足のサイズ
舞踏会も終わり平穏な日常が戻ってきたと感じさせる、そんな昼下がり。地響きのような足音に、その平穏は簡単に崩された。
「娘達! ちょっとここへいらっしゃい!」
普段は品格だとかなんとか言っているイザベラが、嬉々たる感情を全身で表していた。その声に反応した娘達は各々、ダイニングにいるイザベラの元へとやってきては母親の様子を訝しがっている。
「どうしたのですか、お母様?」
初めにダイニングに現れたのはマルガリータ。その後にマーガレット。そして外にいたリュセットだった。
「先ほどシャーメイン夫人とお会いしていたんだけどね、どうやら王子が花嫁候補の女性を探して、使いの者が家を一軒一軒回っているいるそうだよ」
「花嫁候補の女性を……?」
リュセットが首を曲げて疑問を投げかけ、マルガリータはイザベラが言わんとすることを汲み取ったかのように、狂喜乱舞し始めた。
「まぁ! それではまだ私にもチャンスがあるということですわね!?」
興奮する姉と母親を横目に、マーガレットはドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
ーーとうとうその時が来たのかと。
「マルガリータ、喜ぶのはまだ早いよ。花嫁になるには条件があるんだ」
「では、その条件とはなんなのでしょうか?」
マルガリータは興奮する気持ちを抑えきれず、イザベラにがぶり寄る。イザベラはコホンと一度咳払いをした後、娘達を見渡して、こう言った。
「舞踏会の日、どこぞの令嬢が靴の片方を落として帰ったそうでね、その靴にぴったりと合う女性を探しているらしいんだよ」
そこまで言って、リュセットは一瞬まさか、と言いたげにマーガレットを見やり、マーガレットはそんなリュセットへ向けて微笑みを返した。
けれどマルガリータの反応は二人とは全く違う上、さっきまでの興奮した気持ちが一気にしぼんでいくのが見て取れた。
「なんだ、すでに決まったご令嬢がいるのではないですか。その方を探しているのでしょう? でしたら私達の出番はありませんわ」
マルガリータはフンッと鼻を鳴らし、気分を害したと言わんばかりに開いていた扇を閉じた。
「まぁマルガリータ、まだ話は続くんだよ。よくお聞き」
イザベラはもったいぶった言い方をしながら、娘達を自分の近くに来るように指で呼び寄せて、扇で口元を隠しながらこう言った。
「話によれば、その靴の相手を詳しく知らない様子なんだよ。だから通達では、その靴にぴったり合ったサイズの令嬢を花嫁にと迎い入れるそうだよ」
「まぁ!」
マルガリータはまるで古びたバネの留め具が外れた時ように、ぴょんと小さくジャンプをした。
「まぁ! まぁ! まぁ!」
マルガリータはイザベラの手を掴み、小さくダンスを始める。顔には満面の笑みを携えて。
「それでは私にもチャンスがあるということですわね!?」
「ああ、そういうことになるよ」
「まぁ!」
マルガリータはダンスを踊り、それに引っ張られる形でイザベラも踊っている。リュセットですら顔に笑みが広がり、華やいでいた。
ただ一人、マーガレット以外が楽しそうに乱舞している。
「なんだい、マーガレット。あんたは嬉しくないのかい? これはマルガリータだけではなく、あんたにだってチャンスがあるってことなんだよ?」
イザベラはマルガリータから手を離し、マーガレットの手をそっと重ねた。マーガレットは微笑んで、その喜びを精一杯表していたつもりだった。けれど、マルガリータのようにはもちろんいかない。
「ええ、私はとても嬉しいですわ。けれどそれはきっと、私がお相手ではないと思いますの」
「わかってるじゃないか、マーガレット。王子様の相手になるのは、この私なんだから」
鼻息荒くいきり立っているのはマルガリータ。どこからその自信がやってくるのか、本当に疑問でしかない。が、マーガレットはそんなマルガリータにも笑顔を振りまいてその意見に同意した。
「そうですわね。お姉様が花嫁になる可能性もなきしにもあらずですわ。ただ、その靴のサイズがきちんと足に合えば……ですが」
そうそこが問題なのだ。マーガレットの記憶では足を切り落とすなどという話があったことは覚えているが、それはグリム童話。ペローではないと、最近思い出していた。が、昔に読んだ物語のため、やはり確証はない。
「お姉様の足はその……少し人より大きいかと……」
「マーガレット!」
マルガリータは顔を真っ赤にして扇を机に叩きつけた。まるで火山が噴火を始めたようなその様子に、イザベラはあっさりとこんなことを言いのけた。
「それならいっそのこと、指を切ってしまえばいいさ」
「……!」
マーガレットは口を開いたまま、閉じることができなかった。その言葉は聞きたくない言葉の一つ。ということはやはり、この物語の行く末は……バッドエンド。
「お、お母様……それはあんまりですわ」
さすがのマルガリータでさえ、わなわなと口元を震わせている。それもそうだ。実の母にあっさりとあんなことを言われてしまったのだから、驚くのも無理はない。
「なーに、どうせ王子様と結婚してしまえばあんた達は歩く必要なんてないんだから。足の指くらいなんだい。もしくは踵を落とすかい?」
あははっ、と笑っているこの母親が、突然化け物に見えてきて、マーガレットは一歩身を引いた。けれど、マルガリータは少し違った。
「それはそうですが……」
(それはそうですが!? 本気で言ってんの!?)
「お母様、お戯れが過ぎますわ。指を無くせばその血痕で靴を履く際に簡単にバレてしまいます。今も順番にお城の使いの方は家を回っているのでしょう? でしたらそれはさすがに現実的ではありませんわ」
「ああ、そうだね。マーガレットの言う通りだ」
冗談半分だったのか、イザベラは思ったよりもあっさりと引いてくれた。そんな様子にマーガレットは胸をなでおろした。
(……し、心臓に悪い!)
「もしどうにかするのであれば、せめて今から紐でも括って足を小さく見せるのはどうかしら?」
なんてマルガリータは別案を講じた。二人は真剣そのものだった。さすがは爵位と金の亡者といったところだろう。
そんな風に策を講じている間に、玄関の扉をノックする音が聞こえた。