なぜか数学が良くできたので、工学部の機械工学科へ現役で進むことが出来たのです。だから今年で二十歳になります。テレビで見たアニメに影響を受けたわけではないのですが、機械工学科を選んだ理由は、ロボットを作りたいと思ったからです。
数学が良く出来たと言っても超難関大学の入試数学がすらすら解けたわけではありません。国語や社会や英語にかける時間を数学に費やしていたら高校での授業レベルを少し超えた点数がテストの時にもらえたと言うだけだったのです。高校の時はそれでも理数系には強いと思ったので、少なからず自信はあったのですが、いざ大学の授業が始まると、大学物理やそれに基づく基礎機械工学を習ってもちんぷんかんぷんで、将来の夢を大きく描きながら望んだ大学生活であったのですが、すぐに授業から取り残されてしまいます。きっと熱意をもってガンバレば、それなりにこれらの学科が理解できるヒントが得られたのでしょうが、こんなことをしていたってロボットを創る研究室に入るどころか、工場でロボットのように働かされるだけだと、自分の努力は棚に上げて早々と夢から挫折してしまったのです。
それでもショウタは真面目に大学に通っていたのです。おとなしくてあまり社交的な性格ではなかったし、もちろん運動神経がすぐれていたわけでなかったので、クラブ活動をしていたわけではありません。けれど大学にはクラスメートだった同級生も結構います。だから高校の延長のような気がして居心地が良かったのかもしれません。
しかし、その居心地の良さがあだになったのです。基礎機械工学の試験の際に、ショウタはこの講義だけはどんなことがあっても欠かさず受けていたので、誰も過去問とその対策をショウタには教えてくれなかったし、期末試験は受かるだろうとショウタ自身もたかをくくっていたのです。しかし、試験問題はショウタの予想を裏切るというか、ショウタが休まずに受けて来た授業であるはずなのにその糸口すらわからない問題で、結局、一問も解けずに惨敗したのです。未来のロボット博士を夢見ていたショウタにとってはこれ以上のショックはなく、単位を取れなかったことよりも、未来が目の前から音を立てて崩れていくのに黙って指をくわえて見ているしかない虚しさと、休まず聞いていた講義なのに何も理解していなかったという絶望感で、しばらく身動きできない暗闇で暮らしていたのです。
だから、単位を一つ落としただけだったのに、夢が無くなったというか、夢をかなえられなくなったんだと、もともとそれほど力がなかったのに、早々と理系をあきらめてしまったのです。だからといって、文系の勉強をし直して大学を再受験しようなんて考えず、他に何をするわけもないのに、二年生になると大学に通う回数が次第に減ってきたのです。
そんな時だったのです。たまたま大学近くのファーストフード店で、コーラ片手にポテトをかじりながらぼーっとしていると、高校の時に仲の良かったタイゾウがやってきてショウタに話しかけてきたのです。
「バンドをやらないか?」
なぜそう言ってきのか、ショウタはわかっています。
「やらないよ」と、これまで何度もタイゾウには答えてきたのに、タイゾウはあきらめません。
「もったいないよ。それに俺の好みだから」
タイゾウはまた同じやぼったいセリフでショウタに言い寄ってきます。
タイゾウはショウタが音楽に興味を持っていることを知っているのです。たまたまタイゾウが家に遊びに来たときにショウタの合唱部での写真をタイゾウに見つけられたのです。ショウタは小さい時にピアノを習っていたのですが、それほど興味がもてなかったのです。それでも音楽が好きだったので、ピアノ教室が主催する合唱団で歌ってみたら、その愛らしい歌声に先生が魅了されて、それに人前で歌うことになんだかアイドルになったような気分になって、しばらく夢中になっていたのです。けれども、成長期に入り、それまで皆が高音で透き通るような声だと聞き入ってくれていた音が出せなくなってしまったのです。男の子が成長する過程では仕方がなかったし、何らかの方法で高音を出すことは保たれたのかもしれないのですが、透明さは確実に失われていくのが自分でもわかっていたので、それ以上の努力をしなかったのです。そうするとやはり声は低くなっていきます。それでも、特段ショウタが音痴になったとか、その声が耳障りな音であったということではありません。確かに音は低くなりましたが、誰が聞いても美声だとほめてくれるし、ある意味、渓流のような涼しさと荒々しさが混在するような特徴が出てきていたのです。
もちろん、ショウタがそのことを知るわけはありませんし、たとえそう言われてもその声を受け入れることはできなかったのです。
だから、あまり人前で歌うということはなかったのですが、タイゾウが作詞作曲したからと、たまたま歌うことになった時に、タイゾウの心を貫いてしまったようなのです。
「俺のギターがお前に恋している」
作詞をしているというタイゾウにしては、ダサイセリフだったのに、ショウタは噴き出すことはしなかったのです。だから、高校の学園祭の時に一度だけタイゾウのバンドの演奏で謳ったのですが、ショウタの思いとは裏腹に皆がその歌声に魅了され、ショウタは一時クラスのヒーローとなったのです。ショウタもこの時はまんざらではなく、子供の時にアイドルになってみたいという願いがかなったのだとぬか喜びしたのですが、その歌声とルックスに、クラスだけではなく他校の女生徒からも執拗に言い寄られてからは、「アイドルとは偶像で中性的なもののはずだ」と、もう二度と人前で歌うことはしないと、決してそれだけではなかったのですが、ショウタは何となくそう思ってしまったのです。
「最近、学校にあんまり来ていないようだな」
「タイゾウに言われたくないよ」
タイゾウも理系組だったのですが早々と見切りを付けてバンド活動にいそしんでいたのです。
「俺にはミュ―ジシャンになる夢があるから」
そう言われると何もショウタは言い返せません。だから、「ショウタは何かやっているのか?」と、聞かれても答えることはできません。
「ボーカルが辞めちまったんだ。それで困っている」
タイゾウはショウタの歌声が忘れられない、と言っているって、ショウタはタイゾウの友達から聞いたことがあったのです。だから、ほんの少しだろうけれども気に入らないことや自分のイメージに合わないことがあれば、ついボーカルに強く当たってしまうことがあってなかなか長続きしなかったようだったのです。そして最近ではそのことが噂になって、ボーカル募集の足枷になりつつあるのです。
「またか?」
「やっぱり、ショウタじゃなきゃ・・・」
「ごめん」
ショウタは席を立とうとします。でも、何かを思い出したのか、タイゾウの方を振り返ります。
「ヤスコとはもうもどれないのかい?」
ヤスコはタイゾウの元彼女です。高校生の時から付き合っていたので、ショウタも良く知っているのですが、ヤスコは他の大学へ進学していて、臨床心理学を今勉強しています。
「お前たち連絡し合っているんだろ?」
タイゾウは瞬きせずにショウタを見つめています。
「そんなことはないさ」
「ショウタは嘘がつけないな。あいつは昔からお前に何でも話していたからな」
ショウタは今でもタイゾウがヤスコのことを忘れられないでいることを知っているのです。でも、今の自分はヤスコとまだ会えないと、自分勝手に格好付けているだけなのです。
「助けてくれないか?」
タイゾウはしおらしくそう語りかけてきます。ショウタはつい頷きかけてしまいます。なぜなら、ショウタはいま自分がやるべきことが何もないからです。そのヒントすらつかめないでいるのです。それにタイゾウの役に立ちたいとも思っているのです。けれども、ショウタはそれよりも大切な何かが自分を分厚い殻で覆っていることに、とてつもない閉塞感を感じ始めてきているのです。だから、タイゾウの言葉に素直になれないでいるのです。
「タイゾウを助けてあげられるのは僕じゃないよ」
タイゾウはショウタに言われてびっくりしています。そんなタイゾウの動揺にショウタはなぜか悲しくなってしまいます。
「頼むよ。もう、ショウタしかいないんだ」
背中越しの囁きはまるで悲痛な叫び声のようにショウタの鼓膜を執拗に揺らします。その振動は高音の信号で脳細胞に届きます。だからショウタは、かつての自分の歌声を思いだして、もう少しで手が届きそうな気になってきていたのです。
「考えておくよ」
ショウタはそう答えるしかなかったのですが、悲しいことに、その声は先ほどの記憶の到来を再現することはできないとても落ち着いた男性的な低音だったのです。
ショウタは大学から電車で二駅離れたこぢんまりとした市立動物園に向かいます。なぜか、モヤモヤすることがあると、いつもこの動物園を訪れます。隣に小さなレンガ造りの教会があって、初めてここで賛美歌を歌ったからなのかもしれません。
その駅はよく整備された街並みの中にありますが、大きなショッピングセンターがあるわけではありません。むしろ、閑静な住宅街という趣で、急行さえも止まらない、小さな駅です。それでも良く晴れた休日には親子連れで賑わっているのでしょうが、ショウタはおそらく一人だけでここを訪れるようになってからは、休日に来たことはなかったので、成長とともに身体は大きくなっているはずなのですが、周りは広く感じます。もちろん周囲の建物が大きく変わったわけではありませんし、遮られているはずなのですが、海辺が近い証拠に、振り返ると、時折吹き上がってくるそよ風に、潮の香りが漂っているのを感じるようにさえなってきています。
ショウタは山の手にあるその動物園へ、緩やかな傾斜の坂道をゆっくりと歩いて登っていきます。そして、ゲート前にたどり着くと、いつものように一度深呼吸をします。そうすると、何か昔にもどったような気がするのです。魔法の呪文のようなものかもしれません。
自動券売機で入場券は買えますが、入り口には必ず人がいます。一人で行くことに恥ずかしさを覚えていた高校生の時は、ワザと首からカメラをぶらさげたりしていたのです。今では、ショウタから話しかけることはありませんが、「こんにちは」と笑顔で挨拶されると、気恥しさから無視することはなく、むしろ、おかえりなさいと言われているようで、ただいまという気分で、「こんにちは」と自ら挨拶するようになっています。
皆がこぞって押し寄せるような目玉の動物は居ないのですが、ゾウやキリン、トラやライオン、チンパンジーやクマ、ワシやフクロウ、それにペンギンやアザラシなど、子供が喜びそうな動物は居ます。その上、子供が歩き疲れないほどの敷地なので、獣舎の手狭さは否めませんが、職員の工夫は十分に伝わってきます。
ゆっくりと園内をひと通り回ると、今日は、小動物に自ら手で触れたり、餌をあげたりすることができる、ふれあい広場に向かいます。大きな金属製の檻で囲まれているわけではないのですが、きちんとゲートがあり、ここからでないと出入りすることができないようになっています。ゲートには消毒液が浸み込んでいる人工芝があり、靴底を消毒することになっていますし、何か所か手洗い様の消毒液も置かれています。
ショウタはいつもならこの広場には行きません。ここは子供たちの楽園だからです。動物を怖がらないように、ふさふさの毛を撫でてやったり、食事を与えたりすることが出来るのです。飼育員さんがいますが、もちろん、トラやライオンがいるわけではありません。主にウサギが放し飼いにされていて、自由に抱きかかえることが出来るのです。また、ロバやヤギなどもいますが、それらの少し大きな動物には自由に近づくことはできません。
団地住まいで動物が飼えなかったので小さかった頃は両親に連れられてよく来たのですが、ちょうど声変わりを意識し出した頃を境に両親とは来なくなってしまいます。
