運命の日
その日の夜ーー
フランとの模擬戦を終えて学院寮に住んでいた私は自室に戻り熱いシャワーを浴びていた。
--胸の紋章の事、気を付けないとなぁ。
私は身体をボディソープで隅々まで洗いながら、ふと先程の出来事を思い出す。
あの時ーー、セレナに胸に入れ墨でもあるのかと問われた時、私は言いよどんでしまった。
今回は誤魔化せたし、相手は仲のいいセレナだったからよかったものの注意は怠らないようにしないと。
そう私は再度決意しながら、胸に浮かび上がる紋章を右手で優しく撫でる。
誇り高き天啓の勇者様の紋章ーー、大切にしないとね。
身体を洗い終えた私は普段纏めている長い金髪もシャンプーで洗い終える。
そして蛇口をキュッと捻って踊り場に行き、タオルで身体と髪を拭いて自室に下着を取りに戻るがーー
そこには何故か学友のセレナが佇んでいた。
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「な……、なぁぁぁッ!?なんでいるのさセレナ!!!」
私は顔を赤らめながらとっさに身体を隠して、セレナをキッと睨み付けた。
なんでーー、どうしてーー、セレナってそういう趣味の女の子だったのーー?
幾つもの憶測が脳内を支配するがーー
「フラン……、その胸の紋章は……?」
そんな混乱している私を意に介さず、セレナは驚いた顔で問いかける。
あぁーー、私の胸の、天啓の勇者様の紋章、見ちゃったんだね……。
私はすぐさまそう理解してセレナにゆっくりと返答する。
「……天啓の勇者ローゼル様の子孫の証だよ、両親以外誰にも見せたことなかったんだよ? ねぇセレナ、この紋章のこと……、言いふらしたりしないでね?」
でないと……、私が嫉妬されてしまうから……
そう考えていたのに―ー
「嫌ですわよ?」
考える素振りすらなくきっぱりとセレナは拒否した。
「……え?」
「だから嫌ですわよ、だって天啓の勇者様の末裔である貴女が誰かの奴隷だったーー、こんな一大ニュースを隠しておくなんてもったいないことできませんもの」
……え?
なにを……、いっているのセレナ……?
「ど……、どういうことセレナ? これは天啓の勇者様の紋章で……」
そう私が言うと、おかしくて堪らないといった表情でセレナは大声で笑いだした。
「ははっ、あはははははは! まったく、どこまでもおめでたいんですのね貴女って人は!! 大方、今までご両親に事実を伏せられてきた……、と言ったところかしら?」
ひとしきり笑い終えたセレナが更に言葉を続ける。
「いいでしょう、私が教えて差し上げますわ。貴女の胸の紋章、それは隷属印ですわ。ハーヴェンブルクの魔族が使用する禁忌の術式の一つ、隷属魔法によるものですわ。嘘だとお思いなら貴女を生んでくれたご両親に確認をとってもいいですわよ。貴女……、どこぞの魔族に支配されていたんですのね。その様子を見ると主人はまだ現れていないようですわね……、それとももう死に絶えてしまっている可能性の方が高いのかしら?」
こ……、これが隷属印……だって……?
「う……、嘘……そんな…………」
嘘だ……
「胸に入れ墨でもあるのかと聴いた時、貴女の顔には影が落ちていましたわ。何か弱みでもあるのなら握ってさしあげようと思って寮に忍び込んでみましたら……、想像以上の弱みを掴めましたわね」
可愛らしい彼女には似つかわしくない凶悪な笑みを浮かべながらセレナがゆっくりと歩み寄る。
私は普段見たことがないセレナの表情に恐怖を覚えて、セレナの足取りに合わせて後ずさる。
一歩、二歩ーー、そして遂には壁際にまで追い詰められてしまう。
そして私を追い詰めたセレナは、私の両手を掴んで壁に押し当てながら顔を近づけて更に言葉を続ける。
「さてフラン。このこと……、言いふらされたくなかったらわかりますわね?」
嘘……
「私の奴隷となり手足となりなさい、フラン。私の命令には絶対服従……、そうですわね……、では最初の命令はヴェルビルイス剣術学院を中退して私の執事になるというものにしましょうか」
冗談……だよね……、セレナ……?
