真実
話の始まりはマーガレットが森へ行き、偶然散歩をしていたというルイ王子に出会ったこと。
王子だとは知らずに出会い、王子も自分の身分を隠していたこと。押し倒されたことはさすがに、ルイ王子と婚約をしているリュセットには伏せておいた。ただ、初めは口も悪く態度も良くなかったため、印象は悪かったとだけ付け足しておいた。
二度目の出会いは、林の中で。山賊に襲われていたところを再びルイ王子が助けてくれたのだということ。
「まぁ! それではお姉様はお怪我などはありませんでしたの!?」
山賊に襲われた話をした時、リュセットの顔は青ざめていた。恐れおののくその姿に、マーガレットは微笑んでリュセットの手を握った。
「ええ、大丈夫よ。危ういところだったのは確かだけれど、ルイ王子が追い払ってくださったの」
マーガレットはリュセットに馴れ初めを話しながら、遠い昔のことのようにあの時のことを思い返していた。初めて森で会った時は、名前すら知らずにいた。印象も悪く、もう二度と会うことなどないと思っていた相手だというのに、運命のいたずらか、再び再会をはたしてしまった。
マーガレットにマッサージのスキルがあったがため、王子の体の不調を言い当てたことにより、王子からマッサージをして欲しいと依頼が入った。その報酬に小型銀貨5枚をくれると言ったのだということ。実際には大型銀貨だったが、初回ということもあり大盤振る舞いをしていたのだろう。今となって考えれば、小さいとはいえ別宅があり、マッサージの練習台に1グロなどという大金をはたけたのも騎士ではなく王子だからだと知れば、納得はいくとマーガレットは思い返していた。
「お姉様がマッサージを練習するために私のこの服を借りたいと仰ったのは、ルイ王子のためだったのですね」
「ええ、当時はルイ王子ではなく、お城の騎士団長カイン様の名を騙っていたのだけれどね」
そう、だからこそマーガレットは自分の感情に身を委ねるようにして、ルイ王子と恋に落ちたのだ。まさかシンデレラであるリュセットと一緒になるはずのルイ王子だと、露ほどにも思わずに。
「お姉様はどうして、ルイ王子を避けたのでしょうか……? あんなに王子様のことを慕っておいででしたのに。それにカイン様もおっしゃっていたではありませんか。ルイ王子もお姉様のことをーー」
「リュセット」
ルイ王子と結婚をすると言ったリュセット。お城に向かうまでは辞退すると言っていたにも関わらず、お城から戻ったリュセットの意見は変わっていた。それも確固たる強い意志を持って。
それはきっと、ルイ王子に原因があるのかもしれないと、マーガレットは考えていた。
ルイ王子から預かっていたネックレスを捨てたと言い。王子となど結婚する気もなど更々ないと言い。まるでルイ王子を弄んだように振る舞ったマーガレット。それらの行動はルイ王子の怒りに触れ、もしかすれば少しは悲しみも与えたかもしれない。けれどそれが功を奏したのだと。
「もう過去なのよ、リュセット。全ては過去なの。だからルイ王子の相手は、あなたしかいないの」
この先の話をするのは勇気がいる。マーガレットは話をしながらも、正直なところ悩んでいた。だからこそマーガレットは先にルイ王子と自分の馴れ初めを話して聞かせたのだ。
ここからは満里奈として生きていた頃の話が入る。この世界のあるべき形。あるべき結末。それを話すのは本当にいいのか。話してしまえば、リュセットは気づいてしまう。マーガレットはまだ、ルイ王子のことが好きなのだということに。それに気づいてしまえば、心優しいリュセットは再び結婚を取り下げるのではないかと。
「……いつか、お姉様が大切そうに持っていらっしゃった王家の紋章が入ったネックレス。あれはどうなさったのでしょうか。ルイ王子から頂いたものだったのでしょう?」
「あれは、舞踏会の日に無くしてしまったの」
リズイラとの一件は伏せておいた。マーガレットにとっては無くしたようなものだったからだ。それをあの令嬢が王子に悪く言って渡したとしても、それも結果として、ある意味でマーガレットを助けることになったのだから、と。
「けれど見つかってルイ王子の手に戻ったみたいでホッとしているわ。元々少しの間預かるつもりだったものだから」
リュセットはマーガレットの様子を真っ直ぐな瞳で見つめながら、首を傾げてこう言った。
「マーガレットお姉様は、どうしてルイ王子を拒絶なさるのでしょうか……」
「拒絶?」
「ええ、私にはそのように思えます。無理して遠ざけようとなさっている……そうですわよね?」
リュセットはマーガレットに掴まれていた手の上から、そっと、もう一方の手を重ね合わせた。
「舞踏会の一夜目。行く前と行った後ではガラリとお姉様の様子も、発言も変わっていらっしゃいます。私はマーガレットお姉様が泣いていらっしゃった様子を舞踏会一日目の帰宅後と、そして舞踏会二日目の場でも見ていますわ」
「それは……」
「マーガレットお姉様がなんと言おうと、私の目は誤魔化せません」
澄んだ瞳は真っ直ぐだった。真っ直ぐマーガレットの心根に問いかけていた。純真で人が良いリュセット。イザベラやマルガリータに上手いことを言われても疑いもしない。そんなリュセットだが、決して彼女は馬鹿というわけではない。
「……そのようね」
はぁ、とため息をついた後、今度こそ腹を括ったと言うように、マーガレットは小さく笑った。
「私はね、リュセット。前世の記憶を持っているの」