舞踏会二日目 1
お城の大広間ではクラシックミュージックが豪華なオーケストラによって演奏されている。昨日リュセットとルイ王子が踊ったであろうこの場所にマーガレットは立っている。気をぬくと顔が下を向いてしまいそうになるのを、ぐっと引き上げて背筋を伸ばしながら辺りを見渡す。
広間にはルイ王子がいるのではないかと心配したけれど、どうやらまだ現れていない様子だった。昨夜と同じく、今夜もメインダンスの時間になるまでは現れないのだろう。空席の王族の席を見てホッと胸をなでおろした後、マーガレットはイザベラに声をかけられた。
「マーガレット、こっちへおいで」
イザベラは早速殿方を捕まえた様子で、マルガリータはすでにイザベラの隣に立っている。
「こちらは娘のマルガリータとマーガレットでございます」
そう紹介されたと同時に、マルガリータとマーガレットはスカートを少し持ち上げて会釈をしてみせる。鼻の下のヒゲが立派にハの字の形をした男性。見た所、年齢はマルガリータと同じくらいか少し上といったところだろうか。きりりと目尻が締まった瞳で二人に視線を送っている。
「二人とも、こちらはシュバルツ家のウィリアム公爵様だよ」
イザベラの紹介を受けていの一番に口を開いたのはマルガリータだった。半歩先に出て、マーガレットを背中に押しやりながら。
「初めましてウィリアム公爵様。社交界で何度かお見かけしたことがございますが、こうしてお話できる機会があったこと、心より嬉しく思います」
「ああ、そうですね。今まで話さなかった自分を叱咤したいほど、お二人はお美しい」
「まぁ! 私が美しいだなんて……!」
完全にお世辞だとわかるようなセリフだというのに、マルガリータは気づいていない様子で心から喜んでいる。リュセットとは違い、マルガリータは自己評価がかなり高いせいだろう。
「本当に、もったいないお言葉にございます」
マーガレットは言葉を深く捉えることなく、軽くあしらう程度に微笑みを返した。
ウィリアム公爵はにっこりと微笑んでみせるけれど、なんとなくこの男性は胡散臭いとマーガレットは感じていた。理由は特にないが、片方の唇を引きながら笑う顔。笑っているのに目が笑っていない様子。そして紳士な見た目だが、モテるのであろうハンサムな顔立ちと肩書き。
見た目やイメージで勝手に決めつけるのは良くないとわかってはいるものの、マーガレットは満里奈の時に受けていた感覚を思い出していた。
マッサージ店に時々やってくる変態客。そういう客は明らかに怪しいか、もしくはとても紳士的な人物。明らかに胡散臭い感じを漂わせている人物であれば想像もしやすく、危機管理もしやすいが、面倒なのは紳士的な客だった。身なりも綺麗にして、言葉遣いや見た目も普通な割に蓋を開けてみると、マッサージ中にどうにかして体を触ろうとしてきたり、そういう卑猥な話を何気なく持ち込もうとしてきたり……。このウィリアム公爵はそんな男性客の雰囲気によく似ていると肌で感じていた。だからこそ距離を保とうと考えていた。
けれどマルガリータはマーガレットとは逆に、御構い無しにウィリアム公爵にすり寄っていく。きっと彼女にとってはウィリアム公爵の肩書きが一番大事なのだろう。そしてそれはマーガレットにとっては好都合でもあった。ウィリアム公爵はマルガリータに譲るつもりで半歩後ろに下がった。
「せっかくなので、一曲どうでしょうか」
ウィリアム公爵は広間の真ん中を指差し、ダンスを踊らないかと提案をしてきた。
「ええ、もちろんですわ」
これはしめたと思ったマルガリータは利き手である右手を差し出し、ウィリアム公爵が手を取ってくれるのを待っている。顎を上げ視線は下を向き、扇を閉じて手を取ってくれるのを今か今かと待っているというのに……ウィリアム公爵が手を取ったのは、マーガレットだった。
