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堕ちゆく天才

 フランを裏切ることに躊躇はあったかと問われれば残念ながら答えはイエスだ。


 私はあの運命の日ーー

 秘密を洩らさないで欲しいとフランにお願いされた時は嫌だと即答できた。

 でもーー



 セレナ……、私達……友達だよね……?



 恐怖で顔を引きつらせたフランにそう問われた時ーー

 私は少しばかり迷ってしまった。

 

 フランは私なんかには勿体なさすぎる程良い子だ。

 剣術の腕は超一流で生まれも天啓の勇者様の末裔ーー

 それなのに彼女がそのことを少しも鼻にかけることなく日々精進を積み重ねてきたのは、傍で見てきた私が一番良く知っている。

 

 フランが笑った時の柔らかい表情はどんな堅物でも見惚れてしまう程だろう。

 フランが剣を振るう姿はどんな芸術家も認めざるを得ないだろう。

 フランの一挙手一投足が……、とにかくすべてが悉く美しいのだ。


 それがどうしようもなく腐った根性の私には妬ましくて仕方なかった。

 何故なら私がフランに勝っていることは家柄のみだったからだ。

 その家柄も名ばかりのもので、実際にはフランに実力が劣っているという理由でお父様から身体中痣だらけになるほど暴力を振るわれ、犬畜生のような扱いさえ受けてきた。

 お母様からも暴力はさることながら、貴女みたいな無能の面汚しなんて生むんじゃなかった、フランが私の娘ならば良かったなどと幾度となく言葉の暴力を受け続けた。


 だから私が、殺してやりたいと思うのは至極真っ当で、自然な発想であると常日頃思っていた。

 何度も、何度も、何度も、何度もーー

 とても娘に対しての扱いとは思えない仕打ちを受け続けていると、こんな奴らには殺意が芽生えても当然だと自分を正当化した。

 大罪に値する尊属殺だからなんだというのだーー、そんなもの知ったことかと完全に開き直っていた。


 どいつもこいつもフラン、フラン、フランーー

 フランが……、そんなに偉いっていうの?


 貴女さえいなければ、私は稀少石のように輝いていられた。

 貴女さえいなければ、私は素敵な貴女を裏切ることはなかった。

 貴女さえいなければーー、私は心を捨て去ることはなかった。


 そして……

 


 貴女さえいなければーー、私は鬼になることもなかった。 



xxx



 フランを執事にして数日後、私はついに両親の殺害に協力しろと命じた。

 本当は私一人で手を下したかった。

 だが私に剣術を教えたのは両親であり、私だけでは力不足だった。

 だからフランの手を借りたかったのだ。


 殺人を命令することに躊躇など微塵もなかった、全くもって死んで当然の最低最悪な輩だと考えていたからだ。

 勿論フランは強く拒絶した、そんなことはできないーー、そんなことが許されていいはずがないと。

 だから私は、身に着けていた可愛らしいフリルのワンピースに手をかけた。

 フランは最初赤面しながら困惑していたようだが、私が構わず脱ぎ続けて下着姿になると一転して顔を青ざめさせた。


 

 ーーこれが貴女に勝てなかった私に対する奴らの仕打ちですわ。



 フランが私の惨たらしい身体を見た瞬間のーー、口元を両手で抑えながら驚愕した顔が今でも忘れられない。

 それはそうだろうとも。

 何故ならとても可愛らしいお洋服を脱ぎ捨てた私の全身にはーー

 びっしりと、余すことなく痛々しい痣がーー、犇めくように浮かんでいるのですから。 


 そしてフランに勝つことが出来た日まではずっと暴力を受け続けていたこと、犬畜生の如き餌しか与えられなかったこと、お前のような無能の面汚しを生むんじゃなかったと虐げられていたことも全て打ち明けた。

 犬畜生の餌を犬畜生の様に、涙を流しながら惨めさと悲しさに塗れながら無理やり食べていたことも赤裸々に話した。

 


 そうしてどこまでも心優しいフランの顔に浮かんだ感情はーー

 驚くことに激しい憎悪だったのだ。



 なんとフランは怒ってくれていたのだ。

 私のーー、こんな醜い私なんかの為にーー

 普段見たこともない怒りの形相を浮かべながら、ただただひたすらにーー


 私は貴女の弱みを握って、脅して、無理やり模擬戦で負けさせて。

 あまつさえこの国で最高峰のヴェルビルイス剣術学院を退学までさせて。

 今度は両親の殺害に加担させようとすらしているのにーー


 なのにフランは私の地獄を知った途端にーー

 こんな最低な私の為に怒ってくれたのだ。

 それが嬉しくて……、本当に……、本当に嬉しくて……

 思わず涙を流しながら彼女を強く抱きしめたくなる衝動に駆られてしまった。



 こんな私の為にーー

 貴女を裏切った最低な私の為に怒ってくれてありがとう。そしてごめんなさいと。



 だけどそんな気持ちをぐっと抑えて私は冷徹に命令する。


 貴女は私の手駒ーー

 隷属印について言いふらされたくなかったら殺しに協力しなさいと。

 

 私は何とか言い終えることが出来た。

 フランに感謝の気持ちを述べたり涙を見せることなしにだ。


 そうすると心優しいフランはしばらく逡巡した後、こくりと頷いてくれた。

 

 それは隷属印の弱みを握られているからだったのか、私に対する同情や哀れみからだったのか、それとも私の両親に対する怒りからだったのか、もしくはそのどれもが入り混じっていたのかーー


 しかし、そんなことはもうどうだっていいことだ。


 何故ならもう私に人間らしい心など必要ないし、同時に人間らしい心を理解する必要すらないからだ。

 自らの意思で捨て去ったのだから今更必要としてはならないと思っている。


 私は鬼でいい--、どこまでも残虐な、慈悲容赦の欠片もない、冷酷非道な鬼でいい。


 鬼であるからこそ、血のつながった両親ですら微塵の躊躇もなく殺めることが出来る。

 そして鬼に涙などーー、必要ではないのだからーー

 私に救いなど存在しないのだからーー

 結局のところ私はずっと鬼であり続ければ良いだけの話だ。


 

 そう常日頃考えていたーー

鬼のままにしておくのだろうか……


ここまでお読みいただきありがとうございます!

数日以内に次回の投稿をいたします。

作者の励みになりますので、少しでも面白い・続きが読みたいと感じていただけたならばブクマの程よろしくお願いいたします!!

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