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隣国の王子がある少女を引き連れて、傭兵集団の前に現れたのは突然だった。


ちょうど隣国ではこの国の王族との交流パーティーが開かれているはずだった。


「何用ですか」


「この娘を無事王都まで送り届けたい。しかし私は、狙われているんだ。護衛に三人ほど雇いたいのだが?」


若くて顔立ちの整ったこの王子、中身はかなりの変わり者で、度々この傭兵集団に足を運んで贔屓にしてくれていた。


任務は様々。


暗殺や偵察、ただのお使いの時もあった。


「王子自ら送り届けられない事情が?」


そう尋ねたのは傭兵集団のリーダーであるデレクだった。


実直な性格で、剣の腕は王国の騎士にも勝るとも劣らない。


王子はデレクの人間性も買っていた。


「率直に言うと私が狙われている。私の側にいればより危険な目に遭うだろう」


これが王子がこの傭兵集団を重宝する理由だ。


この王子の母親の出自がやや難アリであり、王宮の人間からは常に命を狙われていた。


どうやら自国に招いた王女もその暗殺に巻き込まれ、一時的に保護していたらしいが、それも危険と判断したようだ。


「なるほど。分かりました」


「護衛は私が選んでも?」


「どうぞ」


王子は十数人の中からさっさと選んだ。


「まずお前と、あの黒髪の男と、奥の娘だ」


一人目はデレク。


二人目はエヴァンという若い男。


黒髪でよく口が立つ。


三人目はジゼルという金髪でボブスタイルの若い娘だった。


デレクは三人目の娘に微かに眉をひそめる。


「あの娘は・・・・・・」


「何か不都合でも?」


デレクが口を開く前に、ジゼルが先に遮った。


「リーダー、私は構いません。変装でもして行きますよ」


「・・・・・・そうか。では王子、手付金を今、そして無事送り届けてから残りの代金を支払って頂きます」


***


ひとまず王女カリーナに食事をさせ、一時間以内に出発することになった。


三人目に指名されたジゼルは、軽い身支度と、変装用のウィッグを用意した。


ウィッグは黒髪のロングヘアで、王都に近付いてから使う予定だ。


ふと部屋に足音が近付いた。


ずっしりと重く、隙のない音、それだけでリーダーのデレクだと分かる。


「本当にこの仕事を受けるのか」


「バレませんよ。あれから何年経ってると思っているのですか」


平然と言ってのけるジゼルに対し、デレクの表情は暗かった。


今まで出来るだけ王都行きの仕事が無かった訳ではない。


しかし今回は事情が違う、王女を送り届けるのだ。


王城にはジゼルの母親を覚えている人間が少なからず居る。


探られると面倒だと考えたのだ。


そしてデレクが今、何を言わんとしているのかジゼルはおおよそ分かっていた。


「お前に聞こうと思っていたことがある。お前は、自分の第一王女としての地位を回復させたいか」


ジゼルは「まさか」と笑った。


今回送り届けるカリーナは第二王女だった。第一王女は十八年前の火事で死んだことになっている。


「今更私に何が出来るんですか。お金は好きですけど、権力なんて欲しくありません。そもそも名前の無い王女なんて、誰も覚えていませんよ」


ジゼルという名前もデレクが命名したものだ。


何せ名前すら決まっていない、産まれてすぐに起こった火事だったのだ。


「そうか」


「まあ、あの子が妹っていうのは不思議な心地ですけどね」


確か年は二つ下のはずだ。


ジゼルは今まで家族なんて言葉を意識したことはなく、それは今も同じだ。


妹だからといって愛情が勝手に湧いて出る訳ではなかった。


「何とも思わないか」


「何がです」


「自分の境遇と照らし合わせて、だ」


「私はリーダーに育ててもらったこと、運が良かった思ってます。そこら辺の貧民街の子供みたいに飢えかけたことだけは無い」


「でも死にかけたことはある。私は決してお前の親ではなかった」


ジゼルはデレクを見やった。


真面目で、任務達成が最優先。


彼は決して、優しくはない。


組織に厄介事を持ち込めば即座に抹殺する。


それがデレクという男だ。


「それじゃあ誘導尋問ですよ。何を確かめたいのかは分かります。だから、ハッキリ言います。私は私情を交えて仕事なんてしない。王女になんてなりたくありません」


「・・・・・・そうか」


デレクはどこか遠い目をして、その場を離れた。


ザァっと吹いた風で草木が揺れ、彼の背中の影を濃くした。


***


(そう宣言したものの・・・・・・)


私情を挟まないのはともかく、感情を持つ人間にとっては考えないことということは、ほぼ不可能である。


カリーナと行動して四日経った。


王都まであと少し。


体力の無いカリーナはデレクと少し遅めに歩き、ジゼルはもう一人の同行者であるエヴァンと先回りして焚き火を起こしていた。


パチパチと音を立てて周囲を暖める炎を眺めていると、不意に面白がるような声が響く。


「限界じゃないのか?」


ニヤニヤと笑う同僚に、ジゼルは「何が」と睨んだ。


聞いてはいるが、言うことには見当がついている。


エヴァンはその少しウェーブがかった黒い髪をかき上げた。


深いエメラルドブルーの瞳はまるで宝石のようで、骨格も彫刻のように美しい。


街に出れば女の子に人気の顔だ。


傭兵なぞせずとも、ぶっちゃけ舞台の俳優でもやっている方が向いていそうな風貌だ。


「どう見ても、あの娘はお前の嫌いなタイプだろ?ぬくぬくと育ってきて、世の中甘く見てやがる。ちょっと世の中の厳しさを教えてやろうって思ったりはしないのか?」


しかし、その顔の良さとは裏腹に口は超絶悪い。


特に本性を晒したまま話すと、人の痛いところを突いてくる悪い癖がある。


けれどそれは時々、自分の中の問題を解決してくれたりもするので、ジゼルはいつも彼には本音で話している。


「確かに、好きな感じではないよ。でもだからってみんながみんな、私達みたいになる必要なんてない。今まで幸せに暮らしてこられたなら、それはそういう星の巡り合わせなんだって思う。少し、羨ましいとは思うけれどね」


するとエヴァンは少し困惑気味に微笑した。


ジゼルの言葉が予想外だったらしい。


「不思議だよ、時々お前が分からない。俺は心底腹が立つね。俺は知っているのに、あいつは知らない。俺は傷付いてきたのに、あいつはそうじゃない。どうして世の中こうも違うんだろうって」


それは正しいと思った。


普通はそう思うのだ。


けれどジゼルは平和主義者だ。


いやただの傍観者なのかもしれない。


自分のことなんて、この世の中を上から見た大きなパズルのピースの一欠片に過ぎないと考えている。


自分の小さな反抗なんて、なんの意味も成さないと。


しかしそれは、決して余裕があるのではない。


「ただ私が、お高くまとってるだけかもね」

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