ショウタは昨夜、夢を見たのです。大きな白いウサギの夢です。ふさふさの毛が風船のように膨らんでショウタを包んでくるのです。ショウタは思わず、飲み込まれそうな気分になったのですが、その毛はふわふわしていて心地よく、ついうとうとと、ショウタは寝ているはずなのに、また、夢見心地になっていったのです。その夢の中で、小さな少女がショウタを見つめています。高音なのですが、女性らしい柔らかい声質で何か話しかけています。ショウタは聞き取りにくかったのですが、ウサギと言う言葉だけはしっかり聞こえてきます。だから、うん、うんと、気持ちいいからとその少女を誘います。少女はニコリと頷くとショウタに近づいてきます。誰だろうと思ったのですが、目の前に来るとそれを確認する前にスーッと消えてしまったのです。
ショウタは初めてウサギの夢を見たのです。だから何か思いだすのではないかとここに来たのです。子供に戻ってウサギを抱きかかえてみます。あの少女は誰だったのと尋ねても、ウサギはもちろんこたえてはくれません。けれど、なぜかふと里山の神社の風景が蘇ってきます。ショウタの祖父母がここからずいぶん離れた里山に住んでいて、学校が休みになると母に連れられて、よく行っていた場所です。その里山には小さな神社があって、祖母に連れられて、何度かお参りに行った記憶があります。
あの日、そう、子供合唱団を辞めようと思った時も、あの神社に行ったように思います。ウサギではありませんが、まるで小さな生まれたての子ウサギのようなピンク色の生き物が、神社の前で泣いていたからかもしれません。
ショウタは悩みがあったので、神様に色々と話しかけます。いつしか生き物達の鳴き声は止み、静寂が透明さを増していきます。けれども神様から何も返事はしてくれなかったのです。それでもショウタは泣きながら最後の気持ちを願いとして伝えたように思うのです。それは今でも神様以外に誰にも口に出すことはなかったことです。しかし、いつかは言わなければなりません。
ショウタはウサギに語りかけています。
「僕は僕の声を神様に届けたいだけなんだ」
(二)
ヤスコは、医学部のある総合大学に併設された4年生の医療系大学に通っています。臨床心理士を目指そうとわざわざ受験したのに、最近その気持ちが揺らいできているのです。先週も友達に誘われて合コンに出かけた時に、臨床心理の話をすると、その時は一時的に簡単な心理テストで盛り上がるのですが、あまりいい結果が得られなかった男子に、人の心をもてあそぶことはできないよと、まるで男を手玉に取る悪女のような嫌味を言われたことを気にするようになってきていたのです。心理テストは心理テストで、そのことですべてのことがわかるとは思っていないし、それはたまたまで、すべての男子がそんなことを言うということはないということはわかっているのですが、僕だって心理学が得意なんだと、スマホのアプリで心理テストを始められるとなんだか虚しくなってきます。
臨床心理学とは、まずじっくりとお話しする。その上で心理テストなどのスキルを用いて心の中を少しずつ明らかにして、その問題点を解きほぐしていこうという作業だとヤスコは思っているのです。もちろん、すべてが解決されるわけではありませんし、病気として医師が薬物治療を行わなければならないケースもあるのです。その終着点は様々ですが、その出発点は心になにがしらの問題をかかえている人達と向き合うことなのです。けれど、大学に入学してすぐにそのようなケースを担当するわけではありません。心理テストにしても最初はその基礎的な意味や意義を整然と講義されます。
「ねえ、わたし、向いていないのかな」
合コンに誘ってくれたクラスメートのカナにヤスコは少し愚痴ってしまいます。
「そんなに気にしなくたっていいよ。ヤスコの性格はわかっていて私が無理に誘ったんだから」
カナは私の何がわかっているんだろうと、ヤスコは時々イライラすることもあるのですが、私が勉強しているのはそういう人達なんだ、と思うと言い返せないでいる自分がいます。
「合コンの事じゃないわ」
だから少しむきになってヤスコは言ったのです。
「じゃあなによ?」
「臨床心理士」
カナは、はあ、と一瞬時を止めると、ニヤリと少し悪意のある笑みを浮かべたのです。
「まだ始まったばかりじゃない。それに、臨床心理士は仕事よ。昨日の男の子のことを気にしているの」
臨床心理士は国家資格ではありません。しかし、だからと言って大学を卒業したらすぐになれるものではありません。色々な過程で勉強しながらやっと社会で認められる仕事になるのです。だから、カナは男子のいうことに全く耳を貸さなかったのです。ヤスコも最初は同じようにしていたのですが、ヒトと接している以上やはり相手のいうことは気になるものです。そして、相手が何か言っているなら聞いてあげなければならないと思うようになってきたのです。
そうすると時には嫌なことも聞かなければなりません。そのことに対して、たとえ相手が冗談のつもりで言ったとしても、決めつけることが出来なければ、真面目に答えてあげなくてはと思ってしまうのです。そのことが最近少しずつストレスになってきているのです。でも、人間を相手にしなければならない仕事です。その根源は性善説だし、人間を好きになることから始めないといけないとヤスコは思うのです。
「昨日の男の子が心理テストをしていたよね」
「ああ、アプリの事。あんなもの気にしているの。雑誌の占いや血液型と一緒でしょう」
「血液型は別にして、占いはそれなりの歴史があるはずよ」
「そうね。でも、もし生年月日ですべて決められるんだったら、却って楽じゃない」
「どういうこと?」
「生まれてきたときはある運命を背負ってきているかもしれないけど、私達って、そのうちいろいろな環境の中で色々な人と出会って行くわけでしょう。だからその時に思いもよらないことが起こることもあるはずじゃない。つまり、ヒトって変化していくのよ」
「その変化も含めて運命じゃないの?」
「本当にそう思っているの?それじゃあ、同じ日に生まれた人は同じような人生になるはずよ。病気や事故で亡くなった人も運命だと言いたいの?」
ヤスコはそう言われると答えられません。でも少しは運命というものがあるのではないかとも思うのです。でもそれは人間の根源のようなもので、ヒトの内面を構築している肉体から創りだされるものではないかと思うのです。だからと言ってカナが言う通り、生年月日だけで、同じような肉体が出来上がるわけではないとも思うのです。
「それじゃあ、カード占いだったら、今の自分が反映されるんじゃないの?」
「そうとも言えるわね。でも、カードって何枚あるの?」
ヤスコはすぐに答えられないでいたのですが、家族や友達よりはずいぶん多いように思えたのです。でもカナはそうは思っていないようです。
「私とあなたと今二人で話しているわよね。でも、一歩外に出ると何人もの人が関わってくるかもしれないわよ。そうしたら、カードの枚数以上の選択を強いられることになるわよね。それは、ヒトだけじゃないから、自然もそうだし、物もそうだし。だからある意味無限なの。だから難しいのかもしれないわ」
「それじゃあ、わからないってこと?」
「そうね。わからないって言うか、変わるって言った方が正しいかもしれないわね。でも、それは別におかしいことでもないわけでしょう。子供の時の印象って時には人格形成に影響を与えることはあるかもしれないけど、そう言うことがなくても子供の時の夢を忘れてしまって、違う仕事にあっさりつく人って結構いるからね」
「でもそれも運命じゃないの」
「そうかしら、私はそうは思わないわ。もし、そうなら、途中でうまくいかなくなったら、どうすればいいの?」
「今の私ね」
ヤスコは自分が分析されているような錯覚を覚えます。臨床心理士を目指すんだとあの時心に誓ったはずで、ゆるぎない信念を抱いていた自分は過去には必ずいたのに、今はそうではなくなってきているからです。
「ヤスコは悩んでいるだけよ。それはね、軌道修正しようとしているの。社会に適応するためにね」
「私は社会に適応するためだけに生きているんじゃないわ」
「そうかもね。でも、今、ヤスコは社会の中で生きている。そのことに少なくとも私は違和感を覚えていないわ」
カナの言おうとしていることは何となくわかる気がするのですが、だんだんと遠くに離れて行ってしまっているような気もするのです。
「心理士って大変なんだ」
ヤスコはそう言うしかなかったのです。
「そうね、人間が人間を分析しようとするだけでも難しいのに、その解決法を何とか見つけ出さなくてはならないんだからね」
「だったら、私にはやっぱり無理じゃないかしら。アプリじゃないけどAIならよっぽど分析力にたけているはずだから」
「そうかもしれないわね。AIは心理テストを分析するだけじゃなくて、個々におうじて、適切に判断してくれる能力にも長けているからね」
そうかもしれません。きっと、こういう分析の仕事は将来AIに代わられるかもしれません。大学の講義もそうだし、ひよっとすると心理士どころか精神科の医師の診察にも応用されるのかもしれません。
「でも、人間はわからないものだし。変わっていくの。だから、たとえ機械が判断しても正しいとは限らないわ」
「それは人間でも同じでしょう。それに、他人どころか家族にも相談できないことでも機械なら言えることもあるでしょう」
「そらそうね。社会で受け入れられない悩みはなかなかヒトには言えないからね。でも、それでもその人は社会の中で生きて行かなければならないんでしょう。電気だって、水だって、その人は頼っているんだったらね」
「自給自足のヒトもいるわ」
「そうね。でもそういうヒトは別に悩んでなんかいないのよ。いやそうすることで悩みを自分で解決したって考えた方がいいかもしれないわね。でも、悩んでいるヒトは、社会に少し身を置きながら、悩みながら、家に居て引きこもることになるから。じゃあそれを解決するにはどうしたらいいと思う?矛盾するけど占いより簡単よね。外に出ることよね」
「でも外に出られないから・・・」
「臨床心理士って、そう言うことを考えるんじゃないの?」
AIでもわからない。ヒトでもわからない。そうであるのなら、時間がかかってもヒトが分かろうとした方がましなのではないかと、カナは言おうとしているのかもしれません。
ヤスコはカナと話しているとなんだか心が落ち着いてきます。もしかしたら、カナはヤスコを分析しながら、何かテストみたいな質問を会話の中に挟み込みながら誘導していたのかもしれません。けれど、他人をそんな風に疑ってばかりいてはだめだよと、誰かの声が聞こえてきそうです。でも、そういうことを学ばなければならないことも事実なのです。ヤスコはスマホを思わず握りしめていたのです。
「ところで、ヤスコは彼氏と本当に別れたの?」
「そうよ。前に話したよね」
「聞いたけど。でも最近よくスマホ触ってない?」
ヤスコはカナを睨みつけます。けれど、愛らしく舌をちょこんと出したので思わず笑ってしまいます。スマホを操作している回数が多いからと言って、誰かとメールしているとは限らないし、それも男だと決まったわけではありません。むしろその確率は低いのです。だから、これはカナの見え見えの誘導尋問なのです。ヤスコは確かにスマホでメールをしたり、それだけでは物足りなくなって電話したり、検索や音楽を聴いたりするよりもその方に時間を費やしていたのは事実です。それに悔しいのですが男です。でも、ヤスコにとってそれは彼氏という意味ではありません。友達なのです。
「ショウタの話、しなかった?」
「誰?」
「高校からの友達」
「ああ、元カレの友達ね」
今度は誘導尋問ではなさそうです。なぜなら、カナはしまったと、舌を出す代わりに頬を赤らめていたからです。
ショウタとタイゾウとヤスコは高校の同級生です。ショウタは無口なほうではなかったのですが、タイゾウとはそれほど話しません。タイゾウは無口なのですが、ショウタにはよく話しかけます。そして、ヤスコはショウタを同性のようにタイゾウを異性のように意識して、それでも明るく二人ともに話しかけていたのです。もちろん、ショウタと話しやすかったので、よく、学校帰りにファーストフード店へ行っていたのですが、タイゾウと付き合うことになったということはしばらく言えなかったのです。