「えっ?」
話の流れから自分が選ばれるなど予想だにしていなかったマーガレットは、ウィリアム公爵が手を取り、自分の手の甲にキスをする様子にたじろいだ。
「あ、あの……マルガリータお姉様と踊られるのでは……?」
「順番に行きましょう。先にマーガレット嬢、一曲おつきあい願えますか?」
腰を屈めてマーガレットの手の甲にキスをした体制のまま、この男は微笑みながらマーガレットを目だけで見上げる。そんな肩越しにマルガリータが憤怒する表情が見てとれ、さすがのマーガレットも苦笑いを噛み殺した。
「それが、私ダンスは……」
「いいじゃないか。マルガリータは妹思いなので、先にマーガレットに譲ると言ってるよ」
マーガレットがダンスができないなどと言って断ろうとしているのを察知し、イザベラは先手を切った。ウィリアム公爵が背中を向けているのをいいことに、イザベラはマルガリータの脇腹を肘で小突きながらなだめ、マーガレットに踊るように指示している。
(困ったな。これじゃ断れない、か)
マーガレットは断念したように、空いている片手でドレスの裾を持ち上げ、会釈を返しながら奥歯をぎゅっと噛み締めて微笑んだ。
「それでは……ダンスは嗜む程度であまり上手くはないのですが、一曲お願いたします」
ウィリアム公爵はマーガレットの手を繋いだまま、何人もの人が踊る広間の真ん中へと向かう。
「それでは、マーガレット」
ウィリアム公爵がマーガレットの腰をぐっと抱き寄せ、曲に合わせて踊り始めた。単調なワルツ。ダンスは男性が女性をエスコートするもの。そのため、女性は男性に合わせる技術だけ持ち合わせていれば簡単な社交のダンスであれば踊ることができる。
ダンスも男性の性格が出るようで、このウィリアム公爵はどこかマーガレットを自分の思い通りに動かそうと自分勝手な感じがダンスの節々で見受けられ、マーガレットは微笑みをキープするのがやっとだった。気を抜けば眉間にシワを寄せそうになるからだ。
「ダンスが上手くないなど、とんだご謙遜だ」
「いえ、ウィリアム様がとてもお上手なのですわ。私はウィリアム様についていくのでやっとですから」
「ははっ、その上社交辞令も上手いよ」
「本心ですわ。嘘をつくのは得意ではないのです」
ウィリアム公爵は気分を良くしたのか、マーガレットを抱き寄せる力がさらに加わった。それによってマーガレットは公爵の体にかなり密着するような形になった。これではむしろ踊りにくい上、身動きが取れない。
「ダンスもいいが、少しゆっくりと話がしたい。このままダンスをするフリをしてあのテラスから外へと出ようではないか」
ピクリ、とマーガレットの口角が揺らぐ。必死に貼り付けた笑顔が崩れかけたのだ。
「ウィリアム様それはいけませんわ。私の姉とこの後ダンスを踊るお約束をなさってるではございませんか」
「マルガリータ嬢であれば他の殿方と踊るだろう。私はもう少しマーガレットと話がしたい」
(私は全然したくないんだけど……)
振りほどくこともできない。ダンスはまだ続いている。その上このダンスの主導権を握っているのはウィリアム公爵の方だ。踊りながらもマーガレット達はどんどんテラスへと向かって広間の端へと移動していく。それを抵抗することも叶わない。
マーガレットがウィリアム公爵を避けたいと思ったもう一つの理由は、何かあれば相手は公爵。立場は上だ。下手なあしらい方をしては角が立つとわかっているだけに避けたかったのだ。
けれどこうなってはもうどうしようもないが。
「では、少しだけ。約束してくださいますか?」
「もちろんだとも」
マーガレットは心の中でだけため息をこぼして、ウィリアム公爵と外に出た。




