結婚式 1
国の王子が結婚ともなれば、街中はカーニバルのようなお祭り騒ぎだ。王室の紋章旗が街中を飾り、皆仕事を休み、誰もかれもが笑顔だった。マルガリータは結局駄々を捏ねまくり、新調したドレスに靴、扇に身を包みご満悦の様子で清々しい朝を迎え、イザベラもまた豪華にドレス全体に金の糸で刺繍を施されている上品かつ華やかなドレスに身を包んでいる。
「さぁ馬車が来たよ。マルガリータ、マーガレット、二人とも準備はできているかい?」
「ええ、私はいつでも構いません」
マルガリータは意気揚々とした様子で、扇を開いた。その隣で心ここにあらずといった様子のマーガレット。
「マーガレット、惚けてるんじゃないよ。結婚式では王族と王族に近しい公爵家ももちろんいらっしゃるんだ。二人ともせっかくの機会を逃すんじゃないよ」
鼻息荒く、鷲鼻をツンと高く上げてイザベラは出て行った。それに続いて娘達も家を後にする。
「マーガレット、今日は私の邪魔をするんじゃないわよ。分かってるわよね」
「ええ、もちろんですわ」
馬車に乗り込み、マーガレットはマルガリータの言葉に生返事をし、窓から見える青々とした空を見上げた。雲ひとつない晴れ渡る空。空が広く、高く、大きく見えるような抜ける青。
今日、リュセットとルイ王子が結婚をするーー。
「さぁ、着いたね」
ガラガラと音を立てていた馬車はゆっくりと止まり、少しすると使用人により馬車の扉は開かれた。馬車の揺れは座りっぱなしの腰に響くとでも言いたげに、イザベラは腰を片手で支えて少しだけ背中を反り返した後、背中をしゃんと伸ばして城内へと足を踏み入れた。
「お待ちしておりました。ヴァルシュタイン家の皆様ですね」
城内へと案内され、通された部屋の中に立っていたのは、一人の男性。
「ええ、そうですが……失礼ですが、どちら様でしょうか?」
イザベラは相手の風貌を見て、値踏みしていた。身なりはきっちりとしている上、案内された客間にいる人物となれば、それなりの爵位を持つ人物。もしくは王族の親類か何かの可能性が高い。そんな勘定を初めていたイザベラと、その後に続いて部屋に入ったマルガリータは、明らかにこの男性に好奇の目を向けている。
だが、マーガレットは違った。マーガレットが二人の後から部屋に入り、イザベラが話をしている人物を見た瞬間、あっと思わず声が漏れでそうになった。
(以前、リュセットと話をしていたあの……?)
舞踏会二日目の夜、リュセットを見かけたマーガレットが思わず声をかけてしまった理由であるあの男性だ。
「失礼いたしました。私はアンリと申します。使用人も含め、王族の皆様も現在忙しくしているため、代理を頼まれ、私がヴァルシュタイン家の皆様のエスコートに参りました」
「……ということは、アンリ様は王族の……?」
イザベラの声が少し浮ついたのが聞き取れ、マルガリータの表情が輝きを灯したのが見て取れた。そんな中で、アンリはにっこりと微笑みながら、こう返答した。
「いいえ、私はしがない田舎の男爵貴族にございます。本日は人手が足りないということで、僭越ながら手を貸しているまでです」
「あら、そうでしたか」
なんともわかりやすい。アンリが片田舎の男爵と聞いた瞬間、イザベラの興味はそれたのだろう。扇を開き、口元をそれで隠しながら目はもう興味の色を失っている。それはマルガリータも同様だった。
「国王や王妃も忙しく今婚姻の準備に追われています。王子もリュセット様も同様ですので、準備が整うまでこの部屋で少しおくつろぎくださいませ。食事や飲み物は奥に用意しております」
「そうね、ちょうどお腹が空いていた頃だし、少しいただくことにいたしましょう。娘達もいらっしゃい」
イザベラに連れられてマルガリータは後をついて食事に向かった。最近リュセットがいないため久しぶりのきちんとした食事に二人の心は踊っていた。
けれどマーガレットはこのアンリという男性から視線を逸らさず、アンリがそんなマーガレットの様子に気がついてにっこりと微笑んだ。
「今朝絞ったぶどう酒もございますよ。馬車に揺られてここまで来るのにお疲れでしょう」
「マーガレットと申します。お気遣いありがとうございます」
マーガレットはドレスの裾を少し持ち上げ、少しだけ膝を曲げて会釈をしながらそう言った。
「あなたがマーガレットでしたか」
「私のことをご存知なのですか?」
思わず眉間にシワを寄せた。なぜアンリ男爵がマーガレットのことを知っているのか。そんな疑問からだった。
「ええ、リュセットに聞いています。殊の外、あなたのことをとても心配されておりました」
「リュセットが、でしょうか?」
再びマーガレットは眉間に深いシワを刻んだ。
「以前行われた舞踏会にてリュセットとは話をしたことがありまして、今日も偶然お会いしてそのような話に。とても妹思いな姉だとかなんとか言っておりました」
「そうでしたか」
マーガレットは大きな窓ガラスから外を見やる。あの舞踏会の日がもう何年も前のことのように感じていた。そんなマーガレット様子を見ていたアンリは、さらにこう言った。
「しかし良かったですね。リュセットが王族と結婚するとなれば、皆様もこの王城で住むことになるかもしれませんし」
アンリはマーガレットの耳元でぼそりとそう呟いた。この部屋にはマーガレットの家族とアンリ以外にいないと言うのに、誰かに聞かれないようにとでも言いたげな仕草だった。
「……いいえ、私はここに住むつもりは毛頭ございません」
イザベラやマルガリータはそのつもりだろうけれど。そのつもりでイザベラも結局は大金をはたき、マルガリータを着飾らせたのだろう。お金のリターンはこの城から出ると期待して。
「それはなぜです?」
「ここに住めばきっとリュセットが私達に気を使うことになるかもしれません。それでなくとも慣れない王室のしきたりに苦労が絶えないでしょうし」
マーガレットはそう言うが、本心では二人の幸せな姿が見たくなかったからだ。二人には幸せになって欲しいと願う一方で、幸せになどなって欲しくないと思う別人格のような考えもあるのは事実だったのだ。
「リュセットが幸せなら、それでいいのです。彼女はそういう星の元に生まれているのですから」
「……あなたは、変わったお方ですね」
アンリがじっとマーガレットの表情を見つめている。まるで心の中を探るように。けれどアンリはすぐににっこりと微笑んだ。
「ええ、よく言われますわ」
マーガレットもアンリと話しながらどこか心ここに在らずといった様子だったことに気がついて、微笑みを返した。
「いえ、悪い意味ではありませんよ」
「ええ、わかっていますわ」
アンリの言葉に悪意がないことは、その言葉尻からも感じていた。だからこそマーガレットはさらに微笑みを返したのだった。
「けれど、なぜでしょうか。リュセットの幸せをねがいながらも、どこかそれはあなた自身にまじないでもかけているように見えるのは」
「まじない、ですか?」
「ええ、呪詛のように、自分を縛り付けてるように見えますね」
マーガレットはアンリがそう言う意図が汲み取れず、黙って聞き役に徹していた。
ーーそんな時だった。使用人が部屋に現れ、こう言った。
「ヴァルシュタイン家の皆様、式典の準備が整いましたのでご参列願います」
マーガレットはゴクリと息を飲み、イザベラとマルガリータは食事をする手を止めた。
「さぁ、時間のようですね。あなたにとっても素敵な時間となりますよう……」
アンリは微笑みながら、マーガレットをそっと部屋の外へと押しやった。