ショウタが、タイゾウと付き合っているんだってねと、聞いてきた時、少し悲しそうな顔をしていたようにも思えたのですが、黙っていてごめんねと言うと、またいつものように笑顔になってくれたことを今でもヤスコは嬉しく思っているのです。
タイゾウはなぜかショウタと親しくしているヤスコに嫌な顔一つしなかったのです。丁度、学園祭のバンドで人気が出て、タイゾウが他の学校の女の子と親しくしているという噂を聞いた時も、ショウタがヤスコを色々と励ましてくれていたからかもしれません。それに、それは一時的なことだったし、ショウタが歌わなくなってからは、皆の記憶が薄まって行くにつれて、また以前のように普段が戻っていったし、同じ高校に居て、会った時にはタイゾウは優しくしてくれたのです。
大学が離れ離れになってからも、ショウタとは連絡をとっていたのです。それはたわいもないことばかりです。お互いの大学の授業の事や、学食のメニューやクラスメートの事などです。ヤスコはタイゾウのことが本当は知りたかったのです。もちろん、タイゾウとは会っていましたが、一緒の空間に居ないタイゾウのことが気になってしょうがなかったのです。だから、つい、一度、ショウタにタイゾウのことを、つまり浮気について尋ねたのですが、ショウタは、信じられないのかい?と、いつになく強い口調で言い放ってきたので、それからはタイゾウのことを聞けなくなってしまったのです。
そして、タイゾウが学業をほったらかしにして、音楽をやり始めたと聞いた時には、もう、昔のことを思い出して、そして、少しでも、デンワに出てくれないと、やきもきして、ヤスコの精神はずたずたになっていったのです。もちろん、学校ではそんなそぶりは見せません。でもこのままなら、何のためにこの学校に来たのだろうと思って、タイゾウに別れを告げたのです。
その夜にヤスコは泣きながらショウタに電話したのです。そして、「タイゾウのバンドに入らないでね」って、訴えたのです。そうしたら、ショウタは、意外にも「わかったよ」って、言ってくれたのですが、「タイゾウは今でもヤスコのことが好きなんだよ」と、まるで、ヤスコの何倍も泣き崩れたかのような悲しそうな声を最後に電話は切られたのです。
(三)
ショウタは、動物園でウサギと接しているうちに、何か、大げさに言うと、神様からのお告げのようなものが聞こえてくるのではないかと期待をしたのですが、全くなかったので、とても寂しい気持ちになりながら、何も言わずに見つめてくるウサギの瞳につい顔を背けてしまった自分が、とても情けなく思えてきたのです。そして、別に檻に入れられているわけでもないのに、自由がないとただ何もせずにうじうじしている偽善にはもっと情けなく思えてきたのです。けれども、こうしているうちにも時間は過ぎています。それはここに居るすべての動物たちと条件は同じなのです。普段ならここに来ると心が和んでいくのに、今日に限ってそうなっていくことに抗っている自分が居ることに驚いてもいるのです。
ショウタはここ数日こんな気持ちを引きずりながら毎日を過ごしていたのです。だからと言って、何をするわけでもなく、最近はまた大学に通う日が多くなってきています。それでも一つの抵抗なのか、スマホを持ち歩かなくなります。なぜなら、大学に行く以外、一人でいるショウタには必要なかったからです。
そんなある日です。いつものように、一日の授業が終わり、校門から一人出て行こうとすると、目の前にヤスコが立っていたのです。
「どうしてたの?何かあった?メール見てくれた?」
矢継ぎ早に質問してくるヤスコですが、ここには二度と来ない。私がここにきても幸せにならないと、以前言っていたことを思い出します。
「きみこそどうしたんだい?」
だから答えなければならない立場のショウタはそう尋ねてしまっていたのです。
それでもお互いの笑顔が近くの喫茶店へと足を運びます。
「別に、避けていたわけじゃないんだけど」
「嘘、絶対避けていたでしょう」
携帯は?と、聞かれて、家に置いてきているんだと、正直に言えただけで、ヤスコにそう言われると答えに窮してしまいます。それでも、ショウタが色々とあるんだと言うと、いつもの優しさに戻ってくれます。
「タイゾウから電話があったの・・・」
ショウタは驚いています。
「それで何だって?」
「何だってって、私がタイゾウと話したいとショウタは思っているの?」
「だって、僕達同級生だろう」
「元カレってはっきり言えば」
ヤスコはやはりまだイライラしている様です。
「すぐに電話を切ったわ」
「それで?」
ヤスコは今度は急にしおらしくなって、何かを言いだそうといているのに言いだせないもどかしさをにじませてきます。
「気になるんだ」
「意地悪ね」
ヤスコの目の前にはアイスコーヒーが、ショウタの前にはミックスジュースが、高校の時からずっと同じ飲み物が置かれています。
「たぶん、俺のことだと思う」
ショウタは粘り気のあるそれでいてよくすりつぶされた果実の甘味を、小さな氷粒が舌を程よく刺激しながらすっきりとさせていく効果に懐かしさを感じています。
ヤスコは、いつも最初はヒトの話にグイグイ寄ってきますが、話の核心部分だと思うと、気持ちが和むようにゆっくりとした間を持ってくれます。
「タイゾウがボーカルをまたやってくれないかって・・・」
ヤスコは一瞬息を止めたように思えたのですが、そう、と、やっぱりというような顔でショウタを見つめています。でもショウタは断ったんだ、だから、電話してきたんだと、もう、すべてを理解しているようです。でも、その表情は妙に物悲しく思えて仕方がありません。
「ヤスコはどう思う?」
「どう思うって、断ったんでしょう」
「正式にはまだ断っていないんだ。でも、あまり乗り気じゃない」
「さっき、色々あるって言っていたけど。関係があるの」
「色々あると言えばあるけど、ないといえばない。でも、ないと、色々と考えちゃうから」
ヤスコに伝わったかどうかはわからないのですが、ショウタはそう答えるしかなかったのです。
「大学は楽しい」
「楽しくはないよ」
「僕の性格知っているだろう。積極的じゃないし、それに運動は苦手だから」
ヤスコはそうねえという顔をしていますが、でも、運動が全く不得手というほどではないのになぜか肝心なところでミスをしていたように思い返しているようです。
「何かサークルでも入ったら、別に体育系じゃなくてもいいでしょう」
「そうだけど・・・・」
「ひよっとして、ショウタも本当は音楽がやりたいの?」
ショウタは答えずに、また、ゆっくりとミックスジュースを喉に流しこみます。さっきのような氷の刺激はもうなくなっていますが、却って飲みやすい気もします。
「いや、そうじゃないんだけど。やりたいことがなくなって」
「ロボットを作るって言っていたんじゃあなかった」
数学が苦手だったヤスコに放課後よく捕まっていたように思います。その時につい調子に乗って、その話をしたように思います。確かにあの時はそう信じていたのです。けれど、ショウタは現実から目を背けようとしています。今さらその説明をしても仕方ないし、ショウタが思っている大半のことをヤスコは優しく、我慢強く、繰り返し諭すように話しかけて励ましてくれるのでしょうが、もはやそれはショウタの中で堂々巡りをしていることなのです。
それでも、ショウタは大学での挫折について、ヤスコに話していたのです。ヤスコはうんうんと黙って静かにショウタの話を聞いてくれます。もっと、強い口調で予想していた言葉が返ってくるのかなと思ったのですが、ヤスコはそういう時もあるわねと、しばらくショウタの話を聞いてくれたのです。
「ヤスコも何かあったのかい?」
最近誰とも話していなかったせいか、つい長話をしてしまったと、それでもヤスコに聞いてもらって良かったと思ったのですが、ヤスコの瞳にはうっすらと涙が浮かび上がっているようで、ショウタはハッとしたのです。
「ごめん。自分の話ばっかりだったね」
「うん、いいの。ショウタは優しいね」
ヤスコはショウタに吸い寄せられるように口を開きかけたのですが慌てて口をつぐむのです。
「私の話はまたよ。それより、タイゾウの事」
「だからそれは、さっき・・・」
「ショウタは私に遠慮しているの?」
ショウタはしまったと思ったのです。将来に不安があり、今の生活に満足していないのなら、タイゾウからの申し出はまさしくうってつけに違いないと普通は思うはずです。けれども、ショウタはそうしなかった。それには何か障害があるはずだと思うのは当然だからです。
「あの時に、もう、タイゾウのバンドで歌わないでって、私が言ったからでしょう。私を悲しませたくなかったからでしょう」
ヤスコの瞳から大粒の涙がまるで映画のワンシーンのようにゆっくりと流れ落ちていていくのをショウタはただ見つめるしかなかったのです。確かに高校時代にヤスコは今日の何倍もの涙顔で心の奥底から絞り出すような嗚咽で、そのことを訴えてきたのは事実です。そして、ショウタはボーカルをやめ、二度とバンドをしないと決めたのです。けれども、それは、本当はヤスコから頼まれたからではありません。ショウタ自身が決めたことだったのです。
「もう私達は別れたのよ。ショウタは知っているよね。だから、もう、私に遠慮することはないのよ」
もはや、頬を流れ落ちていた涙線は光り続けてはいなかったのです。声帯が感情で震えることもなく、無意識に閉じることもない、冷ややかな声で聞こえてきたのです。
「でもタイゾウの事今でも好きなんだろう」と、言いたかったのですが、反対にショウタの声帯は感情で全く閉じてしまっていたのです。
「タイゾウは今でもヤスコのことが好きなんだよ」
ショウタの声帯は思ってもいなかった言葉をヤスコに送っていたのです。ヤスコは正面にきちんと立っていてそれまで大きなグローブでショウタの言葉を受け取っていたのに、あっけにとられたのか、放心状態になって、ボールの行方すら追うことはしなかったのです。けれどその姿を見てショウタもやっぱりかと落胆しないわけにはいかなかったのです。だから二人の間には時計の音さえしばらく消えていたのです。
「今日はありがとう」
ショウタはそう言ったのですが、その言葉すらヤスコの耳には入ってこなかったのかもしれません。けれども、椅子を引き、立ち上がるショウタにやっと気付いたのか、また、瞳に涙を一杯溜めて、それでも何とかこぼさないように我慢しながらこう言ったのです。
「タイゾウを助けてあげて」
ショウタがタイゾウに連絡したのは、ヤスコに会ってから、ずいぶん経ってからだと思います。タイゾウはヤスコの涙目を見てもタイゾウのバンドには入れないと心に強く誓ったのですが、大学の授業をきちんとまた受け直してみても、やはり夢はかなえられそうにないという挫折だけが、日々の現実として通り過ぎて行きます。だったらと、大学で高校の時の友人たちへ将来の不安を少しだけ話してみても、考えすぎだよ、何とかなるってと、飲みに誘われると、かえって孤独と虚しさが増していくようにも思えてくるのです。だから、駅から大学に向かう途中で、まだ寝ているだろうと思ったのですが、非通知にして電話を掛けてみたのです。タイゾウは意外にも一回で電話に出て、ショウタがそのことに思わずあっと、声を漏らしたものだから、ショウタだよね、と、もう、電話を切ることができない状態になってしまったのです。
まだ、僕が必要かい?と、ショウタはなぜか正直にそう言っていたのです。ありがとうと、スマホの向こうで微笑むタイゾウの弾んだ声が聞こえてきます。
「タイゾウは僕を買いかぶりし過ぎてんじゃないかと思うんだ。だから、一度、僕の歌を聞いてほしいんだけど」
ショウタの提案にタイゾウは頷き、練習スタジオに来ないかと言ってくれたのですが、緊張するからと、二人で大学近くにあるカラオケボックスへ行ったのです。タイゾウはギターを持っていたのですが、店員さんは特にそのことをとがめることはなかったのです。
久しぶりに二人きりで限られた空間に居ると、なぜか緊張するというか、不自然な空間に包まれます。けれどそう思っているのはショウタだけで、タイゾウはミックスジュースを注文すると、ケースからギターを取り出そうとします。
