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声の神議り   作者: 一色もと葉
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枕の詞

 はるか遠い古から、神在り月の出雲では、八百万の神々が集まって、年に一度の神議りが行われます。 

 豪華絢爛な装飾品を身にまとったり、大輪の生け花のような髪型をなびかせたり、真っ白な布きれをまとっただけなのに妙に凛としていたり、神様もそれなりのおしゃれをしているようです。

「お元気でいらっしゃいましたか?去年はずいぶんお疲れの様で。心配していたのですよ」

「そうでしたか。お気遣いありがとうございます。一年は早いものです。ことしも宜しくお願いします」と、顔見知りの挨拶があれば、

「新参者ですね」

「はい。最近ギャル達に神様にしていただいたのです」と、緊張気味なのですが、お目目ぱちぱちのガングロメイクでミニスカートの衣からは、細い二本の美脚ではなく、鱗に包まれた蛇足が見えます。

 神議りの場所は、稲佐の浜から少し上がった上宮(かみのみや)と言われる小さなやしろで行われますが、神々は浜からあがると、透明な明るさの中、松明の輝きに導かれ、真っ新に清められたいつもの道を、大社(おおやしろ)にある神々の宿泊所にまず向かいます。なぜなら、長旅の疲れを癒すというよりも、宿泊所には全国から集められた至極の食べ物と、何よりも神様にとって大好物なお酒が、大釜になみなみと注がれていて大宴会が行われるからです。

 私達下世話な人間は、そんなに悠長なことをしていたら神議りの時間が無くなってしまうと、やきもきするのでしょうが、神様ですからそんなことは気にしませんし、もともと時間は神様が創られたものですからどうにでもなります。

 しかし、神様達は宴会をただ漫然と楽しんでいるのではありません。ここは神様達の情報交換の場なのです。なぜなら、神様には自らの社があります。そこには毎日多くの人々が願い事を持ってやってきます。その願い事を聞いてあげなければなりません。願い事はあくまで願い事ですが、神様ですから何とかならないかと交渉ごとはするのです。もちろんその交渉ごとを実感として捉えることは出来ませんが、人間だったり、犬や猫だったり、太陽や風などにも交渉するのです。だからとても忙しいのです。けれど、それらは自らの社だけではまかなえきれないこともあります。そういう時は、他の神様にも手伝ってもらわなければなりません。ご近所の神様なら名前も性格も良く知っているのですが、少し遠くに居られる神様とは、挨拶すらままならないのです。それでも昔は十分だったのです。人間は生まれ育ったところからなかなか離れなかったからです。ところがどうでしょう。今や願い事は日本だけではなく世界中を飛び回っています。もちろん大社に来られるのは日本の神様だけです。それでも北から南まで、いたるところの神様を皆が知る由がありません。知らないと神様同士の縁は紡げません。だから、この社に集まって、出来るだけ多くの神様と出会い、杯を交わしながら、どこそこの神様はどういう人や場所や生き物と知り合いなのかの情報交換をしようとしているのです。

「わしの社に毎日お参りに来てくれていた女の子の飼っている小鳥がいなくなってしもうたんじゃがな」

 子供神様が、長く白いのですが、妙に太い一本のあごひげをさすりながら鳥神様に聞いておられます。

「その女の子の所に返してあげればよいのですか?」

「いや、そうじゃないのじゃ。その子の願いは、誰にも食べられることなく長生きしてほしいと思っているだけなのじゃ」

「私の所には迷い鳥の情報が入ってきては出て行ってしまうということの繰り返しですわ」

「そりゃそうじゃろ、翼があれば大空を自由に飛びたいと思うじゃろうからな」

「そうですね。でも、大空は、こんなに広くて誰にも会わないようにも見えるのに、却って鳥かごよりも危険ですから」

「そうじゃな。あの子が飼っていたのは小鳥じゃから、今まで怖い思いをしたことなどなかったじゃろうな」

「そうですね。ひとしきり飛び回ってお腹が空いて、寂しくなった夕暮れ時が危ないですね」

 そう言うと、鳥神様は花魁(おいらん)の姿をしていたのですが、色白の面長の真っ赤に塗られた唇を尖らせ、着物を羽ばたかせると、瞬く間に色鮮やかな八咫烏(やたがらす)に姿を変えてどこかに飛んで行ってしまいます。子供神様は、あっと、焦るのかと思ったのですが、そんなそぶりもなく、猫神様にも何やらこそこそと耳打ちしています。

