伝説の始まり
ーーすべてが終わった。
聖騎兵達は一兵たりとも生き残ることを許されず殲滅された。
捕虜となっていた女子供は無事に救出された。
遅れて黒衣を身に纏った魔王軍が何十万と隊列を組み、万が一に備えた。
村の犠牲者達の墓標が一つ余さず立てられ、供養された。
しかし、私は微塵も喜ぶことはなかった。
ーー憎悪の念。
最初に沸き上がった感情だ。
なぜ父と母を助けてくれなかった?
なぜ村の皆を助けてくれなかった?
なぜそれだけの力を持ちながらーー
貴方達がもっと早く来てくれていればーー
力を持つ者は持たざる者を助けるべきじゃないの?
人間共の神への信仰っていうのはそういうことでしょ?
「どうして……ッ! どうしてもっとはやく……、きてくれなかったのよ……ッ! あなたたちほどのちからがあれば……、おとうさんたちを……、むらのみんなを……ッ!」
一部始終の地獄がやっとのことで終わり、思わず私の口から零れたのは自分でも驚くほど怨嗟に満ちた声。
その声はどこまでも低くその場に響いた気がした。
「……そもそも人類領の中でもヴェルビルイス帝国への備えにはもっと兵を割いてもよかった。完全に余の失態じゃ、すまなかった」
そう言い切ると金髪の幼女は、私に向き直り頭を深く下げて謝罪した。
謝罪なんて何の意味もないと私は睨みつけた。
私は怒りに任せて、彼女らが捕虜を助けてくれたことや護ってくれたことなどお構いなしに手を上げようとしたその時ーー、振り上げた右手を何者かに捕まれた。
その手を見ると……、先ほどの黒衣の男が哀しげな表情のまま佇んでいた。
そして一言、私を諭すように言った。
「そうすれば君の両親が喜ぶのか?」
その言葉を聴いた途端ーー、私は耐え切れず大声で泣き崩れた。
悔しさと悲しさに塗れながら、優しかった両親の顔を思い浮かべながら、大粒の涙を何滴も何滴も大地へと送りながらーー
ひたすらに、がむしゃらに、いつまでも泣き尽くした。
そして私の様子を見守っていた黒衣の男がゆっくりと口を開いた。
「君の両親はとんでもない大英雄だ。聖騎兵数十万にも引けを取らなかったんだぜ? 決して無駄死になんかじゃねぇ。俺が君の立場なら誇らしくて仕方ねぇさ、堂々と誇っていい。 ……どうやら汚い手に嵌まって無念の死を遂げたようだがな」
黒衣の男はそう私に伝えると、両親が無念の死を迎えたことを一緒に悼んでくれた。
そして両親を誇っていいと言ってくれたことが何より嬉しくて、思わず私は彼の足元に抱きついていた。
「さっき君は何故もっと早くに駆けつけてくれなかったかと聴いたな。だがよ、他の人類領もハーヴェンブルクを狙っているんだ。先程魔王様はああいったが、エッセンフェルトばかりに兵力を割けなかったのは事実だ。……だがこれからは君と同じ境遇の奴らをこれ以上増やさないために、君自身が国防の要になればいい」
黒衣の男は言葉を続けた。
「見たところ君には才能がある、そして悔しさを力に変える気概もある。そんな君なら俺の神獣を扱えるようになるはずだ。君にーー、俺の神獣を託すぜ」
ーーそれで俺はルータス、君は?
--リーフィスよ。
ルータス様はそう尋ねた後、私の右手首を掴んだ。
しばらくすると氷の神獣刻印が浮かび上がった。
「リーフィス、いつか敵軍を奮いあがらせて味方を鼓舞する存在になるんだ。それこそ名を聴いただけで地獄の悪鬼共ですら血相を変えて裸足で逃げだすかのような存在にな。それこそがーー、君の両親への最高の手向けだと俺は思うぜ」
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「「「ちょっとまってください!!!」」」
声のした方を見ると、いつの間にかミンスリーナ達が揃っていた。
彼女達の顔にもひとしきり泣いた後があった。
「わたしたちも……、わたしたちもつよくなって……、たいせつなものをまもれるそんざいになりたい! パパもママもわたしたちをまもるためにさいごまでたたかった……、かっこよかった!」
「だとしたらおねーさんもそのいしをつがないといけない!」
「こわいけど……、にげだしたらぜったいにこうかいするから!」
三人が三人とも、両親の意思を尊重したいと強く言い放った。
「……流石大英雄達の娘だな。いいぜ、君らにも俺のとっておきをくれてやる」
ルータス様はそう言うと、先ほどと同じように雷、炎、風の神獣刻印を受け渡してゆく。
「いいのか? ルータスよ。こやつらにお主の精霊獣をやってしまったら、余に勝つなど夢のまた夢じゃないのか?」
「舐めてもらっちゃ困るな魔王様よ、俺を誰だと思ってるんだ? 千年前に前魔王勢力をたった一人で悉く屠り去った、爵位持ち魔族が束になっても足止めにさえならなかったと謳われるあんたと互角だった男だぞ? 精霊獣が使えない程度で俺の強さがどうにかなるとでも?」
「ハハハ、そうじゃったな! それでこそお主じゃ!!」
「それに俺はあんたに……、元公爵令嬢かつ現魔王レヴィア=フランツィスカ=シュレースヴィッヒに負けた。約束通り一生あんたの従僕だ、男に二言はねぇよ」
ルータス様はそう言い切るとにかりと笑い、どこまでも青く澄み渡った空を見上げた。
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これが私達とルータス様の始まり。
ここから私達はルータス様に育てられ、紆余曲折を経て魔王軍四天王に上り詰めるがーー、それはまた別のお話。
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