けれど、せっかく来たんだからと、少し、喉の調子も見たいからと、何曲か勝手にカラオケを選曲してショウタは謳い始めたのです。
「そんなにキーが高かったかい?無理しなくてもいいんだ」
ショウタは、わざと女性歌手の曲を選んだのです。それでも、その唄声を自分で聞きながら、あまり気持ちの良いようには思えなかったのです。
「柔らかい声がでないんだ」
ショウタは正直に言ったつもりなのですが、タイゾウは不思議そうな顔をしています。それどころか、キーの高さに声がぶれることを気にしているだけで、満足そうに微笑んでいるタイゾウが伝わってくるのです。そして、せっかくショウタが選曲したのにそれをキャンセルしてタイゾウは自分で曲を入れます。
イントロが流れてくるとすぐにわかったのですが、高校の学園祭で歌った曲です。ショウタは謳うことにためらいがあったのですが、自然と歌い始めていたのです。歌いだしは、それでもわざと柔らかく歌ったのですが、いつしか、曲調に体が自然に反応したのか、ショウタは本来の飾らない歌声になっていたのです。
「男っぽくなったな。それでいて声は伸びている。やっぱりショウタの声はいいな」
タイゾウにそう言われても複雑な気分です。だから、俺が創ったオリジナルがあるんだと言われても、ショウタは今日は帰るよと、まだ、十分時間はあるのに、タイゾウにそう告げたのです。
タイゾウはショウタを引き止めるのかと思ったのですが、そうはしません。そしてもう一度ありがとうと、やけにしおらしい声で言うと、じゃあという、ショウタの背中越しに、助けてほしいんだと、タイゾウはもう一度そう言ったのです。
(四)
ショウタは結局バンドのボーカルに迎え入れられることになったのです。ドラムのシンは高校の時のバンド仲間でショウタも良く知っていたのですが、ベースのマツは新しく入って来たようなので、初めて顔を合わすメンバーです。しかし、自分だけが別の高校で昔からの仲間ではないことを気にしているのか、ショウタに対して、よろしくと、ぺこりと頭を下げるだけでしたが、とても穏やかな雰囲気が伝わってきて、ショウタはふーっと一息つくことが出来たのです。
高校以来のバンドですが、タイゾウ達のサウンドはもはや高校の仲良しバンドではありません。ボーカルだけと言ってもショウタは最初ついて行くのにやっとだったのです。それでも、なぜか、わくわくする気持ちが次々に湧いてきて、毎日が楽しくなってきていたのも事実です。
他のメンバーはバンドだけにのめり込んでいたのですが、ショウタは大学の授業も出来るだけ受けていたのです。ショウタはそのことをバンド参加の条件にしていたのです。反対されるかなと思ったのですが、タイゾウだけではなく他のメンバーもわりとすんなりと、いいよ、と言ってくれたのです。
ショウタは長時間バンド仲間と一緒に居ると、次第に窮屈になってきます。特に、タイゾウのギターが映える曲でのボーカルではショウタは息苦しささえ感じるのです。気分転換にピアノを弾いてみたりするのですが、タイゾウが近づいてくると、つい、自分の殻に閉じこもってしまうというか、鍵盤ばかり見てしまいます。だからと言って、バンド活動自体が嫌なわけではありません。むしろ、久しぶりに自分というものが表現できて却って楽しかったのです。
「まだ慣れないか?」
タイゾウは時々一人でピアノを弾いているショウタの傍らに立って聞いてきます。
「そんなことはないよ。ただ、高校の時とは違うから、みんなプロを目指しているんだろ」
タイゾウは言葉にはしませんが、その目は輝いています。
「僕はまだそこまで考えられないし」
「ショウタはそれでいいんだ。それにだからと言って手を抜いているわけじゃないし」
「僕も音楽が好きだから」
「だったら、楽しい?」
「ああ、とても楽しいさ。けど、僕は何も生み出せないから」
「うみだせない?」
「そうさ、僕もなにか生み出したいよ」
「曲のことかい?」
「ああ。でも難しいんだろう」
「そんなことはないさ、ショウタも曲を作ってみたら」
「僕にはできないよ」
ショウタはそう言っていたのですが、大学に興味を失くしていた時期に家で遊び半分で歌を作っていたことがあったのです。でも、今、タイゾウに言うべきではないと思っています。なぜならその曲はすべて恋愛を綴った曲だからです。もし、その歌詞の内容をタイゾウに聞かれでもしたらとついしり込みしてしまいます。それに、メロディーもずいぶん柔らかいものです。おそらく、少年の時に謳っていた聖歌のような印象が忘れられないでいるのかもしれません。
ショウタはバンドのボーカルとして参加したことをヤスコには知らせていなかったのです。もちろん、ヤスコからそのことを確認されることもありません。けれど、スマホはバンドからのメールが送られてくるために持ち歩くようになっていたので、時々ヤスコから届くメールにはいやがうえにも目を通さざるを得なくなっていたのです。たわいもない内容だったので返信したり、しなかったりで、やり過ごしていたのですが、ヤスコのメールにはタイゾウの話は一切出てきません。だから却ってそのたわいもないメールがショウタの心を揺さぶってきてもいたのです。きっとヤスコはショウタがタイゾウのバンドに参加していることを知っている。だから、以前にもましてメールしてくるんだと、つい訝るような心持になってしまうのです。
ヤスコはショウタをタイゾウから離し、今度はくっつけようとしている。自分はその身勝手さに翻弄されている。それなのに、タイゾウとヤスコは付き合っていたのに別れてしまって、それでいてお互いがお互いをまだ求めていることがひしひしと伝わってくる。
ヤスコって、タイゾウにもメールを送っているのだろうか?
今年も同じ授業を聞いているのにまるで基礎機械工学の講義は絵空事のように過ぎていきます。
「ショウタ、バンドやっているんだってな」
高校の同級生が授業の合間にそう尋ねてくれます。あまり大きな声でと、人差し指を立てて、唇に押し当てたのですが、もうすでに二~三人がショウタの周りに集まっています。大学ではショウタの周りに人が集まるなんてことはほとんどなかったことなので、少しびっくりしています。
「伝説のバンドの再来か?」
少し、ディスっているようにも聞こえるのですが、あまりいやな気がしません。
「高校のときとは、別物だよ。タイゾウは変わったから」
本当にショウタはそう思ったのです。特にバンドの練習中は高校の時とは全く人柄も風貌も変わってしまったように思えたのです。でも練習が終わると途端に高校の時のあどけないタイゾウに戻ります。そしてその物腰につい心を許してしまいます。その繰り返しをここ数週間、ショウタは目の当たりにしていたのです。だから時々タイゾウにどう接したらいいのかと、戸惑いが隠せないでいたかもしれません。
「やっぱりロックなのか?」
「そうだね、でも、それほどハードじゃない。それは昔と変わらないな」
タイゾウの音楽性は変わりません。だから、ショウタはやめることなく今でもバンドを続けられているのかもしれません。軽快なメロディーラインを重視しながら力強くぶつけてくる。それでいて、以前と比べて、挑戦的なコード進行も試してみる。その音楽性にタイゾウの意気込みがひしひしと感じられるのです。
「でもね・・・」
ショウタはそう言いかけて口をつぐみます。ショウタがどれほどタイゾウの変化に気付いていたとしても、皆が聞いてくれないとせっかく演奏しているのにその曲には意味がないと思うことがあるのです。誰も聞いてくれなくても俺たちの音楽を貫き通すと、タイゾウに言われたら従うしかありません。それにボーカルであるショウタはその音楽性に合わせながら、その歌で皆の心を掴めばいい。それがタイゾウの理想なのかもしれません。でももう少し、たとえ高校の時の青臭い音楽であっても時にはそれがストレートで心に届くことがあるし、メロディーにこだわりがあるんだったら、もう少し、胸に響くこだわりある歌詞を書けばいいのではないかとも思ってしまうのです。きっとほんの少しだけ何かを足すか変えるかをしたらいいだけなのでしょうが、それが何かはショウタにはわかりません。だから、ショウタは、ひっそりとタイゾウの見えない部分、それを自分なりに曲として書いてきていたのです。でもそのことを皆の前で言うことではありません。ショウタの歌がタイゾウの音楽性を超えるとうぬぼれてはいません。でも、ショウタは一度自分の歌を、いや、タイゾウの音楽に影響を受け続けてきた自分の歌を歌ってみたいと思っていたのです。
「ショウタの声は男らしくなったからな」
タイゾウのことばかりを考えていたショウタは、突然そう言われて、ハッとして声が詰まってしまいます。だから、乾いたかすれ声で、男らしくなったって?と、聞きかえすのがやっとだったのです。
「昔はもっとやわだったからな」
「どういうことだい?」
「怒らないでくれよ。別に悪い意味で言っているんじゃないから」
ショウタはわかっているよという顔で続きを促します。
「あの時は今より高い声で、もっと、なんていうか、柔らかさがあったような気がするんだ」
「柔らかさ?」
誰かが背中をつついているのがわかります。
「俺は言いたくないんだ。でも、昔のことだからな。怒らないでくれよ」
「なんだい?」
「俺たち、ショウタって歌がうまいけど女っぽいって言っていたんだ」
きっと、目の前ではなんか罰の悪そうに頭をかいている友人たちのお決まりのポーズが映っているのでしょうが、ショウタにはまるでスマホの絵文字スタンプにしか見えません。そればかりか、きっとそれなりの音量なのでしょうが、もはや周囲の声も聞こえてこなくなっていたのです。そして、友人たちが散らばり、授業が再開され、授業が終わり、友人たちが近づき、そして離れていっても、またなという言葉すら、ショウタの文字盤には刻まれていなかったのです。
ショウタはその日初めてバンドの練習に行くのを休んでしまいます。
「昨日はどうかしたのかい?連絡もないし、電話にも出ないし」
タイゾウではなく、ベースのマツが練習にやってきたショウタに話しかけます。
「授業が終わってからみんなと久しぶりに、ちょっと・・・」
ショウタはしどろもどろになります。けれど、マツは、「そう」と、別段、怒っているふうではなく、むしろ元気そうな姿を確認できてほっとしている様に見えます。だから、少し、罪悪感を覚えます。でもショウタは本当に昨日何かをしていたわけではないのです。一人ボーっとしながら、ただふらふらとどこかをさ迷い歩いたあとに家に帰ると、遅い夕食を食べ、その後はイヤホンを付け、好きな曲を夜中までずーっと聞き入っていただけなのです。
「ところで、タイゾウは?」
マツの優しさでホッとしたのか周りが見えてきます。
「打ち合わせに行ったんだ」
「何の?」
「昨日、タイゾウから聞いたんだけど、ライブハウスで、ある期間、演奏できそうなんだ」
マツの話では、ショウタは今まで何度かバンドの曲を録音して知り合いのライブハウスのマスターに聞いてもらっていたそうなのですが、ショウタがボーカルに参加してからの楽曲を聞いてもらったら、しばらく出てみないかって、今まであまりいい返事をしてくれなかったのに、連絡をくれたって、それで、とりあえず挨拶に、って、タイゾウは出かけて行ったとのことだったのです。ショウタは当然賛成してくれるからって、それより驚かせてやろうって、タイゾウはあえて連絡しなかったようなのです。
「土曜日だけなんだけど。ステージは昼から二回。もちろん他のバンドも出るから長い時間は出来ない。でも名もないバンドには破格だって・・・。それに、一か月間の契約だけど出来次第で延長は可能だって」
マツは興奮気味に話してくれます。きっと、ショウタもそう言う気分だろうと、そういう熱い思いが伝わってきます。けれど、なぜかショウタは冷静で、「やったあ」と、無邪気に大声で叫びながらハイタッチが出来ないでいたのです。
「嬉しくないのかい?」
そんなショウタの浮かぬ顔にマツはしばらくすると気付いてくれます。
「そんなことはないけど・・・。僕にはピンとこないから」