「セレナ……、私達……友達だよね……?」
私は恐怖で顔を引きつらせながら彼女に問うが……
「……………………いいえ? 私は貴方をそんな風に思ったことは只の一度たりともありませんわよ」
そうセレナは返答して、狂喜の笑みを浮かべながら私を見つめ続ける。
全て嘘であると……、冗談であるとの発言を期待していた私だが……
そんな私の気持ちを嘲笑うかのように、少しの間を置いてからセレナはきっぱりと否定したのだ。
「貴女がヴェルビルイス剣術学院を中退する前に模擬戦で私に負けてもらいますわ。そしてその試合では負けた方が勝ったほうの執事となるという約束をしておきましょう。そうすれば約束を果たすために剣術学院を中退したということに出来ますわね」
「そ……、そんな……」
セレナのとんでもない要求に、私の身体から血の気が引くのを感じた。
「さぁ……、これからたくさん私の言うことを聴いてもらいますわよ、フラン。ふふっ、あはは、あはははははははははははははは!!!」
そうセレナは言い切ると、けたたましく狂ったように笑いながら更に顔を近づけた。
友達の裏切り、豹変、自らの将来の暗い見通しーー
恐怖と不安に支配された私はただただ立ち竦むことしかできなかった。
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それからはひたすらにセレナの言いなりだった。
まずセレナとの模擬戦に負けてヴェルビルイス剣術学院を中退した、勿論わざと手を抜いてーー
その時に両親から綺麗だと褒められていた長い髪もセレナの命令によりばっさりと切らされた。
その方が負けてセレナの執事となるケジメをつけたように見えるからとーー
そして当然のことながら、両親からは中退とセレナの執事となることについて激しい質問攻めにあった。
どうしたのかーー、なにかつらいことでもあったのかーー
そんな風に本気で心配してくれている両親に対してーー、私は嘘をつくことが出来なかった。
この胸のーー、隷属印をセレナに見られたんだ。
私のその言葉を聴いた瞬間、私の両親はこの世の終わりと地獄が一度に押し寄せたような悲惨な顔を見せた。
私は否定して欲しかった。私が小さい頃から誇りに思ってきた紋章は隷属印なんかじゃない、天啓の勇者様の紋章だとーー
だけど……、私が決心してそう伝えた時の両親の顔を見ればーー
真実がどちらだったかすぐに理解してしまった。
やっぱりこの紋章は隷属印だったんだねーー
私は込み上げる感情を押し殺して、決して涙は見せまいと耐えながらなんとか言葉を発した。
俯きながら暗い口調で語る私を見て、私の両親はすべてを理解したようだった。
すまないーー、ごめんなさいーーと泣きながら何度謝罪されたか分からない。
お父様もお母様も辛かったんだろう。
我が子に魔族の隷属印が施されているなんて口が裂けても言えなかったんだろう。
そんな気持ちを汲み取れたからこそ、私は両親を責めることなんて到底出来なかった。
そして私はから元気でそう悲観することでもないと告げた。
私は侯爵家令嬢、セレナは公爵家令嬢、しかもセレナはあの超名門ステラヴィゼル家の出身だ。
その執事として生きていくこと自体、強力な後ろ盾を得たようなものだと、悪いことばかりじゃないんだとーー、笑顔をつくりながら……、両親に心配かけまいと必死に……、本当に必死に振舞った。
そして同時に自分にも言い聴かせた。
よかったんだこれでーー、遅かれ早かれ私はこうなる運命だったんだ。
それが14歳の今だった、たったそれだけのことじゃないかとーー
だがこの時は思いもしなかった。
この後、私がセレナの両親を手にかけることになるとはーー
救いの手はないのか……(盛大な前振り)
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