 子供神様は楽しげに猫神様と話していたかと思うと空になった徳利(とっくり)を持って大釜に近づいていきます。いつのまにか花魁姿に戻っていた鳥神様が子供神様の傍らに立っています。

「見つかりましたよ。どうやらその小鳥はかなり遠くまで飛んで行ってしまったようで、女の子のところへ戻ろうと一生懸命だったようですが、力尽きたようです。たまたま散歩に出かけていた風の神様と森の神様が偶然出会ったようで、里山のおばあさんの所に連れて行ってあげたそうです」

「じゃあ、元気なんじゃな」

「そうですね。また、逃げなければいいのですが」

 子供神様と鳥神様も、小鳥が自ら逃げたのではなくて、逃してあげたのではないかと、女の子やおばあさんの優しさまでにはこれ以上何も差し延べられないと思っています。

 また、他の所ではコソコソ声がはっきりと聞こえてきます。

「壁にかかれた落書きを消してほしいのさ」

 大木のようにずっしりとした体格のそれでいて目じりの下がったお(うち)神様が、細身のタイトスーツから手足が何本も伸びている雨風(うかぜ)の神様に尋ねています。

「どうしてですか?」

「落書きがあると皆が集まってくれないのさ」

「でも、それは本当に落書きが原因なのですか?」

 雨風の神様は、丁度通りがかった、ほろ酔い千鳥足(ちどりあし)を、先の細い大きなふさふさ尻尾(しっぽ)で器用にバランスを取りながらの文字(もんじ)の神様に聞いてみます。

「難しいのお・・・」

 ヒクッと、それだけ言うと、文字の神様はもうどこかへ行ってしまいます。

「でも、どうしてそんなところに落書きはかかれていたんでしょうかね」

「それがね、よくわからないんだけど、何かの合図らしいのさ」

「合図?」

「誰にですか?」

「人とは限らないからさ」

 お家神様は困った顔をしています。

「それでは、消す前に確かめた方がよいのではありませんか?」

「誰にさ?」

「人とは限らないのでしょう」

 雨風の神様は潤いまなこで見つめます。そして、ヒューと口笛を吹き、手足を縮め丸くなると、どこかに飛んで行ってしまいます。

 残されたお家神様は、のそりのそりと、今度は絵心(えしん)の神様を探してみます。しかし、七色の頬をしていて目立つはずなのに、絵心の神様は恥ずかし屋さんなのでなかなか見つかりません。だから、仕方がないと、お腹が空いたお家神様はお餅にむしゃぶりついていたのです。

「わかりましたよ」

 背中越しに急に声を掛けられたものですから、お家神様はもう少しでお餅が喉につまりそうだったのですが、雨風の神様の手足が器用に背中を叩いてくれます。

「・・・・・」

 雨風の神様はお家神様に耳打ちします。しかし、今度はヒソヒソだったので全く聞こえません。ただ、もう少し時間が必要なのかもしれません。我慢だねと、つぶやきだけが伝わってきます。そして、お家神様と雨風の神様は、もはや先ほどのことなどすっかり忘れてしまったのか、笑顔で大釜へ近づくと、大変かもしれないけど、あの壁に目覚まし機能をつけ足してくれないかなと、大声で皆と盛り上がっています。

 こんな風に、いたるところで神様達のおしゃべりは続いていますが、八百万の神々は願いのすべてを叶えることはできません。それでもこの宴に終わりがあるのでしょうかと思うほど、神様達は盃を酌み交わし、馳走を食し、出来るだけ多くの神様と縁を紡ぎ合っています。