ショウタはまだバンド活動だけに専念しようとは決めていないのです。だから、マツが言うライブハウスがどれだけ大切な場所なのかわかりません。ここで皆と和気あいあいとバンドとしての演奏を楽しむというものではなく、皆の前で演奏するのです。そして、ライブハウスには客が来ます。一人かもしれませんし、何十人と来てくれるかもしれません。けれども、タダではなく、もちろんお金をもらいます。するともはやプロのバンドとして演奏することになります。
ショウタはそう思うとなぜかいたたまれなくなったのです。
「僕は人前で歌ったことなんてないし」
「高校の文化祭で歌ったって聞いたよ」
「文化祭だろ。全員身内みたいなもんだから」
「その延長だと思えばいいんだよ。それに薄暗いし、顔なんてはっきり見えないかもしれないから」
「そうかな」
確かにライブハウスは暗くてはっきり人の顔が見えないかもしれません。けれども、客の覇気が激しく舞いながら演奏とぶつかり合う感覚が五感とは別に渦巻いています。だから、演奏者も客も巻き込まれないようにお互いぶつかっていきながら平衡を保とうとするのです。そのエネルギーが、ショウタには出せるのだろうかと思ってしまっていたのです。それにショウタはボーカルです。その矢面に立つのです。
「タイゾウはショウタに感謝していたぜ」
優しい小声でマツにそう言われて、一瞬、ショウタはピクッとします。けれどもそれも束の間のことですぐに眉間にしわを寄せてしまったのです。
「ねえ、このままのバンドでそのライブハウスに出るのかい?」
「どういうこと?」
マツは怪訝な顔をします。
「僕はライブハウスに出るんだったら、僕の歌も歌いたいんだ。僕はもう少しバンドの曲を変えて行かなきゃあダメだと思っていたんだ。けどなかなか言い出せなくて。今日はタイゾウがいないから、僕は僕の歌を思いっきり歌える気がするんだよ。だから聞いてみてほしいんだ。もちろん、このバンドに合わなければあきらめるけど、チャンスを僕にくれないかい?」
マツはしばらくショウタの決意を目踏みするように見つめていたのですが、ニコリと笑うと慌ててシンを呼びに行ってくれたのです。
(五)
一か月の予定から、二か月、三か月とライブハウスの出演が延長されたのは、まさしくショウタのおかげだったのです。ライブ予定の終了まじかにタイゾウに無理を言って、ショウタは自分の曲を歌わせてもらったのですが、オーナーが気に入ってくれたのです。その曲は、タイゾウがいなかったあの日、マツとシンの前で自らピアノを奏でて歌ったバラードだったのです。ショウタは、タイゾウの作曲するややハードな曲調に一石を投じたいのだと二人に語ったのですが、本当は高いキーだけではなく、柔らかな優しさが心の中にスーッと入って行く曲を歌ってみたかったのです。だからと言って、タイゾウが今まで奏でていたメロディーの雰囲気を壊すことはしたくなかったのです。むしろ、そっと寄り添うような、それでいて甘えたい気持ちを押し殺して、決して接することのない立ち位置で、切なさを表現したかっただけだったのです。
バンドの観客は予想通り最初まばらだったのです。けれど、満杯とは言わないまでも少しずつ増えてきたのです。それにともなって、演奏時間も演奏順位も次第に良い状況に代わっていきます。タイゾウの曲はハードなのですが、ショウタのボーカルが緩和してくれたために、騒ぎ立てるような少し乱暴な会場の雰囲気ではなく、一緒になってこの時間を楽しもうとする調和のとれた雰囲気です。そしてショウタがバラードを謳いだしてからは、その曲に聞き入ろうと静寂の波に体をゆだねようとさえしてくれるようになったのです。無頼な男性が多かった客層も変わって行き、女性客の中にはショウタのバラードを聞きに来ていると思われる女の子もひっそりと参加してくれるようにもなったのです。
「僕は僕の曲だけを謳いたいわけじゃないんだ。このバンドの中心はタイゾウだし、やっぱりタイゾウの曲を皆は聞きたがっているはずだと思うんだ」
ショウタは正直な気持ちをぶつけてみます。他のメンバーには以前言ったのですが、バンドの曲調に一石を投じたかっただけで、ショウタの作詞作曲した曲だけを歌いたいわけではなかったのです。
タイゾウはショウタに寄り添い、そしてショウタはタイゾウに寄り添う。そんな曲調にしたかったのです。
「ああ、わかっているさ。俺の曲はショウタが歌えば一番生えると思っているし、ショウタしか歌えないと思っている。でも、俺は過信していたのかもしれないし、ショウタに無理させていたのかもしれない」
「そんなことはないさ」
「でも、ショウタは自分の歌を歌う時は俺とは違う歌い方をしている。俺はショウタにありのままで歌ってほしいと思っているんだ。どうしてなんだい?」
「僕は僕の今の声が嫌いなんだ」
ショウタはそう言いたかったのですが、
「声は昔の方がいいだろう」と、言ったのです。
「そんなことはないさ。男としてお互い成長してきたんだ。声が変わっても仕方ないだろう。それに俺は今のショウタの歌声がすごく好きなんだ」
「今の方がいいってこと?」
「比べようはないよ」
「でも声が低くなったり、重たくなったりしているだろう」
「そんなことは関係ないから。ショウタの声は昔からショウタの声だし」
タイゾウは当たり前のことをいいます。だから僕は声を変えて、曲調も変えて歌っているんだ。僕は僕でない僕をタイゾウに見てほしいんだ。と、ショウタは心の中で叫ぶしかなかったのです。
「でも、僕は僕が歌いたい声で歌いたい。それも僕ではなくてタイゾウが創った曲で歌いたいんだ」
タイゾウは怪訝な顔をします。でも、それからはショウタに寄り添うような曲も少しは作ってくれるようになったのです。歌詞はショウタ、曲はタイゾウとはっきり決まったわけではないのですが、それはショウタにとって嬉しいことだったのです。
ライブハウスでの演奏が続いていくにつれて、ショウタはのどの不調を感じ始めます。呼吸法や発声法は合唱団の頃にある程度習得していて自信があったのですが、こういう閉鎖された空間ではなかったので、喉に負担がかかったのかと思ったのですが、実は、ショウタが自身の曲を歌う時は、本来の音域より高くそして声質を柔らかくしていたので、どうしても無理を強いていたのかもしれません。それでいて、タイゾウのハードな曲には全力で声を張り上げないといけません。それでも、一曲のバラードだけならよかったのですが、マスターはショウタの曲を聞きたがっていたし、そのことにタイゾウや他のメンバーは異論を唱えなかったので、ショウタの曲が増えていくと、やはり喉に無理をしているということがショウタ自身にもひしひしと伝わってくるのがわかるようになってきます。
ライブハウスの出演は三か月で終わりを迎えたのです。ショウタが無理を重ねたために、喉の調子が悪くなったからです。タイゾウは、プロ野球の新人投手と一緒で、一軍のマウンドにあがると、最初は調子がよかっても、そのうち肩や肘に負担がかかって、思い通りに投げられなくなる。それと同じだよ。と、言ってくれたのです。タイゾウは今まで何人かのボーカルが、そのことで声が擦れてしまったことを知っていたのです。ボーカルとしてはその声にも特徴があり、別のステップへあがれるきっかけとなることもあるのですが、タイゾウはショウタにはそうなってほしくなかったはずだし、ショウタもきっとそうなったらバンドから去って行くだろうと思っていたので、他のメンバーと話し合って一端ライブ活動を休止しようと決めたのです。
ショウタは自分の歌声や発声には自信があったし、声をつぶさずにそのことを乗り越えないとこれからやっていけないだろうと、当座は自分の曲は極力謳わないようにして再開しようと思ったのですが、一度固定化した客はそのことを受けいれてくれそうになかったので、ショウタの意見は聞き入れられなかったのです。それでもマスターは親切にも他のライブハウスを紹介してくれたので、ショウタの喉が落ちつき始めた頃にはそのライブハウスで歌わせてもらえるようになったのです。けれど、以前と違い週末ではありません。ショウタはオーデションで一曲も自分のバラードを謳いませんでしたし、タイゾウの曲だけで勝負すると、メンバーに言ったのです。だから、月曜の五時からのワンステージからの出発になったのです。タイゾウは歌える場所があるだけでも、と言ってくれたのですが、少し名が売れようとしていたのに、また振りだしに戻ったという落胆は、しばらくメンバーの中では燻ることになります。
ショウタはライブハウスでタイゾウの曲だけを歌いながら悩んでいたのです。タイゾウが求めているのはショウタ自身の声です。ショウタが生まれ、成長したショウタ自身の肉体から生み出される自然な声です。だから、その声を発することに肉体はなんら負担を課しません。けれども、ショウタはタイゾウに以前はっきりと言ったのですが、その生理的な声が好きではないのです。肉体的に負うところはなくても、ショウタのその声を聞きながらギターを気持ちよく奏でるタイゾウを見ていると、とても悲しくなるのです。もちろんショウタがバラードを自分の歌いたい声にして、歌った時もタイゾウは嫌な顔はしません。しかし、自然な声で歌っている時の表情とは明らかに違います。ひよっとしてショウタの声はショウタの肉体から必死で出て行きたいと思っているのに、そうできない、いやそうさせたくない何かに引き戻されようとしているのかもしれません。
ショウタはこのままバンドのボーカルとして続けていくべきかどうか迷いだしていたのです。タイゾウは曲調を一時軌道修正しようとしてくれたのですが、ショウタが自分の曲を謳わなくなってからは、また、以前の曲調に戻ってしまいます。ショウタはもう二度とバンドに迷惑はかけられません。だから、何とかタイゾウに変わってほしいと思ったのですが、バラードを歌い始めることで、また声が擦れていくと思うと、なかなか強く言いだせなかったのです。それにあれほど以前のライブハウスで好評だった、ショウタのバラードとその歌声をタイゾウは全く魅力的だと思ってくれていなかったことが、悲しかったのです。
ショウタが歌いたい声で歌い、それでいて喉に負担がかからないような方法はないのだろうか?ショウタは答えのない小部屋をまるで動物園の生き物達と同じように行ったり来たりするだけの毎日を送っていたのです。
そんなある日一通の手紙が届きます。
「私は十六歳の女子高生で、バンドの大ファンです。親に嘘ついてライブハウスによく通っています。でも私は自分で言うのもなんだけどまじめなの。バンドのCDがまだ出てないでしょう。だから私、ライブに行っては、歌詞を暗記しようと思って必死だったくらいだから。でも私、頭が悪いし、よく聞き取れなかったの。でも、そう言えばって、ひらめいて。私ってバカだな、スマホがあるじゃないって。それでホントは良くないのかもしれないんだけど、録音させてもらったの。これでちゃんと歌詞がわかるって思って。家に帰ってからノートに書いておこうって聞き直したんだけど、ライブ会場はファンが当然居るでしょう。だから、私が思っているほどうまく録音されていないっていうか、録音されているんだけど、ライブ会場で聴くより、ずっとぼやけちゃって、うまく聞きとれなかったの。だからどうしようかなあって考えたの。でもね、私が手紙を書いたのは、歌詞を教えてくださいって、そういうお願いではないの。歌詞はわかったの。不思議でしょう。
実はね。なぜ学校を休んでライブに行っていたかっていうとね。私、学校でいじめられていたからなの。ブスでグズだし、頭悪し、学校にいるとね、なんか私をからかいたくなるみたい。クラスメートはたぶんふざけているだけだって思っているのかもしれないんだけど、いじめられているほうはそうは絶対に思わないでしょう。だって、私にとって嫌なことをするんだもの。でもね、私、止めてってなかなか言えなくて。それに誰にも相談できなくて。それでたまたま通りがかったライブハウスに入ったの。ごめんね。でも、最初って人が少なかったでしょう。だから、私だけのために謳ってくれているように思ったのかもしれないわ。自分のために誰かが何かをしてくれるなんて今までなかったから本当にうれしかったの。
