ルイ王子の本音
――遡ること、数時間前。
「誕生日の今日も職務をこなされ、ご立派ですね」
年齢は若いが実力派と名高い騎士団の長を務めるカイン。窓の外を見つめながら執務の手が止まっているルイ王子。その王子にサインをもらわねばならない書類を片手に、そう聞いた。
「なんだ、わざわざ嫌味を言いにきたのか？」
「滅相も無いことにございます。以前ルイ王子から助言をいただいた件について、こちらの書類にもサインをお願いいたします」
ルイ王子はカインから書類を奪うようにもぎ取り、それに目を通す。
「あの街の付近には賊が多いからな。警護の数を増やすのはいいことだ」
そう言ってルイ王子はサラサラとサインを書き、書類をカインに突き返した。
「そうですね。ルイ王子が最近入れ込んでいる令嬢がいる街の付近ですからね。しっかり警護いたします」
カインの言葉に、ルイ王子の神経質そうな眉がピクリと揺れる。
「今日はやけに突っかかるではないか。いや、カインの嫌味はいつものことか」
「ルイ王子が私の名を使いやたら滅多に城を抜け出すもので、こちらはその尻拭いで大変なのですよ」
ルイ王子は何も言わず机の上に乗っている書類の山から一枚書類を取り、それに目を通す。
「用はそれだけか。ならばさっさと業務に戻れ」
都合が悪くなるとすぐに話をはぐらかそうとする。カインはそんなルイ王子の人となりを知っているが故に、話を続けた。
「そういえば、先日発注しておいたドレスはどなたに送られたのでしょうか？」
カインとルイ王子は幼少時代より知る仲だ。それもあってか、王子が気分転換で城の外に繰り出す時いつも名乗るのはカインの名前だった。王子が城を出るには基本誰かの付添が必要だが、どこに行くでもなく気ままに馬を走らせて鬱憤を晴らすように出かけるルイ王子にはそれが窮屈でもあった。そのためこっそりと城を抜け出しては、王子だとバレないように名を偽っていた。その為、ルイ王子のツケはいつもカイン宛に届くのだ。先日もカインの名義で離れた田舎に小さな家を購入していた。支払いはもちろんルイ王子が処理するが、見に覚えのない請求が届いた時には普段動じることのあまりないカインですら目を丸めた。
その仕返しでもするように、カインはルイ王子に詰め寄った。ドレスを送った相手は多分マーガレットと言うあの街に住む令嬢だろうと踏んでいたのだが。
「ああその会話で思い出したが、今夜マーガレットを直接招待している。以前俺の代理で伝言を頼んだあの街の令嬢だ。彼女があのドレスを着てお前のことを探すだろうから、トピアリーの庭の奥で待つ俺のところまで誘導を頼んだ。マーガレットは使用人や兵士にお前のことを聞くだらろうからな」
あっさりとルイ王子はそう告げた。ドレスを送った相手が誰なのか冷やかすつもりであったが、こうもあっさりマーガレットに渡したことを認められてしまってはカインからしては全く面白くもない結果だ。
「わざわざ直接招待なさったのですか？ 王がこの国の令嬢には皆招待状を送っているというのに……？」
どれほどその令嬢に入れ込んでいるのか。カインは思わず眉根を寄せた。それもそのはず、この王子は２０歳になったこの歳まで結婚どころか婚約者すら受け入れなかった人間だ。そんな王子を見かねた王が今回の舞踏会を開いたのだ。
「ああ、何か問題があるのか？」
「いえ……」
「ならばさっさと持ち場へ戻れ。お前はやることがたくさんあるだろう」
ルイ王子は再び書類に目を通している。そんな様子に、カインは会釈をしてからルイ王子の部屋を後にした。
（それほどまでにルイ王子の心を射止めた相手とは……一体どんな令嬢なのやら……）
ルイ王子がカインと名乗りマーガレットからマッサージを受けていた時、一度公務が終わらずマーガレットと会う約束が守れなかった。その時にカインに言伝を頼んでいた。その時初めてルイ王子がカインの名を名乗り、その街にいる令嬢と会っていることを知ったのだ。
言伝を受け、カインはマーガレットの街の入り口で待っていたが、やって来たのはマーガレットの妹だというリュセットだった。マーガレットもまた家から出れない理由があると聞き、手紙を預かった。そのためカインはマーガレットには一度も会えていないのだ。堅物なルイ王子の心を射止めたマーガレットという女性がどのような令嬢なのか、気にするなという方が無理な話だった。
＊
庭の警備をしながら、マーガレットが自分を訪ねに来るのを待った。ルイ王子はすでにトピアリーの迷路がある中心で優雅にお茶をすすりながら待っていることだろう。
警備兵と使用人にはもし自分を探している令嬢がいればこの庭にいると伝えるように口づてで伝えてあった。するとその瞬間は突如やって来た。
「あの、私騎士団長のカイン様を探しているのですが、お見かけしませんでしたか？」
カインが声に導かれるように振り返ると、そこには想像していた人物とは少し違った令嬢が立っていた。
少し気の強そうな顔をした女性。美人といえば美人なのかもしれない。が、特に群を抜いて美人というわけではない。それより何よりも、この令嬢が着ているドレスはコーラルオレンジだ。ルイ王子に頼まれてドレスを発注していたカインは、マーガレットに送ったドレスがどういったものなのか知っていた。それだけに、この人物がルイ王子の相手なのか疑念が生まれた。けれど、その胸元にかかるネックレスを見た瞬間、彼女がルイ王子の相手なのだと悟った。
「……失礼ですが、どちら様でしょうか？」
この女性がマーガレットである確率は高い。が、念のためにそう聞くと、マーガレットは背筋をしゃんと伸ばし、丁寧にお辞儀をした。
「失礼いたしました。私はマーガレットと申します」
（やはり……）
確証を得たカインは業務連絡とでも言いたげにマーガレットを迷路の中へと誘った。
「マーガレット様でございますね。話はお伺いしております。どうぞこちらへ」
マーガレットの足元を灯篭で照らしながら、ちらりと彼女を見やる。どこかいきり立った様子で暗闇を見据えるマーガレットの横顔は、興奮しているようにも取れる。
「……聞いていたドレスとは違うドレスをお召しなのですね」
思わず聞いてしまった。カインのそんな疑問に対し、マーガレットは顔を真っ赤に染め上げ、唇をわなわなと震わせた。
「……これには事情がありまして……」
裾の長いドレスが汚れないようにと、ドレスの裾を持ち上げているマーガレットの手がぎゅっと力が篭ったのをカインは見逃さない。
（どうやらあのドレスが気に召さず着てこなかったというわけではなさそうだ。高飛車そうにも見えて、そうではないようだな）
カインがそう分析しながら、干渉しすぎた非礼を詫びた。
「失礼いたしました。干渉するつもりはありませんので、お忘れください」
そう言ったが、マーガレットの表情は硬い。灯篭の明かりのみでもその表情は浮き彫りだ。そうこうしているうちに、迷路を抜けた。
「あちらでお待ちでございます」
カインはルイ王子の姿を手で指し示した瞬間、マーガレットは突然華やいだように微笑んで王子めがけて駆け出した。
「ーーカイン！」
するとマーガレットの姿に気がついた王子も、小さく微笑みを返している。
長い付き合いだが、ルイ王子のそんな表情を見るのは初めてだった。その表情を見て、ルイ王子がどれほどあの令嬢を愛しているかが見て取れ、カインはくるりと背を向けた後、その場を立ち去った。
