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家族を意識したことがないなんて、嘘だ。
昔誰かに、デレクを父みたいだと話したことがあった。
するとそれをどこかで聞いていたデレクはジゼル呼び出し、ジゼルの出生の秘密と、自らの過去を語った。
メアリとデレクは元々恋仲だった。
しかしメアリに王子との縁談が持ち上がり、メアリは次期国王との縁談を選んだ。
デレクは身勝手な新しい王妃に捨てられた。
そして妊娠まで時間は少なかった。
側室でありながら王位継承順位第一位の世継ぎを出産するプレッシャーに押しつぶされそうだった。
そしてあろうことか、メアリはデレクを護衛騎士に任命した。
案の定、ジゼルが生まれてすぐ火事に巻き込まれ、そしてメアリ王妃は産後まもないのに無理をした為、足がもつれて転んんでしまった。
そしてそのはずみに瓦礫に挟まれた。
「彼女はもう助からないと分かっていた。だから俺に、その名もない王女を逃がすように頼んだ。俺は必死で王女を守った。これが誰かの陰謀であることは明白だった。何より火事の後、王妃以外の遺体が見つからなかったのに捜索はされず、捜査も打ち切られたのだ」
その陰謀から逃れるだけでも、どれだけ大変だったことだろう。
きっとその犯人はジゼルが死んだとは思っていない。
裏では探し続けたはずだ。
「決して、お前が王女であったことを話してはいけない。誰かに対してそう傲ることがあれば、俺は迷うことなくお前を斬るだろう」
デレクの眼光は鋭く、幼いジゼルに深く突き刺さった。
「道を踏み間違えるなよ。常に理性と伴にあれ」
ジゼルは泣きそうだった。
全てを否定された気分だった。
デレクは決して親ではないと。
ただ死んだ昔の女への義理だけの為にジゼルを生かしているのだと。
でも、これ以上デレクの親切にあぐらをかきたくはなかった。
この義理の為に命がかかっていることは、言うまでもなかったからだ。
ジゼルは苦し紛れに、精一杯、不敵に笑った。
「勘違いしないで下さい、私はリーダーのこと、きっと普通の子なら父親に対して敬意を抱いているように、リーダーを尊敬しているだけと言ったんです」
「・・・・・・そうか」
理性的であれと言ったのはデレクだった。
なのにそれを忘れていた。
見栄を張っても、どうしてもショックが大きくて記憶から消してしまっていたのだ。
けれどその言葉だけは心に染み付いていた。
もしかしたらそれは、デレクがジゼルを傷付けない為に防衛線を引いていたのかもしれない。
うっかり父などと呼んで、『ジゼル』を傷付けない為に。
それが血の繋がらない『赤の他人』へとデレクの優しさだったのだ。
しかしもう取り返しがつかない。
最後の最後に軽はずみな行動でデレクからあの悲痛な言葉を引き出してしまった。
本当はジゼルが恨めしいだろう、憎たらしいだろう。
愛していた人が選んだ、自分ではない男との娘。
一体どんな気持ちで育ててきたのか。
その苦しみと憎しみは計り知れない。
***
「いいや、お前は正しかった、ジゼル。何もしなかった後悔から抜け出したんだ。もう何も悔やむことはない」
エヴァンは優しい声音で語りかけてきた。
「でも私はリーダーを傷付けた」
またデレクが埋葬され、ジゼルは自室で横たわっていた。
エヴァンはジゼルのベッドに腰をかけた。
「言っただろう、死んだ人間に後はない。もう棺の中なんだ。何も考えず、感じず、ただひたすらそこに在り続けるだけ。それに対してお前には未来がある。この『失敗』を活かして生きていくんだ」
ジゼルはそっと、枕の下に手を忍ばせた。
「違う、これは失敗なんかじゃない。『罪』よ」
「確かに、その十字架を背負うのは苦しい な。安心しろ、その罪は一緒に背負ってやる───」
エヴァンが手を伸ばしかけた時、ジゼルは枕の下から剣を引っ張り出した。
「───触らないで!!!」
鞘から剣を抜き、エヴァンの首に突きつける。
「私は『本当に』取り返しのつかないことをした。でもそれは私の罪。これ以上あなたに頼ることはない!」
エヴァンはくつくつと喉の奥で笑った。
「ここからが本番だったのに」
「私を貶めて何が楽しいの?」
「そんなことはしていない。なんならもう一度時を巻き返そうか?」
「そんな甘い言葉にはもう乗らない。魔法使いの言葉なんて信用しない」
「なら、お前はその罪と伴に生きるんだな?」
ジゼルは剣を握る手に力を込めた。
「消えなさい魔法使い。私がその喉掻っ切る前に!」
「殺さないのは元同僚だからか?お前は本当に優しいよ」
挑発とは分かっていたが、ジゼルは剣を押し出した。
エヴァンは軽々と後ろに飛び退く。
「でもまた会うことになる、ジゼル。その時お前がどんな面下げて『王女』になっているか楽しみだ!」
そうしてエヴァンの姿は消えた。
悪い夢ならどんなに良かったことか。
過去に遡ったことは確かな事実だった。
しかしエヴァンという存在だけは誰の記憶からも消え去っていた。
まるで元より存在していなかったかのように。
そしてジゼルは王女として生きることを決めた。
正しくは強いられた。
顔も素性もバレてしまった以上、生まれてきた運命と責任を負わねばならない。
そしてジゼルは自分の命を狙うオリヴィア王妃一派と対立を広げていく。
それから三年後、確かにエヴァンはジゼルの前に現れた。
けれどもエヴァンは、ジゼル以外の人間からは見えないようになっていた。
ひとまずジゼル視点の話はここで終わりです。またこの世界線を、別の人物からの視点で進めようと思います。ご拝読ありがとうございました。
追記
夜伽から逃げた大臣補佐官の息子、という題名で続編始めました。実はデレクの告げていた過去は少し事実と異なります。43 デレクの手記、秘密にて公開します。