話がそれたわね。私、すぐ横道にそれるから、皆イライラするのかもしれないわね。さっき、私、相談する人が誰もいないって言ったけど、本当は一人だけいたの。それはね、私の弟なの。私の家、父さんが出て行ったから母さんだけなんだけど、働きに行っているから。帰ってくるまで、弟と二人きりなんだけど、弟は引きこもりなの。なぜそうなったかわからないし、病院にも連れて行ったんだけど、はっきりわからないっていうか、連れて行こうとすると、大声で暴れて。でもね、普段はそういうことは一切しないのよ。それどころか、静かに黙っているし、私が学校の色々のことを話しても黙って聞いてくれるの。だからって、こう思うとか、ああしなさいとかは絶対言わないの。私が一方的にしゃべっているだけで、聞いているかのか聞いていないのかわからないんだけど。私は、ちゃんと聞いていてくれていて、何か私に言ってくれるように思えるの。だから、私はいじめられていても我慢できたのかもしれない。
当然ライブのことも話していたの。だって、私にとって久しぶりにわくわくする時間だったから。でもね、変わらなかった。私の嬉しそうな顔をみても変わらなかった。だから、私、録音したスマホを聞かせたの。そして、ノートを見せたの。そしたら、どうなったと思う。私、とってもびっくりしたんだんだけど、ペンを持って、歌詞を書きなおしてくれたのよ。どうしたの?これ合ってるの?すごいじゃんって、私、部屋の中でジャンプしていたわ。それでも、弟は相変わらず無表情なの。でも私たちにとってすごいことじゃない。だからね、私それからコンサートに行くたびに録音して帰ってきたの。それに歌詞が合っているかも確かめたかったし。正解は今でもわからないけど。何回も聞くうちに合っているような気がしたの(一番ハードな曲の歌詞を書いておくね)。その弟がね。もう何年も、私に話しかけてくれなかった弟がね。ショウタのバラードを聞いて泣いていたの。私、だから、もっと聞いてもらおうと何度も行くようになったんだけど、急にライブハウスから皆が居なくなったでしょう。どうして?何があったの?って、マスターに聞いたの。マスターは理由も行先も誰にも言ってないからって教えてくれなかったんだけど、私が何度も聞くから最後は教えてくれて、それで今のライブハウスに来れたの。でも、ショウタはバラードを謳わなくなっていたわ。なぜなの?教えてほしい。私、どうしても弟に聞かせてあげたいの。だから、理由はどうであっても、もう一度ショウタにバラードを謳ってほしいの。私、わがままかしら。でもね、たとえわがままって思われて、皆にきらわれてもいいの。お願いだから、ショウタにはバラードを一回だけでなくて、これからもずーっと歌い続けてほしいの。
弟はね、誰に向かって言ったのかわからないんだけど、こうつぶやいたの。この人はどうして自分で自分のことをいじめるのって。私には弟が何を言っているのかわからないし、誰のことを言っているのかわからないんだけど、たぶんショウタのバラードのことだと思うの。そしてね、ひよっとしたら特定の人の声だけしか聞こえないんじゃないのかって。だから、外に出たくないんじゃないかって。私の言っていることおかしいかもしれないけど。私は弟の事信じているの」
(六)
ヤスコは学問から離れて自分を一度見つめ直そうと思ったのですが、特にこれといったものは見つけられなかったのです。そんな時にショウタがバンドに参加してくれたと、タイゾウからありがとうとメールが来て、ヤスコは、何かが吹っ切れたようで、また臨床心理士を目指して頑張り始めたのです。もちろん、ショウタとタイゾウが何かに向かい始めたということが刺激になったのですが、励まそうという素振りを一切見せずに、カナが毎日のようにヤスコに電話を掛けてくれたり食事に誘ってくれたりして色々なことを話してくれたことが大きな理由だったのです。
授業に戻った教室でカナと一緒にいると、カナは時々ヤスコを見つめてニヤニヤします。最初はヤスコがまた臨床心理士を目指してくれたことがそんなにうれしかったのかと、思ったのですが、あんまり続くので、カナに素直に気持ち悪いからと、折角色々と話しを聞いてもらったりしていたのですが、ついそう言ったのです。するとカナはやっと言ったねと、意味深な言葉を吐いて、その日、授業が終わるとヤスコはカナに居酒屋に誘われます。二人とも二十歳になっていたので、お酒は飲めるのですが、二人ともお酒は苦手なので飲みません。けれど、居酒屋イコールオヤジという概念ではなく、最近は少しおしゃれなところもあるし、料理の割には料金が安いし、少々うるさい時もあるのですが、気兼ねなく過ごせるので、二人は行きつけの店に立ち寄ったのです。
「私に感謝してる?」
カナは少しヨーグルトを混ぜた自家製のマヨネーズで創ったポテトサラダをつまみに始めの一杯目のビールという風で冷たいウーロン茶で喉を潤せながら話しかけてきます。
「どうしたの、急に・・・」
今までそういう恩着せがましいことは一度も言わなかったのでどうしたのかとヤスコは思ってしまいます。
「私ね、ヤスコに悪いことしたなって思っているの」
「どういうこと?」
「私、ヤスコに色々と話をしてきたじゃない。あれね。ヤスコに対する私の心理療法ってやつなの。だからね、ヤスコがまた授業に戻って来たことを本当は喜ばなくちゃならないのについにやけてしまって」
「じゃあ、にやけていたのは自分に対して?」
「そうなの。怒った?」
ヤスコはカナがいつもと違って品数多く注文しているのは、そのためなのかと思います。
「あきれた」
ヤスコは少し冷たい目をします。そして、今日はおごりよね、だったらチャラにしてあげるとニヤリとします。
「おごりって言ってくれたから私も言うんだけど、カナが私に心理療法を試していたのは知っていたの」
「えっ」と、カナは慌てて箸を置きます。
「どういうこと?」
「だから、わかっていたのよ。私だってそのくらいわかるわ。でも、わかっていながらわかっていないフリをするってずるくない?それにもしそうなら心理学って、バカし合いになるでしょう。だから、私は途中でやめたの。カナに乗ってみようと思ったの。それに、そのおかげで私はこうやってまたカナと一緒に勉強出来るんだもの。ありがたいと思ったし、心理学って悪くないって思い直せたわ」
ヤスコはカナから少し視線をずらし、また戻すと、照れたように頬を緩めたのです。
カナは複雑な表情をしていますが、これまでのことを思い出しながら、同じように頬を緩め、ヤスコを見つめています。
お互いの空気はまるでほろ酔い気分のようにぼやーっと膨らんでいきます。
「じゃあ、タイゾウやショウタの話をしてくれたのもわざと?」
カナはゆっくりと息を吸い込むと尋ねてきます。
「そうじゃないわ。でも、私にとって、あの二人はやっぱり切り離せないから」
「まだ、タイゾウの事好きなの?」
「わかんない。だって、私タイゾウ以外の男性と付き合ったことないし」
「始めて聞いた」
「始めて言った」
二人の間で、時が止まったのでないのですが、何かがはじけたように、まるで無垢な少女に戻ったように笑っていたのです。それは、言葉の駆け引きや感情の誘導といったものではなくて、人間の持つ本能と言うような漠然とした無意識の幸せだったのかもしれません。けれど、ヤスコは記憶にはとどめておきたいとは思っても、今はそのことを分析しようとは思いません。きっとそれはカナも同じだと思います。
「なら、あなたたちの関係って複雑ね」
「私達、ただの同級生よ」
「高校のね。でもそれだけじゃない。なにか変よ」
「私?」
「ううん、ヤスコには残念ながら今興味はないわ。私の興味はタイゾウとショウタよ」
「男だから」
「臨床心理をやるんだったらそういう偏見は持たないことね」
「私は別に偏見だなって」
「わかっているわ。でもね、今ヤスコは、男女の偏見と同時に私が女だからという偏見を持っていたことになるのよ」
ヤスコはそうすばっと言われると戸惑います。けれども、一般論としてカナの言うことが全く的外れではないことに驚いています。
「私はね、タイゾウは今でもヤスコと離れたくないと思っていると思うわ」
ヤスコはカナに言われて戸惑います。
「でも私達は別れたわ」
「でも、連絡は取り合っている」
「また同級生だからって言うんでしょう」
ヤスコが言いかけたのをカナは制します。
「でも、タイゾウは本当にそう思っているのかしら。タイゾウにとって音楽が一番でしょう。それは高校の時から続けている彼の夢よ。それをヤスコは認めなかった」
「それは・・・」
「ううん、別にヤスコを責めているんじゃないの。それに、ヤスコは高校生だったから。私もヤスコの気持ちはわかるわ。でも今は違う。ヤスコもタイゾウももう少し大きな視野で周りが見えているはずよね」
「そうかな。私はそれほど強くないし。それに、もし、もう一度タイゾウとよりを戻したとしても、もしタイゾウに浮気されたら、私、二度と立ち直れないかもしれないわ」
「それはタイゾウも同じよ。もし同じような疑惑でもう一度ヤスコにフラれたら立ち直れなくなるかもしれないわ」
ヤスコは思わず黙ってしまいます。
「そういう、お互いの弱さがくだらない見栄みたいになっているように思えるの」
「見栄なんてないわ」
「だったらどうして?お互いが必要なのになぜ必要だと言わないの?」
ヤスコはまた言葉につまってしまいます。自分の感情すら客観的に評価できないことに苛立っています。
「ショウタが居るからじゃないの?ショウタが居るからきっとトライアングルみたいにいつまでも音が出せると二人とも安心しているんじゃないの。だったらショウタがかわいそうじゃない」
「かわいそう?」
「私はね、ショウタはヤスコのことが好きなんじゃないかって思っているの」
「ショウタが?」
カナから意外なことを言われてヤスコはびっくりしています。
「だって、ヤスコに頼まれてショウタはバンドのボーカルを高校の時に辞めたんでしょう。だのにヤスコが今度はボーカルに戻ってあげてって頼んだら、それまでタイゾウに何度も誘われているのにうんと言わなかったショウタが、また戻ったんでしょう。それって、・・・」
「それは、ただ単にショウタの優しさだと私は思うわ」
「そうかもしれないわね。でもタイゾウはそうは思っていないのかもしれないわ」
「どういうこと?」
「タイゾウは、ショウタがヤスコの事が好きだということを、高校生の時から薄々感じていたのかもしれないわ。だから、ショウタがボーカルを辞めた時も引き止めなかったし、ヤスコと別れようと思った」
「別れを切り出したのは私からよ」
「タイゾウは拒まなかったんでしょう。そして、そのことがヤスコの傷になっている」
ごめんと、カナは少し奥に入り込んだことを後悔しています。いいのと、ヤスコは話を続けてと、優しくカナに言ったのです。
「さっきの話じゃないけど、タイゾウはまだヤスコに未練があるし、タイゾウも薄々気付いている。けど、お互い、連絡を取り合っているのに、ヤスコは何も言ってこないし、タイゾウも何も言わない」
「だからそれはさっき変な見栄だってカナが言ったんじゃなかったっけ」
「タイゾウはショウタに気兼ねしているのよ。だから、ヤスコと別れたというよりも身を引いた。でも、離れ離れになると寂しくなる。ヤスコも同じだろうと思っているのに、ショウタから、ヤスコとはなんでも話せるし、よく会っていると聞いた。だから、また、バンドに誘った。ヤスコはバンドが嫌いだ。タイゾウはそう思っている。だから、ショウタがバンドに居る限り、ショウタのことをヤスコは好きにならない」
カナは早口で言い切っていたのです。
「もし、カナの言うとおりだったら、私もタイゾウもずいぶん悪者ね」
「だから、わたしはショウタがかわいそうだって言ったのよ」
「でも、もし私のことが好きだったんなら、私が頼んでも、ショウタはバンドに戻るかしら?タイゾウと私は別れたのよ」
「それは、ヤスコがまだタイゾウに未練があったからよ」
