魔元帥ルータス、慕われながら最期を飾る
ーーーールータス様。
目を瞑り彼の抱擁を愉しみながら、一通りの回想を終えた私は愛しい彼の名を小声で呟く。
そしてふふっと思わず笑みを零した。
こんな風に抱かれていることをミンスリーナが知ったら、ルータス様から離れろとまた喚き散らすのかしら。
あの子単純なのよね……
なのにルータス様へ恋慕の情を抱いていることが周りに知られていないと思っていたりするところは可愛いと思うけれど。
勿論ラフィーネやスカーレットも表立っては悔しがったりはしないでしょうけど、お姉さんぶって誤魔化したり、むすっとして態度にでたりはするでしょうね。
内心では私が羨ましくて仕方がないはずなのにね。
私はそうこう考えを巡らせ優越感に浸ってしまう。
この極上の幸せをどのように自慢しようかしらと考えると、今から高揚感に満ちあふれて堪らなくなってしまう。
ふふんと顔がにやけるのを感じた。
いけない……、いけないわリーフィス。
ちょっと性格が悪いわよ。
でも……、でも……
ルータス様が悪いのよ、これは。
だって私に……、こんなにも幸せな抱擁を施すんですから。
勝手にルータス様へと責任転嫁した私は、再度愛する彼の抱擁を愉しむことに専念した。
しかしーー
これが彼が施してくれた最期の幸せになるとはーー
まだこの時の私は知る由もなかった。
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「!? ァ……ガアァアア!?!?」
突然のことだった。
私を抱きしめていたルータス様が急激に苦しみだして、夥しい量の血を吐き出しながら大地に蹲った。
「……ど……どうしたの!? いったいなにが……!?」
心配する私を右手で制してがはっと咳き込むように血を吐きながら、それでいて私を心配させまいと絞りだすように彼が口を開いた。
「……どう……やら……、隷属魔法をかけた際に奴らの聖気が逆流し……ていた……みたいだっ……な……、抑えきれるほどの……魔力は……なかったよう……だ」
ルータス様はそう言い終えると、先程より更に激しく咳き込みながら吐血を繰り返した。
膝をつき苦しさを耐えるように左手で胸を掴み、苦痛で整った顔を歪ませてぜえぜえと激しく息を吐きながらのたうち回るがーー
やがてその動作は無情にもどんどんと弱々しくなっていった。
「そ……、そんな……、イヤよ……イヤ……ッ!!!」
私はルータス様を抱き抱えるように横にさせたがーー
大して効果があるようには見えなかった。
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「「「ルータス様!!!」」」
その時だった。
私がどうしようもなく狼狽しているなか、ミンスリーナ達三人が一同に声を上げて現れた。
どうやら私の救援のために駆けつけてくれていたのだろうがーー
目の前の光景が信じられず、全員動揺しているのを感じた。
「お前達……、お前達がここにいるということは……、アレス……ティアは命令違反で軍法会議だ……な…………あい……つめ……」
「バカ……、バカァ! そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」
長く整った金髪を振り乱して目いっぱいに涙を浮かべながら、ミンスリーナが叱るように言い放つ。
「どうしよう、どうしよう……、いくらお姉さんでも体内に入り込んだ聖気を取り除く方法なんてわからないよ……」
普段からお姉さん面で大人ぶるラフィーネもルータス様が蝕まれている原因はわかったのだろうがーー
だからこそか、これまで一度も見たことがない程、極度に狼狽している。
「そんな……、ボクたちじゃ何もできないっていうの!? こんなにお優しいルータス様が……、こんな……、こんな最期って……」
己の無力さを嘆くように、頬いっぱいの涙を流しながら涙声でスカーレットが言った。
「ルータスよ」
そうして最後に現れたのは……、我らが魔王レヴィア様だった。
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「「「「レヴィア様!?」」」」
いつか目の当たりにした転移魔法を使った様子のレヴィア様がそこに現れ、私たちは全員が声を上げた。
「……レ……ヴィア……様……」
