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王女カリーナは本日の夕食を見て、これまたあからさまにげんなりとした。


「またこの硬いパン!?」


道中は極力人目につかないように移動する。


カリーナは普段なら馬車で通る道を徒歩で、それも今まで考えたことのないほどの長距離を歩かされた。


その末に保存食に近い、素朴で味気のない硬い保存食のパンと具のないスープというレベルの低い食事にいつも不満を募る。


その上テーブルも椅子も無く、岩の上で食生活を送っていた。


野宿でストレスも溜まっている。最近は少々ヒステリックになっていた。


何より、今まで同行していた王子が居ないことが最大の要因ともとれた。


彼女はあからさまに王子に好意を抱いていた。


最初は素直に従ってくれていたが、時が経つにつれ口からは不平不満が続出した。


王子の前なら嫌でも取り繕っただろうが、傭兵の前では平民に接する態度になる。


雇い主である王子に筒抜けという考えは無いらしい。


「王都まであと二日耐えれば、あなたは晴れて自由の身。安全で豊かな生活が帰ってきます」


「あと二日もこんな生活が続くの!?」


「・・・・・・・・・・・・」


慰めのつもりだったが、どうやら王女には逆効果だったようだ。


ジゼルの沈黙をどう受け取ったのが、カリーナは激昴した。


「本当は私のこと、うるさくて面倒だと思っているんでしょう!」


「いえ」


「分かってるのよ、私が嫌々パンをかじる姿は滑稽で笑えるでしょうね。普段あなた達は私みたいに位の高い人間なんて、憎らしくてたまらないでしょうから」


一人で勝手に燃え上がっていくカリーナに、エヴァンは笑いを堪えて平然としたフリをしていた。


デレクは、自分でなんとかしろ、と顔に書いている。


ジゼルはため息をつきそうになったが、それはそれで火に油を注ぐことになるので我慢した。


「とうとう心まで荒んできましたか。不幸な人間を見て幸せになるのは、自らが不幸な人間だけです。私はそうではありません」


「でも私のこと嫌いじゃないの!」


愚問だ、とジゼルは思った。


「はい」


ハッキリと答えると、予想外だったようでカリーナは戸惑っていた。


取り繕ってくれるとでも思っていたのだろうか。


「しかし、嫌いに理由なんてありません。嫌いだから嫌い。でもだからと言って私はあなたの幸も不幸も望んでいません。ただ依頼を達成したいだけ」


「・・・・・・あなたは、今まで出会った人間とは何か違うわ」


「そうですか」


カリーナは諦めたように、硬いパンを小さくちぎって口に運び始めた。


実の所、ジゼルもこのパンがあまり好きではない。


小麦の匂いが強く、普通の生地よりも凝縮されていて密度が高い為口の中がパサパサになる。


だから香辛料を入れたスープを用意した。


ジゼル達からすればこのスープがあるだけでかなりグレードが上がっているのだが、お嬢様育ちのカリーナがそれに気付くはずもなかった。


ジゼルが焚き火の炎が揺らめくのを眺めていると、ふとカリーナはジゼルの横顔見つめながら語り始めた。


「私には弟がいるわ。この国の王子で、次期国王の第一王子」


「はい」


デレクが少し顔を強ばらせたが、ジゼルは気付かないフリをして相づちをうった。


それにしても感情の浮き沈みの激しい王女だと、つくづく呆れた。


「いつも何か調べ事に熱中していて、あまり剣を握ったり外で遊ばないの。物静かで、思慮深くて、私とは反りが合わないの」


「その弟がどうしたんですか」


「なんだか、あなたを見ていると思い出してしまったの。よく見たら鼻筋とかも似てるなって。・・・・・・それだけよ。光栄かしらね、王族に似ているなんて」


「どうですかね」


ジゼルは適当に流した。


光栄などとは微塵も思わないし、それどころかカリーナとその王子両方と血が繋がって居るなんて、彼女は露にも思わないだろう。


事件が起こったのはその夜だった。


野宿の為火の番に交代で見張っていた。


するとエヴァンの時に慌てて腰を浮かして剣を抜く気配がした。


浅く眠っていたジゼルは反射で飛び起き、事態に気付いたデレクはカリーナを起こした。


十人ほどの兵士に取り囲まれた。


最初はならず者かと思ったが、装備や身なりが整えられており、明らかに誰かに雇われている。


そして取り囲んでも直ぐには襲って来なかった。


三人はカリーナを背で隠し、兵士達の間から現れた褐色肌で長身の男を睨みつけた。


(この男が主犯か?)


ジゼルは剣を持つ手が力んだ。


男は面白がるように笑って、手を胸に当ててわざとらしいほど丁寧にお辞儀した。


「こんな所で王女サマと居合わせるとは。光栄です。これが運命というものかな?」


「運命なんかじゃないわ!あなたは誰なの!」


カリーナがそう叫ぶと、男は嘲るように笑った。


「確かに、運命なのは貴女とそこのブロンドの女性だ。世の中にはどうしても、巡り逢わせる導きというものが存在するんだな」


ジゼルは嫌な予感がした。


それはデレクも同じだったようで、反射的に男の足元に小さなナイフを投げた。


これはデレクが剣とは別にいつも体に隠しているものだ。


「命が惜しくば去れ。王女に手を出せば処刑では済まされないぞ」


男はわざとらしく手を挙げた。


「それは恐ろしい。しかしアンタの言う王女サマっていうのは後ろの女か?それとも───彼女のことか?」


男が指さす先には、ジゼルが立っていた。


「私は、王女ではない」


「いいや。貴女は十八年前に死んだ第一王女だ、ジゼル王女。いや、それは正式な名前ではないが、残念なことに貴女は名前が付けられる前に火事に遭った。悲惨なことだ」


男の言葉にカリーナは思わず「うそ・・・・・・!?」と口を覆った。


そして何かにハッとした表情をした。


先刻自分がジゼルと弟を似ていると言った話を思い出したのかもしれない。


ジゼルは男を見つめた。


「雇い主は誰だ」


「そりゃ、貴女の弟だ」


すると剣が地面に突き刺さる音がした。それはデレクの剣だった。彼は自ら剣を突き刺し、その顔は諦めに満ちていた。


***


最終的に四人は馬車で王都に到着することになった。


こうなると道中の苦労は何だったのか、とも思えないが、状況が状況なだけに到着予定が早まったところでなんら嬉しいことはない。


カリーナとジゼルは同じ馬車だった。


質の良い馬車で、椅子にしっかり綿が詰められ座り心地は最高だった。


デレクとエヴァンも別の馬車に乗せられるのが見えた。


さすがにここまで上質な馬車ではなかったが、歩かされるよりマシだろう。


ふとジゼルは、カリーナの顔色が青白いことに気付いた。


「こんなに快適に移動出来ているのに、浮かない顔ですね」


「当たり前よ!・・・・・・だいたい、あの男の言ったこと本当、なの?」


尻すぼむその語尾に、ジゼルは自信満々に嘘をついてやった。


「大嘘ですよ。あの時は多勢に無勢、死にたくないから黙っていただけです」


けれどもカリーナは黙りこくってしまった。


こんなに静かになれるなら、最初からそうしておいて欲しかったと、ジゼルは思った。

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