「じゃあ、ショウタは私とタイゾウの関係を知りながら、私に好意を持ち続づけてくれているし、それでもいいと思っているわけ」
「そう。だから・・・」
ヤスコはカナから視線をはずすと、ショウタと高校で初めて出会ってから今までの出来事を思い出していたのです。そして、そう言えばと思いながらも、はっきりとカナにこう言ったのです。
「ショウタから今まで一度もそういう素振りは感じたことはなかったわ。ショウタって確かにとても優しいんだけど、案外私には冷たい所があるのよ」
カナとヤスコはしばらく黙ってウーロン茶を飲みながら、いつもだったら、これ美味しいね、どうやって作っているんだろうねとか、新しいメニューみたいなんだけと、ちょっと斬新過ぎない?とか、たいていはゆっくりと味わいながら食事を楽しんでいるのですが、今夜に限っては全く味がしないわけではないはずなのに、お互いからひとつも感想が沸き起こってきません。それでも、店員さんには追加を注文しています。まだ、何か物足りない気分なのかもしれません。
「そう言えば、お姉さんに聞いてくれた?」
ヤスコは実は先週ショウタと久しぶりに会っていたのです。その時にショウタから思いもかけないことを相談されたのです。それは、ショウタが自分の声を女性のように高くやわらくしたいというものだったのです。もちろんその理由も聞いたのです。するとショウタはある手紙のことを話し始めたのです。ずいぶん悩んだ末だということがわかるくらい頬のこけたショウタは、確かに手助けを求めているようだったのですが、だからと言ってヤスコにだけと言う風ではなく、誰でもいいからどんな方法でもいいからという切羽詰まったもののようにヤスコには感じられたのです。だから、その気迫に押されて、知り合いがいるから相談してみるね、とつい言ってしまったのです。
ヤスコはカナに相談したのです。なぜならカナのお姉さんは言語療法士をしていたからです。
「その手紙だけでショウタは決めたの」
「ううん、そうじゃないと思うわ。もともとショウタは高い声でバラードを謳いたがっていたんだけど、無理をして喉を壊してしまったの。だからよ」
「言語治療だけで声を高くすることはできないらしいの。でもね、反対に声を高くしたからといって女性らしい声が出るとは限らないの」
「どうして?」
「だって、女性と男性じゃ解剖学的に違うじゃない」
「解剖?」
「そうよ、骨格の違いって言った方がわかりやすいかしら。お姉ちゃんによるとね、声って声帯を通って行くでしょう。この時に声帯の緊張で音の高さが決まるの。でもね、声帯を通った後の声が喉の奥や、口の中や鼻を通って吐く息として出て行くでしょう。その間にその空間で共鳴していくのよ。トンネルの中で声を出したことあるでしょう。そうしたら不思議と声が響いてくるわよね。簡単にいうとそういう原理らしいの。当然男性の方が声が通っていくトンネルのようなものは広いから、どうしても男っぽい硬い声になってしまうの。特にアやオのような母音はその違いがわかりやすいみたいよ」
「だったら、難しいの」
「そうね、骨格自体はどうすることもできないし。でもね、やり方がないわけではないらしいの」
「どういこと」
「母音のなかでもイやエは、舌を使ってそのトンネルを狭くすると女性っぽく聞こえるし、サ行なんかもそうすると、同じような効果が出るから、少しテクニックはいるし、可能かどうかはわからないけど、変えられる音を強調して、女性らしい歌詞にして歌えば、女性らしい声で聞こえるようになるらしいわ」
「でも、そのテクニックって難しいんじゃない?」
「ショウタは他の歌手の曲を歌ってもうまかった?」
「うまかったわ」
「それだったら大丈夫。自分の歌しか上手に歌えない人は、その音質しかうまく出せないのよ。でもそうじゃないのなら少し訓練するだけでうまくなるって」
「わかったわ。でも、声を高くすることは言語治療だけでは無理なんでしょう?」
ヤスコはカナの説明に希望を持ったのですが、そう言えばと少し落胆してカナに助けを求めたのです。
「それがお姉ちゃんと時々一緒に仕事をしているお医者さんが居て、その人が知っているかもって聞いてくれたんだけど、ある手術をすれば、可能になるらしいの」
「大変な手術なの」
「局所麻酔で出来るって」
「局所麻酔って」
「喉にだけ麻酔薬を注射するのよ。だから意識はあるわ。ほら、歯の治療する時みたい」
「でも手術だからメスで切るんでしょう。怖いわ。私だったら無理かも」
「声を出さないとわからないでしょう。だから、ちゃんと手術中に声を出してもらって、その声でいいですって、自分で決めてもらわないとだめなのよ」
ヤスコは手術を受けながら声まで出して冷静にその声の高さで良いか判断するなんて到底できないと思ってしまいます。けれど、ショウタなら、いや、すべての患者さんは何かを得るために頑張るんだとヤスコは思い直したのです。
「そうよね。自分の声は自分で決めないとね」
「お姉ちゃんから一応説明は聞いたんだけど、それを説明しているお姉ちゃんも私も医者じゃないから、わかってくれるかどうかはわからないんだけど、簡単に言うと、声帯って、喉頭という箱の中で弦みたいにピーンと張った状態で振るえるんだけど、その緊張度を変えてあげたら高い声になるらしいの。だけどね、声帯自体にメスを入れて操作すると良くないみたいだから、その緊張を促している周りの筋肉がうまく働くように、喉頭という箱の形を少し修正してあげるんだって」
カナの説明を聞いてもヤスコにはイメージがわきません。ただし、箱作りと言われれば簡単そうな気になります。
「簡単な手術なの?」
ヤスコはだからついそう言っていたのです。
「私もそう思ったの。だから、お姉ちゃんに聞いたのよ。でも、手術に簡単なものなんてないわって怒られたのよ」
「でも、その知り合いの先生は出来るんでしょう」
「そうじゃないのよ。その手術はある有名な先生がする手術らしいの。声の高さを微妙に調節するには経験が必要だから。お姉ちゃんの知り合いの先生はその助手に入っただけみたい」
そうか、だったら、すぐに手術をしてもらえないのかもしれないなと、ヤスコは落胆したのです。
「その男子、バンドのボーカルをしているんだったらとっても大事なことだから良く考えてねとお姉ちゃんが言っていたんだけど、その手術を受けて一度声を高くしたら、本来の声は出せなくなるの。それにね、この手術はね・・・」
ヤスコはカナから思いもかけぬことを聞かされます。はじめは聞き流そうとしていたのですが、なぜか、三人に絡まっていた糸がほつれて行くような、不思議な気分に包まれていったのです。
(七)
ショウタは、ヤスコから聞いたよと、タイゾウに言われたくはなかったのです。いやそう信じていたのですが、やはり、タイゾウから、声を変えたいって本当?と聞かれ、とても寂しい思いに苛まれていたのです。それでも勇気を振り絞ってヤスコから聞いたのかいと、尋ねたのです。タイゾウは答えてくれません。だから、余計に辛かったのです。
そんなもやもやした気分を晴らそうとショウタは大学へ入学したあと免許を取って買ったバイクで里山に行こうと思います。タイゾウのバンドで歌を歌うことになった時に訪れて以来ですが、祖父母はもう住んでいません。祖父の身体の調子が悪くなったので、家をそのまま残して、里山から少し離れた老人介護施設に二人で移ったのです。
祖父母の家はまだあります。里山の中心部から少し上がった小道の脇に、石段が積まれ、干し柿が軒下によく吊されていた茅葺きの家は、もはや精気を失っています。幼い時に井戸水で冷やされたスイカを腰かけながら食べていた縁側も雨戸に遮られ暗闇に潜んでいます。
幼かったショウタにとっては里山のどこに立ってもいつもそこは中心部だったのですが、とりわけ神社の境内が一番落ち着くところだったのです。時が止まったかのような空間には、その天辺を垣間見ることさえできないくらいの高さで、大きな杉木立が直立不動の姿勢でここに来るすべての人を優しく見守ってくれています。だから子供合唱団にいたショウタはここでいつも大声で歌えたのかもしれません。誰に邪魔されることもなく、一羽のトンビまでもがゆっくりと大空を優雅に旋回しながら鳴き声をこらえてくれていたのです。ひよっとしてはるか上空まで届くようなショウタの澄み切った高音の歌声が上昇気流となって、心地よさを与えていたのかもしれません。
そんなショウタが、この神社で神様に自分のことを始めて話したのは小学校の五年生の時です。いつもように謳っていると、違和感を覚えたからです。でもその違和感は突然訪れたものではありません。一年ほど前から周りが少しずつ変化し出していたのですが、気のせいだと気にしなかっただけだったのです。しかも、その変化はショウタ自身に生じたのではなくショウタの周りで生じていたのです。けれどショウタはそれを見てしまう。そして、感じてしまう。だから、ショウタにとっては、まるで誰かが少しずつ体の中にレンガを積みあげていくような重みだったのです。
ショウタはそれでも出来るだけ周りを見ないように、透明な空間に身を置きながらこの神社で歌っていたのです。けれども、耳に聞こえてくるその歌声はいつのもの声のはずなのに、心では同じようには聞こえてこなくなっていたのです。だからショウタはその歌声を受け入れることは出来なくなります。そしてどうしていつのもように聞こえてこないのだろうとそればかり思ってしまいます。
でもある日祖母に言われたのです。それは生き物にとって避けがたい成長という現象がやってきたことだということをです。もちろん祖母はそういう言う方をしません。ショウタも大きくなってきたのねと、優しく微笑みながら言ってくれたのです。ショウタは祖母が大好きです。けれどもその時ばかりは、祖母の事が大嫌いになったのです。でも怒ることは出来ません。またあの声が聞こえてくると思うと、大声でわめくこともできなかったので、とめどもなく流れてくる涙を一生懸命拭うことしか出来なかったのです。そしてその失望は身体が大きくなってしまったら、決してもとには戻らないということと同じように、ショウタの歌声も以前のような歌声にはもどらないということを知らされたことだったのです。
それでもショウタはその事実を受け入れることがどうしても出来なかったのです。
ショウタは子供合唱団に入りたくて歌を歌い始めたのではありません。歌が特別好きだったわけでもありません。ショウタの歌声を聞いて、大人も子供も男性も女性も若者も老人も恍惚の笑顔で近寄ってきてくれたからです。ショウタはその笑顔の先に大きな光の塊を見たのです。そして、その塊がスーッとショウタの心の中に入ってきて、身体中を昇華させていったのです。そこには少しも壁はありません。それどころか、青空のもと果てしない草原の中で大勢の人たちがピクニックを楽しんでいるように思えたのです。
その時の想いはショウタからけっして消えていかなかったのです。はじめはきっと嬉しいとか美しいとかの思い出として残っていたのでしょうが、いつしか普通の光景として心の一部に同化していったのです。それ以来、ショウタは自分の歌声を聞くとなぜか静かな気持ちになれたのです。どこかに傾くこともなく平衡感覚を保てたのです。
それなのに、あの日、あの声が心の中に入ってきてからは、その気持ちを少しずつ削り取っていったのです。もしかしたら、ショウタが歌を歌わなければそうならなかったかもしれませんし、祖母が大きくなったねと、言った時に別な感情が沸き起こって素直に頷くだけで良かったのかもしれません。けれどもショウタはそうしなかったし、そう出来なかったのです。
「神様。僕の声はもう戻らないの?」
ショウタは神様に尋ねます。神様は答えてくれません。だからショウタはその声が聞こえるまで待とうと思ったのです。それは心を閉ざしてしまったというよりも、心を成長させないようにしてしまったのです。もちろん、他の人と話さないとか身体の成長を受け入れないとかということはありません。たいていのことは社会の変化に応じてきたのです。けれどもその一点だけは変えなかったのです。一点だけではあったのですがその一点はとてもショウタのこころの成長には重要だったのです。純粋な心、皆を愛し、愛される心、そのすべてはあの時の歌を歌えるまで、そしてその声がショウタの心に聞こえるまで持ち続けなければならないものだったのです。