「レヴィア様! ルータス様は……、ルータス様は助かりますよね、ね!?」
ミンスリーナが子供のように泣きじゃくりながらレヴィア様へと縋るがーー
「……無理じゃ。あの人間どもの体内に蓄積されていた魔力は全て聖気で浄化済みだったんじゃろう。人間にとってはともかく……、我ら魔族にとって聖気はがん細胞の如く体内の魔力を蝕んでゆく。それこそ……、次々と体内の魔力に転移するようにな。万全の状態であれば、奴らの魔力の逆流なぞ許さなかったかもしれんが……」
レヴィア様は悔しそうにそう呟くのみだった。
「私の……、私のせいよ、私なんかのために転移魔法と結界魔法を使って……、助けに来てくれたから……ッ!」
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--あの日、舌を噛み切って死んでおけばよかった。
私はあの日、エッセンフェルトで起こった事を思い出して涙が止まらなくなっていた。
--あの日もそうだった。
おろかな私があそこで叫ばなければ、お父さんもお母さんも、それだけじゃなくミンスリーナ達の両親もみんな助かっていたかもしれなかった。
ーー今回もそうだ。
私がルータス様にいいところを見せようとして、ひとりで奴らに対抗しようとしてしまったから。
最初からミンスリーナ達に加勢してもらっていれば、もっと早くに援軍を要請していればーー
ルータス様が魔力を大幅に消費しながら無茶をしてここに駆けつけることもなかった。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。
私はルータス様に抱きしめて貰う資格なんかなかった。
私なんてーー
あのエッセンフェルトでの悪夢のときに死んでいればよかったのだ。
私が両親達を殺したようなものなのに、私だけがのうのうと生き残って……
本当は私は死ぬべきだったのにーー
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その瞬間だった。
そこまで考えた時ーー、左頬が優しく大きな手で包まれるのを感じた。
紛れもない……、私が愛して止まないルータス様の右手だった。
そしてルータス様は……
最後の力を振り絞る様に口を動かし始めたーー
「…………それは……違う、完全に違うぞ……、リーフィス。俺はお前を護ることが出来て……、だからこそ……、奴らに隷属魔法を施せたんだ。そうで……なければ……、神より天啓を受けた勇者達……、莫大な力を有した奴らによって……、俺は……、何もかも失っていただろう……。大切な誰かを護ろうとする力は……、何よりも強い……。俺に……、力を……与え……、大切な者達の命を護らせてくれたのは……、お前がいたからこそなんだよ、リーフィス……。リーフィスだけじゃ……ない……。気性は荒いが他者をしっかり思いやれるミンスリーナ……、しっかり者でお姉ちゃん気質な仲間思いのラフィーネ……、泣き虫だけどここぞというときは芯の通ったスカーレット……、強さに奢ることなく……、魔族全体の利益のために日々奔走してくださるレヴィア様……。勿論俺達の愛するハーヴェンブルクの領民、兵士の皆まで……、大切な者を護りたい……という気持ちが俺に力を貸してくれた……」
「だからお前達……、そんな風に泣かないでくれよ。涙と鼻水塗れで……、せっかくのべっぴんさんが台無しだぞ……?」
そう花開くような笑顔で指摘された私達四人が四人とも、ずびずびと音を立てながら顔を濡らしていた。私達の姿を再度確認すると、ルータス様は眼を閉じて満足そうに笑みを浮かべた。
「俺は……、本当に……、本当に満足しているんだ……。お前達を……、護れたのだからね……」
「……レヴィア様、後のことは頼みます……。不忠ながら……、お先に逝かせてもらいます……」
「願……わ……くば……来世も君達を……護れます……ようにーーーーーーーーーー」
そうして親としての役目を終えて満足して、眠るかのようにルータス様が言い残すとーー
まるで今までの出来事は泡沫の夢だったとでもいうように、ルータス様は音もなく眩い光へさらさらと変化してーー
遂に私の腕から、なんの跡形も残さずに消え去ってしまった。
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