贈り物と揉め事2
言い切った。マーガレットは息を整えて、再び背筋を伸ばす。次に返ってくる言葉に対応するために。
「舞踏会の招待状? マーガレット、あんたお城に行くつもり?」
そう言ったのはマルガリータだ。疑心暗鬼な様子でマーガレットを見上げている。
「はい。招待状をいただきましたので」
「お母様、これはチャンスですわ。マーガレットがお城の舞踏会に参加するのならば、私もそれに乗じて社交の場に参加すれば素敵な殿方と出会うことができますわ!」
誘われたのはマーガレットだというのに、それに乗じようとする浅ましさがマルガリータの表情を醜いものへと変貌させる。いきり立ったマルガリータを再び制し、イザベラはスッとテーブルの上に一通の手紙を差し出した。
「マルガリータ落ち着きなさい。舞踏会の招待状はあんたにも届いているんだよ」
「お母様、なんと人が悪い! なぜそれを早くおっしゃってくださらなかったのですか」
「今朝届いたんだ。皆が揃ってから話をしようとしていたのだよ」
マルガリータは招待状を奪い去るように手に取り、中身を確認した。
「……まぁ、まぁまぁまぁ! 本物のお城からの招待状ですわ」
「少し落ち着きなさいマルガリータ。本物に決まっているだろう」
立ち上がったマルガリータが、招待状にキスをしながら、そばに立つリュセットの手を掴んで踊り始めた。普段はリュセットに触れることを嫌がる割に、今日だけは違っていた。それだけ興奮している証拠でもある。
「お城の舞踏会など、珍しいですわね」
小躍りするマルガリータに付き合わされ、まるで操り人形のようにたどたどしく踊るリュセット。そんな彼女は不思議そうに小首を傾げている。それもそのはず、お城に盛大に人を呼んで行う舞踏会など久しく行われていなかったからだ。
「来週ルイ王子が20歳の誕生日を迎えられるんだよ。王子はまだ独り身、その上婚約の話も聞いたことがないところを見ると、これは花嫁候補を探そうという裏があるように思えるねぇ」
イザベラはニヤリと笑い、扇でその顔を扇いでいる。そんなイザベラの言葉を聞いて、さらにマルガリータは興奮し、足元を踏み鳴らした。
「お母様! 私もドレスを新調しなければなりませんわ。早くお買い物に参りましょう」
「そうだね、けれどその前に……マーガレット、あんたの話がまだ終わっていないよ」
せっかく話が逸れ始めていたというのに、マーガレットは再び話題の中心へと戻された。
「この間も言っただろう。騎士はやめておきなさい」
「けれどお母様。カイン様はとても立派な方で若くして騎士団長も勤め上げるような方にございますわ」
「立派かどうかはこの際問題じゃないんだよ」
結婚に必要なのは地位と財産。ただそれだけ。以前からイザベラが口を酸っぱくして言い続けていることだ。
「将来も有望かと思います。このようにドレスだって送ってくださり、別宅もお持ちだと伺いました。条件だけで言うのであればーー」
「マーガレット!」
イザベラの鋭い声が、まるで鞭のように響き渡る。思わず引っ込んでしまった言葉はそのまま喉の奥で引っかかって出てくる様子もない。
「マルガリータが言うように、最近のマーガレットはどうかしてるよ。どうしたんだい? 今まではちゃんと母の言いつけを守るような子だったじゃないか」
席を立ち、ゆっくりとマーガレットに向かって歩き始める。そんなイザベラの顔を見る気にもなれないマーガレットは、ただテーブルのそばで立ち尽くしているだけ。
「お付き合いしていないのが不幸中の幸いだ。変な気を起こすんじゃないよマーガレット。せっかくの舞踏会だからね、あんたかマルガリータのどちらかが王子の気を引ければ儲けものだ。もしくは社交の場にはたくさんの貴族が呼ばれるだろうから、そこで他の男性を探しなさい。いいね?」
「……嫌だと言ったら?」
イザベラは扇でマーガレットの膝をバシリッと叩いた。乾いた音が響くとともに、鬼の形相で叫ぶ。
「いい加減におし! 言うこと聞かなければ舞踏会へはマルガリータだけを連れて行くよ!」
膝の痛みにマーガレットは顔をしかめ、その様子がおかしくて仕方がないマルガリータはお腹を抱えて笑っている。