そんな時にショウタはタイゾウとヤスコに出会ったのです。そして、二人の前でショウタは久しぶりに歌うことになったのです。ショウタはその歌声に少し期待したのですが、やはり自分自身の心に何も届いてこなかったのです。だからショウタの落胆は大きかったのです。けれど、タイゾウもヤスコもショウタの歌声を身体全体で受け止めてくれたのです。ショウタの心にはまったく響いてこない何かが、二人には届いたのかもしれません。そして次第に、大きく心が揺れている二人の光景が心ではなくショウタの耳に届いてきたのです。その光景はもちろん聞こえません。
時は安らぎではなく不安をもたらすこともあります。二人は鼓膜を通してショウタの心を少しずつ振動させ始めたのです。その刺激は今までショウタが描いていた真っ青な雲一つない大空に違った色で何かを描こうとしてきます。けれどショウタには何が書かれているかわかりませんし、ショウタの心は受け入れようとはしなかったのです。いくらショウタが拒んでも二人といると、鼓膜は揺れ動きます。そして二人は思い思いの色を使って気軽に落書きしてきます。
ショウタの心は混乱するばかりだったのですが、次第に分かってきたのです。タイゾウは男でヤスコは女だということをです。そして、当たり前なのですが、二人は、それぞれの性でショウタに接しようとしてくることが、目に見えてきたのです。そして、二人はショウタに選択を迫ってきます。
ショウタの目の前に突然恐ろしい魔物がやってきて、平穏な心をかき乱し始めたのです。もちろん、ショウタはヒーローではありません。だから戦うことも、追い払うことも出来なかったのです。
「神様。僕はどうなってしまったの?」
のたうち回り、息が止まりそうになりながらショウタが叫んだ言葉にすら神様は反応してくれません。だから、ショウタは家の中に引き込んでしまったのです。二人は何度もショウタの家に来てくれます。けれども、ショウタはそうされることが余計に辛かったのです。もし、あの時の声で歌えるならと、ショウタはこの時、家の中で歌ってみたのです。もう少しで届きそうなところで何度も挫折したのですが、それでも一度だけあの声が心に届いたのです。でも、本当にそうなのだろうかと、疑ってしまいます。そうすると、また心に届かなくなってしまいます。ショウタは自分の心を信じようと思います。自分の心に正直になろうと思います。そして、自分の心に届くように歌おうと思います。そうすると、ある歌い方をすると、心に届くようになったのです。ショウタは嬉しくて仕方がなかったので、やっと家を飛び出すことが出来たのです。
やっと、僕は僕に戻れたんだねと、ショウタはうれしくてその時も神社へ行ったのです。境内に入ると一人の少女が、神様に何か願い事をしています。ショウタはしばらくその少女を垣間見ていたのですが、なかなかその少女は神様から離れようとしなかったのです。それはふと思ったことで、別に悪戯をするつもりはなかったのですが、もし、あの少女が振り向いてくれたらと、ショウタは心に届いた歌声で歌ってみたのです。その少女ははじめ微動だにしませんでしたが、そのうち、少しピクリとしたかと思うと、ショウタの方を振り向き、泣きながらなにかを言ったように思えたのです。ショウタは歌うのを止めようと思ったのですが、そのうちその少女が泣きやみ、微笑んでいるように思えたのでやめることが出来なかったのです。少女がなにを言ったのか確かめることはもちろんできなかったのですが、ショウタにとっては少女のとても嬉しそうな笑顔が神様からの答えのように思えたのです。
大人になったショウタはもうあの時の声でずっと歌うことが出来なくなってしまいます。ヤスコは手術をすれば歌えるようになるかもしれないと言ってくれたのですが、その前に神様に聞いてほしいことがあったので、そして、もしかしたらここでなら歌い続けることが出来るのではないかと思ったので神社にやって来たのです。目の前には誰もいません。だからショウタは誰かに気兼ねすることもなく思いっきり歌えるはずなのです。けれどもショウタは怖くて仕方がありません。その一声がなかなか出てきません。そんなショウタをまったく変わっていない里山の神社だけは優しく包むように見つめてくれています。
ショウタは大きく息を吸い込みます。そうするとスーッと身体から力が抜けていきます。だから歌うことではなく素直に自分の心をさらけ出そうと思ったのです。
「神様。僕はタイゾウが好きなのです。でも、それほど深い意味はありませんし、深く考えたことでもなかったのです。その理由はとても単純で、タイゾウが僕の歌声を必要としてくれ、ヤスコは必要としてくれなかったという幼い時の僕の心根から芽生えた気持ちです。
だから大人の男性として好きかと言われればそうではないのです。僕はそういう感情にはとらわれないのです。男性であれ、女性であれ、好きであればどちらでもいい。人として接したいと思っているだけなのです。だから、男らしくなりたいとか、女らしくなりたいとかは全くなく、その中間の存在としてタイゾウのそばにいたいと思っているだけなのです。それなのに、僕は今の自分の声をどうしても受け入れられないでいるのです。特にタイゾウの前ではその声で歌いたくはないのです。せっかくあの声を取り戻せたというのに、すぐに男っぽいというか、低い重い声になってしまうからです。僕の心と同化する中性的な声で歌いたいのにどうしても声は高くなりません。
高校で最初にバンドを組んだ時は、タイゾウは僕の声にまだそれほど敏感ではなかったはずです。おそらく、僕本来の声で歌った方が自然だし、タイゾウはもっと僕のことが気に入ってくれたのかもしれませんが、それは僕ではなく僕の知らない別人を好きになってしまうことになるのです。だから、僕は無理をしてあの歌声で歌っていたのです。タイゾウはそんな僕の声を決して嫌がりはしなかったし、その声の虜にさえなろうとしてくれていたのです。僕にとってはとても嬉しかったのですが、その歌声は長くは続かなかったのです。だからそれは偶然だったのかもしれないのですが、タイゾウが高校生の時にバンド活動を休止したいと言い出した時は本当にうれしかったのです。この歌声の記憶でこれから僕に接してくれることが嬉しかったのです。けれどもそれは一時的なもので、バンド活動が休止になると、タイゾウは僕を振り向いてくれることもなく、歌声に酔いしれることもなく、歌声に恋い焦がれてくれることもなく、ヤスコのもとに向かったのです。それも男と女として。僕はその時の悲しみを今でも忘れることはできません。だから、ヤスコと別れたタイゾウがまた僕の所にやってきてももう謳うことなんて出来ないと言ってきたのです。
もし、僕が好きだというとても純粋な気持ちだけで、タイゾウに告白していたら、あの時タイゾウはどう思ったのでしょうか?きっと、何も答えられないで、少しひきつった笑顔を見せて後ずさりするとヤスコの所に行ったのでしょうか?そして、二人そろって僕の前に再び現れると、わかったとか、これからも三人の関係はかわらないからとか、なんでも話してほしいとか、言ってきたのでしょうか?でも、もし僕が何も話さなかったら、わざわざそう言う回りくどいことを二人は言うのだろうかと思ってしまいます。そして、僕自身が今の自分がどういう存在なのかわからないし、これからの自分がどうなっていくかはもっとわからないのに、どうしてわかったからだとか、なんでも話してほしいとか、関係は変わらないとか、言えるのか僕には全く理解できないのです。
僕はヤスコから、ショウタって私の事好きなの?って、聞かれたのです。僕はそれがヤスコの本意ではないことにすぐに気が付きます。しかし、その躊躇もヤスコはわかっている様なのです。でも僕はヤスコには言いません。何故なら、もうヤスコは僕の答えに気が付いているからです。
僕は、ヤスコが大嫌いなんだ。僕が好きなのはタイゾウでそれを邪魔するすべての人と僕は戦うと、僕は素直に言うことが出来ればどんなに楽なのだろうと思ってしまうのです。けれど、僕にはそう言う気持ちはありません。いや本当はあるのかもしれませんが、僕は男であろうが女であろうが、僕自身をそのまま受け入れてくれる人と一緒に居たいだけだからです。でもそううまくはいかないのかもしれません。心の安らぎが得られたら、それは自然と愛することになっていくからです。
男の身体か女の身体しか僕が人間である限り与えられません。今僕は男の身体をしているので、男性としての機能は時として自分の意志とは関係なく働いてきます。僕はその時がいやなのです。すべての人を愛したいと思っているのにそれは背信行為になるからです。だからと言って女性の身体になろうとは思いません。中性的な存在として中性的な愛を僕が望んでいるからです。
それでも今僕はタイゾウが好きです。それはわがままだと思われるのかもしれませんし、そんな僕の心情を声高に叫んでも、そのことに最後まで同調してくれる人はとても少ない人達だと思います。
だから僕はロボット作りを夢見たのかもしれません。ひよっとして、これから一人だけで生きていかなければならないのかとさえ思うと、性など意識しないで済むロボットと関わることが、僕の唯一の心の支えになってくれると願ってもいたからです。だから、大学に通い続けていたのです。でも、僕はもはやそのことをあきらめてしまっています。それに僕自身はけっしてロボットにはなれないし、なりたくはないと思っています。
手術をするともう元の声に戻らないとヤスコは言います。もしかしたら僕の変わった声を聴いたタイゾウは僕のことが嫌いになるかもしれません。そして、手術を受けた理由をヤスコの僕に対する心理の推測でタイゾウに伝えるかもしれません。タイゾウはそのことを聞いてそれでも僕から離れないかもしれませんし、ヤスコも僕をより強く支えてくれるかもしれませんが、やはり僕に対しては今までとは違った感情を持つだろうと思ってしまうのです。
僕はそれでもかまわないのです。なぜなら僕は何度も悩み何度もためらいそして自分から何度も逃げようと思ったのですが、結局逃げても僕に安らぎは訪れないことを知ってしまったからです。また、どこかでタイゾウやヤスコが、現れるだけなのです。僕は僕自身で居たいのです。そして、僕は僕の居場所を動かしたくはないのです。そして僕の本当の声で歌いたいだけなのです。
僕は強い人間ではありません。だから悩んでしまいます。でも、僕の決心は揺るぎのないものでなければならないのです。なぜならヤスコの話だとある有名な先生が手術をしてくだされるようなのですが、もし、僕の決心が揺れ動いていたらその先生は手術をためらうかもしれないからです。
あの少女からの手紙はそんな僕を後押ししてくれます。でも、もし僕が手術で声を変えても、少女の弟が僕の声を聞きとることが出来たとしたら、僕はまだもがき苦しんでいることになります。もしそうなったら僕はどうしたらいいんだろうと思ってしまいます。神様、どう思いますか?僕は少しだけヒントが欲しいのです」
ショウタは誰に聞かせることもなく自分で創ったバラードを神社の中で謳っていたのです。里山は静寂に包まれているのにその歌声はなぜか杉木立の格子に阻まれて出て行きません。だから、ショウタは神様が吸い寄せるように聞き入ってくれているのではないかと思ったのです。けれども、いくら待ってもショウタには何も伝わっては来なかったのです。その代り、ふわふわとした毛ではなく、裸で、暗闇の中でもそのピンクの肌が透き通って光って見えるとても小さな動物が見えたのです。
そう言えばジェンダーについて取材していると言っていたあの記者はどこで何をしているんだろう。昔はアナウンサーをしていたんだと言っていたけれども、どうして辞めたんだろう?確かにいい声をしていたように思ったんだけど。
何も跳ね返ってこないショウタの心はその光の先を見ようとしていたのかもしれません。