 すると、誰かが大釜を力強く叩いているのか、ゴーンと大きな音が社を揺り動かすほど鳴り響いてきます。もしかしたら、出雲の大神様かもしれません。

「さあ、そろそろ恒例の神議りを執り行うことにいたしましょう」

 先ほどまでなみなみと注がれ、いくら飲んでもその量が減らなかった大釜の御神酒は、ついに一滴残らず飲み干されています。空っぽになったはずなのに、不思議なことに全国からの願い事があふれんばかりに入っています。もちろん紙のようなものに書かれているのでしょうが、巻物になっていて何が書かれているかは神様ですら見えなくなっています。

「皆さん、ここから移動してください。少し窮屈ですが、大釜を皆で囲みましょう」

 大神様は神議りを声高に宣言しましたが、もちろんこの大釜に入っているすべての願い事に対して行うことはできません。大神様はこの大釜からいくつかの願い事を選んで神議りを行おうとしているのです。せっかく出雲へやって来たのに、願い事が選ばれなくて、仕方なく帰ってしまう神様の方がむしろ多いのかもしれません。しかし、願い事は粗末に扱われることは決してありません。だから、その前の宴がとても大切ですし、神議りが始まる前に帰ろうとする八百万の神様は誰もいません。むしろ神議りがいまだ始まらないことに苛苛しながら、大社で仕える神職達が、大釜だとは知らないで、松明片手に運んできてくれるのを、今か今かとわくわくそわそわしながら待っています。

 大釜が上宮の社内に運ばれ、中央にどんと据え置かれると、大歓声が上がります。そして、大神様がその大釜の上に浮かびながら座ると、それまで騒然と響き渡っていた社内が、透き通っていき、静かになっていきます。大神様はそのことを確かめると、ゆっくりと高らかに数字を読み上げます。神議りに選ばれるのは八つだけです。もちろん優劣はないはずなのですが、恒例のこととして一番から読み上げられますので、どうしても最後の八番目の時が最も盛り上がります。きっと、末広がりの縁を有すると考えられているからなのでしょう。

 八百万の神様の願い事は神様ごとに一案件だけだと決まったわけではありません。参拝者が多い神様の願い事は当然多くなりますし、参拝者が少ない神様の願い事は少なくなります。大釜にはそれらがすべて入っているのです。だから、(くじ)と同じように、当然参拝者の多い神様の願い事が選ばれる確率が高くなります。しかし、たとえ願い事が一つだけであっても。この大釜に入っている限り選ばれないということはありません。大神籤というだけのことはあります。

「確か、金メダルを目指して頑張っている若者の願いだったよな・・・」

 小さな里山に住んでいる声音(こわね)の神様は願い事が少ない神様です。それでも去年選ばれた願いのひとつを忘れずに覚えていたのは、まさかと思いながらも他の神様と同じように、もしかしたら選ばれるのではないかと、胸躍っていたからかもしれません。しかし、久しぶりの宴でついはしゃいでしまった声音の神様は、五番目の願い事までなんとか聞いていたのですが、昨夜飲み過ぎてしまったこともあって生あくびを必死にこらえるどころか、そのうちうたたねを始めてしまいます。

「では、最後に、八番目の願い事を選びましょう」

 大神様は静かにそして重々しくそう告げると、何を思ったのか大釜深くに潜り込んでしまいます。今までなかったことなので、皆かたずをのんで大神様を見守っていたのですが、しばらくして大神様が現れると、口元に巻物を加えて微笑んでいます。皆が大神様らしからぬその行いに、最初はきょとんとしていたのですが、いつしか満開の桜が一斉に舞い上がるように、あちこちから笑い声が沸き起こってきます。

 大神様も皆につられて大声で笑い始めると、願い事の書かれた巻物は口元から離れ、ころころと転がり始めます。神様達はその巻物をなんとか捕まえようと手足を伸ばすのですが、伸ばせば伸ばすほどまるでウナギのようにすり抜けていきます。

 そして、最後にやっとたどりついたのは、大きな口を開けて大いびきをかいている声音の神様の口元です。

 それでも声音の神様は起きません。しかし、大いびきの音は消えたので、大神様はこう言ったのです。

「今年の八番目の願いは、声音の神の願い事に決まりました。皆さん集まってください。さあ、神議りを始めましょう」


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