「……では、リュセットはお連れにならないのですか?」
怒りを込めた瞳で、マーガレットは異論を唱える。もちろん返事は知っていた。が、それでもこの頭の固い母親に何か異論を唱えたかったのだ。
「サンドリヨンは留守番だよ。この子はドレスを持っていないからね」
「それでは買い与えて差し上げればよろしいのではないでしょうか!」
怒りのあまり、声のボリュームが抑えきれない。マーガレットの怒りはさらにイザベラを怒り心頭に発させる。
「サンドリヨンは家の仕事があるんだよ。それにこんな灰にまみれた子、連れて行けるわけないだろう」
「そんなものはシャワーを浴びて流せばいいではないですか。ドレスも買い与えさえすれば問題ございませんわ。仕事だってーー」
ーーバンッ、とイザベラはテーブルを扇で叩いた。その勢いで扇は真っ二つに割れていた。その様子をみて、ダイニングの中はシン、と静まり返っていた。
「いいかい。これは決定事項だよ。サンドリヨンは家に残り、私とマルガリータ、マーガレットの三人で舞踏会に向かい、そしてドレスを今から買いに行くから二人はさっさと食事を食べて準備をなさい」
「……私は新しいドレスなど、必要ありませんわ」
「そうですわ。当分マーガレットにはドレスを買い与えないとお約束されたのはお母様ではございませんか」
イザベラは二つに割れた扇で再びテーブルを叩いた。
「舞踏会は別だよ。ドレスは二人分買いにいくよ」
この返答はマルガリータにとって面白くないものだった。眉間にシワを寄せながら異論を唱えた。
「ですが、マーガレットはすでに新しいものを一着持っています。マーガレットに買い与えるのであれば、私には二着買ってもらわなくては割似合いませんわ。舞踏会は二夜に渡り行われるようですし」
「いいや、二人とも一着ずつだよ。一日は別の持ってるドレスを着るか同じもので行くんだよ」
「それでは不公平です!」
どう不公平なのかと思いながら、マーガレットは冷ややかな気持ちでこの実の姉を蔑んだ目で見つめていた。リュセットは大した理由もなくドレスを買ってももらえないというのに。
「お黙り、マルガリータ! あまりうるさいとドレスを買わないよ」
この言葉はマルガリータにはて覿面だった。ぐっと口を閉じ、なぜかマーガレットへ恨めしい視線を投げた。
「それとマーガレット。そのもらったドレスをここに持って来なさい。母が当日まで預かります」
「あれは私がいただいたものです。私が管理いたします」
「最近のマーガレットはおかしいと思っていたけど、その騎士が原因かい? 母の約束を破って外に行ったのもその男に会うためだったのかい?」
図星をつかれ、こればかりはマーガレットも押し黙った。
「やはり、そんな男はよくないね。私はマーガレットのことを思って言っているんだよ」
うまく行くとは思っていなかったが、これほどまでにカインとのことが上手くいかないとは。付き合ってもいないと言っているにも関わらず、カインとの関係を今のうちに裂こうと考えているのだろう。
「わかりました、ドレスはお母様に預けます。それと、私は買い物には参りません。私には新しいドレスなど必要ありませんので、代わりにそれでマルガリータお姉様にもう一着ご購入下さいませ」
「マーガレット!」
マルガリータはいたく感動した様子で、マーガレットに抱きついた。
「マーガレットはなんて良い妹なのでしょうか。お母様、お聞きになりましたか? ほらマーガレットには新しいドレスは必要ないのです。ですからその分私のーー」
「私の言葉に変更はないよ。決めるのは母である私です。二人とも一人一着ドレスを買うからさっさと食事を済ませてしまいなさい」
イザベラは席に着き、テーブルに置かれた食事に手をつけ始めた。そんな様子を見て、マルガリータは眉を吊り上げて異議を唱えようとした。が、これ以上言えばドレスを買ってもらえなくなる可能性を考慮し、不満な様子で席に着いた。
マーガレットは席に着いた後、食事を取る気にはなれず、ひとちぎりのパンを口に含んだ後、何も言わず部屋へと戻っていった。




