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ウォーミングアップ

 窓辺に立ち、窓の外のガーデンをただあてもなく眺めている。と、そこに窓ガラス越しに映るのは、カインだ。


「ルイ王子、仕事がはかどっていない様子ですね」


 カインは昨日と同じく手には書類を持っている。そんなカインを見たルイ王子は、書類を受け取った後、それに目を通すことなくカインの肩を叩いた。


「少し体が訛ってるようだ。剣の手合わせ頼む」

「今からですか?」

「少しだけだ」


 カインは小さく息を吐き出した後、ルイ王子に続いて部屋を出た。


「昨夜は、あのマーガレット嬢とはダンスを踊らなかったのですね」

「ああ」


 ルイ王子は言葉短くそう返事を戻す。その様子に違和感を覚えたカインは、さらに食い下がった。


「代わりに別のご令嬢と踊られておいででしたが」

「ああ、昨夜あの場にいたのだからお前は知っているだろう」


 ルイ王子は一瞬だけ鋭い視線でカインを睨みつけ、再び前を向いてずんずんと突き進んでいく。その後ろからカインは同じ歩幅でついて回っていた。


「ええもちろんです。王があのご令嬢を見た瞬間ルイ王子にプッシュしている様子は見てとれましたので。きっと王のお眼鏡に叶う女性だったのかと推測しておりました」

「ああ」

「それに付け加え、あの場であのように会場の誰もを虜にしたご令嬢と、踊らないわけにもいきますまい」


 ルイ王子は城の外に出た瞬間、入口に立っている兵士の剣を抜き取り、カインに向けて斬りかかる。それに合わせてカインも腰に差していた剣を抜いて、それを受けた。剣がぶつかり合うキィン、と耳をつんざく甲高い音が広場に響いた。


「よく分かってるではないか」

「ルイ王子の護衛をしておりましたので」


 ルイ王子は身を翻し、今度はカインの脇腹に向けて斬りかかる。けれどそれもカインに受け止められてしまった。


「けれどその後、どうしてマーガレット様と踊らなかったのですか?」

「……カイン。今日はやけに饒舌ではないか」


 ルイ王子はカインの胴に蹴りを入れ、カインが体制を崩す。ルイ王子はそのままカインと距離をとった後、再び間髪入れず剣の間合いに入った。反対側の脇腹に斬りかかったが、カインはそれを受け流し、ルイ王子の剣を伝うようにブレードにカインの剣を滑らせながら懐に入る。


「あの令嬢もお綺麗でしたからね。兵士達がまるで妖精を見ているようだと、未だに噂しております」

「ふん」


 ルイ王子は剣を振り払うように距離をとり、再び斬りかかった。が、その時ーーキンッ、と音を立てて剣の刃が真っ二つに折れた。


「剣を折るとは、腕が訛ってる証拠ですね」


 カインはそう言いながら、ルイ王子は肩で息を整えてから、短くなった剣をその場に捨てた。


「兵士の剣を使ったのだ。元々なまくらな剣だったのだろう」


 ルイ王子は額の汗を拭った。


「元々俺はマーガレットとだけ踊るつもりだった。だがあの場の空気だ、俺はあの令嬢と踊ったあと、マーガレットと踊るつもりでいたが、マーガレットはどこにもいなかったのだ」


 カインは何も言わず、ただ剣を鞘に戻しただけだった。そんな様子にルイ王子は不満そうな色をその目に乗せてこう聞いた。


「なんだ、さっきまでの饒舌はどこに行ったのだ? お前が聞きたがっていたから話をしたのだ。何か言ったらどうだ」

「いえ、珍しいので思わず。ルイ王子は色恋など興味がないものと思っていましたから」

「ああ、興味などあるものか」


 ルイ王子はあっさり認めた。その言葉を聞いて、カインは思わず目を丸めている。


「面倒ごとが多いからな、女は。社交界もそうだが」

「それにしては、マーガレット様には相当気持ちを寄せておいでのようですが?」


 カインはさらに切り込んでいく。一介の騎士団長ならきっとここまで踏み込みはしないだろう。それにルイ王子も適当にあしらっていたかもしれない。だがカインとは気心が知れているだけに、ルイ王子も本音を明かしていた。


「……あれは、他とは違うからな」


 言って、ルイ王子は再び城内へと歩き出した。ウォーミングアップ程度の運動だったが、どこかスッキリした様子で。


「今夜マーガレットを見つけたら俺のところに連れて来い。昨日と同様、万が一マーガレットがまた兵士に聞くようなことがあれば俺のところに来るよう手はずも抜かるなよ」

「御意」


 カインはそう言って、少し頭を下げた。

 地面を向けた頭で考えているのは、あのマーガレットのこと。今夜の舞踏会は王子の誕生日と婚約者探しにある。ルイ王子のあの様子だとマーガレットとの関係を王に伝えるつもりだろう。だが、カインには気になっていた。昨夜あの大広間でマーガレットがいたのはカインも確認していた。そしてルイ王子がマーガレットへと視線を送っていたのも遠目から見ていた。

 が、問題はその時のマーガレットの反応だった。恐れと絶望の表情で、どんどん顔の色をなくしていく様子は、普通ではなかった。挙句、マーガレットは忽然とその場から姿を消していた。ルイ王子同様にカインもリュセットが現れた時、その姿に釘付けとなってしまったため、カインもマーガレットが消えていたのを見逃したのだ。


「……ルイ王子が初めて熱を上げた相手。うまくいけばいいのだが」


 カインはマーガレットがルイ王子を見つけた時の喜びようと、あの広間での表情。そのどちらもが頭に焼き付いていた。


(しかし昨夜ルイ王子とダンスを踊られたご令嬢……どこかでお見かけしたことがあるような……?)


 ふとリュセットの姿を思い出し頭を捻るが、彼女が以前マーガレットの代役で手紙を持ってよこしたあの灰かぶりの少女だとは知る由もなかった。服装も違えば、頭にはスカーフを巻いていたのだ。

 その上、ドレスアップにメイクアップを施されたリュセットは、本来の美しさが華やいでいた。それはイザベラやマルガリータですら気づかないほど、大きく。一度会っただけのカインが、リュセットの存在を認識できるはずもなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 小さい頃読んだシンデレラがこんなに面白い話になるとは...シンデレラの悪役側のストーリーなんて想像した事がありませんでした!!!!! もう、なんというか、作者様、目の付け所がすごいです!!!…
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