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***


デレクが埋葬されてから、王女としてあてがわれた、ただっぴろい部屋に閉じこもっていた。


あまり家具は無かったが、突然のことで何も用意していなかったのだろう。


とりあえず用意された、それでも売れば十分生活できるほど高価なテーブルとイス、美しい絵画、生けられた花。


そしてその優しい花の匂いが漂っていたが、何の慰めにもならなかった。


シルクのシーツに柔らかい毛布。


その感触を無駄にするように、ジゼルはその上に横たわっていた。


ただただ、孤独と虚無感と、謎の違和感を感じていた。


「何か言いたかったんじゃないのか、リーダーの最期に」


平然とイスに座り悠々と佇むエヴァン。


どうやってこの部屋に入ったのか、そもそも釈放されてから今までどこに居たのかすら不明だったが、ジゼルは驚く気力も無かった。


「どうなんだよジゼル」


「・・・・・・・・・・・・。・・・・・・お父さんって、呼びたかった、かもしれない」


エヴァンは唇を吊り上げるように、何もかも知ったふうに笑った。


「ならそのたった一言、それを言えばよかった」


「言えるわけないでしょ、本当の娘でもないのに」


「それだけか?」


「・・・・・・・・・・・・」


ジゼルは黙った。


(母親のことが後ろめたい、なんて言ったら、一から十まで説明しないといけなくなる)


「死んだ人間に後なんて無い。けれど生きた人間にはその後一生付き纏う。お前にどんな事情があるのかは知らないが、リーダーを父と呼ぶことをその理性が邪魔をした」


エヴァンは立ち上がって、ベッドの前に来た。


「非常時に理性を保つっていうのはとても大切なことだ。けれどそれは逆に、普通人の死に際に対して理性があるっていうのは、異常じゃないのか?」


「・・・・・・異常?」


「お前が理性的であり、異常であり、自分を圧し殺しているからだ。これも、そうやって悔やみ続けてもいいのか?本当に、あの時リーダーの最期に、何も言わなかったことが正解だったのか?」


ジゼルは起き上がって、ようやく振り向いた。


「・・・・・・分からない。私は常に冷静に、理性的あり続けたよ。あの騒がしい妹のようにはならないし、実は普通の人間とは違うし、けれどもそれを口にしないことで、心の中のプライドを固めていたりもした。でもどうして私がこうなったのか、もう分からないんだ」


「それが『お高くとまってる』ってことか?」


「・・・・・・そうだね」


人の言ったことをよく覚えているものだと、ジゼルは呆れた。


この男は自分の顔の良さも含め、記憶力を上手く活かしているから、女子を取り込むのだ。


「これはお前が自分のことを、話した数少ない言葉だからな」


「そうかもね」


「俺なら時間を戻すことが出来る、と言ったらどうする?」


ジゼルは目をぱちくりさせた。


この男はこんな時に冗談を言うほど、図太い神経は持ち合わせていないはずだ。


「あなた、魔法使いだったの?」


「そうさ」


「・・・・・・見返りは?」


「差し出さなくていい」


魔法使いに無償の行為など存在しない。


ジゼルが眉をひそめると、察したようにエヴァンは笑ってジゼルの隣に座った。


「見返りは俺が勝手に貰う。お前はお前の好きにすればいい。・・・・・・で?戻りたいか、戻りたくないか、二つに一つだ」


普段のジゼルなら、その見返りが何か追及するはずだった。


けれども───、


「戻りたい」


───その不思議な言葉を信じてしまうくらいに、ジゼルは疲れていたのかもしれない。


そして同時に、解き放ってはいけない錠前(じょうまえ)を解錠してしまったような、いやな感じがした。


ジゼルはその違和感を解決しようとしたが、エヴァンはジゼルの頬に手を当ててきた。


「いいだろう。だが、やり直せるのはお前の『言葉だけ』だ」


***


目の前が真っ暗だった。


目眩(めまい)のような気持ちの悪さが身体に残る。


どれだけ時間が経ったかは分からない。


とても長い時間だったことは確かだ。


けれど次に目を開けた時、ジゼルの目の前には『あの時』の光景が広がった。


「ジゼル」


「!」


名前を呼ばれて、ジゼルの身体は強ばった。


あの時死んだはずのデレクが、目の前に居たからだ。


「今更こんなことを言うのもおかしいが」


あの時と同じ言葉を、デレクは紡いでいく。


不意にデレクの後ろの城壁に、不気味な仮面を付けた人影が三人見えた。


ジゼルはデレクを庇おうとしたが、冷や汗がどっと流れた。


(身体が動かない!)


エヴァンの『言葉だけ』というのはこういうことなのだ。


過去とはそう簡単に覆せるものではない。


そう都合のいいものでもない。


本当にジゼルの後悔を払拭する為にしか効果が無い。


そしてあの時の通りに、デレクはジゼルを真っ直ぐ見据えた。


(いけない、また、矢が・・・・・・!)


ジゼルは必死に声を出した。


「リーダ───」


「───生きてくれ」


そうして、またデレクの胸に矢が突き刺さった。


「リーダーっ!!!」


地面に倒れ込むデレク。


矢を抜こうにも止血するものが無い。


周りの衛兵達が慌てていた。


けれどもあの犯人達を取り逃がすことは分かっている。


勿論、デレクがすでに助かりようのない状態であることも。


(分かっている、知っている)


でも涙と嗚咽が止まらなかった。


自分の無力さと、この世の中の無情さはずっと前から知っていた。


でもこんなに知らしめなくてもいいではないか。


デレクの命が流れていくのを見ながら、ジゼルは、ずっとずっと言えなかった言葉を呟いた。


「お父さん」


するとデレクの目がゆっくりと見開かれ、その瞳の奥に怒気と哀しみが揺らめいた。


苦しみで顔が歪む。


「・・・・・・その名でだけは・・・・・・呼ばないで欲しかった・・・・・・」


それがデレクの最期の言葉だった。


ジゼルはポカンとした。


辺りの喧騒が聞こえなくなる。


一体何が起こったのだろう。


ふと、腹の底から笑いが込み上げてきた。


「ハハハハハッ!ハハハハハハハハハハッ!」


それだけが言ってはいけない言葉だと、分かっていたのに、どうして過去に戻ってまで言ってしまったのか。


何を考えても後の祭りだった。

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