公爵家嫡女セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼル②
ステラヴィゼル公爵家 執務室
「またフランに勝てなかったのかッ! 恥を知れセレナッッ!!」
私のお父様であり、ステラヴィゼル公爵家当主ブリード=ヴィンデル=ステラヴィゼルがこれでもかと私を怒鳴りつけた後、腹部に向けて思い切り蹴りを入れる。鳩尾に強烈な蹴りを入れられた私はその場に蹲り、我慢が出来ず嘔吐してしまう。
お父様がお怒りの理由は、ヴェルビルイス剣術学院で私、ステラヴィゼル公爵家令嬢セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼルがレヒベルク侯爵家令嬢フラン=ローゼル=レヒベルクにまたしても敗北してしまったから。
ステラヴィゼル家はヴェルビルイス帝国の中でも超名門の公爵家だ。
その娘が侯爵家の令嬢如きに劣り続けているとあれば末代までの恥だ、ご先祖様にどう顔向けする気だと剣術学院に入学して以来常に私は言い聞かされてきた。目立つ顔や肌が露出する部分には暴行されなかったが、代わりに衣服で覆い隠される場所は何度も痣だらけにされていた。
「う……がッ……! 申し訳……、ありませんお父様……ッ」
いくら泣いても喚いても、お父様は私に暴行を加えるのをやめるどころか、むしろ泣き止むまで暴力をエスカレートさせることを知っていた私は、一通り嘔吐し終えるとすぐさま頭を下げて謝罪する。
「全くッ! 何故ッ! この私の娘がッッ!! フランではなかったのだッッ!!!」
しかしお父様の怒りは未だ収まらず、今度は地に伏した私の背中を何度も何度も思い切り踏み抜いた。踏み抜かれる度に強烈な痛みが私の背中に走り、恐怖と惨めさが入り混じった感情が次から次へと湧いて出て、今すぐにでも逃げ出したいと心の底から思い続けた。
「この超名門ステラヴィゼル家の嫡女であるお前がッ! あろうことか恥知らずにも程がある万年次席止まりとはッッ!! 我が家門の面汚しの自覚はあるのかこの馬鹿娘がッッッ!!!」
そうお父様は言い終えると、先程よりもさらに強く、どんどん強く私を踏み抜いてありったけの怒りを全て私にぶつけてゆく。
「がッ……、ぁぐッ……、う……ぁ……ッ! は……、はい……、承知して……おり……ますわ……お父様……」
「……ふん、聴き飽きた言葉だな」
やっとのことでお父様は私への惨たらしい暴行を止めて、そう短く言い捨てたがーー
「……ですがお父様……、フランは天啓の勇者ローゼル様の子孫ですわ……、並大抵の実力では……ぐッ!?!?!?」
そう私が抗議の声を上げると同時に今度は腹部を思い切り蹴り上げられて、私は数メートル程先へと吹っ飛ばされた。
「黙れッ! フランの実力がどうこうの問題ではないのがまだわからんかこの馬鹿娘がッッ!! 問題なのは、ステラヴィゼル家嫡女であるセレナ=ルイーズ=ステラヴィゼルより優れた貴族、フラン=ローゼル=レヒベルクが存在するということだ! そんなこともわからんとは……、憫然極まりない無能だお前は! 無能、無能、無能、無能ッッッ!!! 救いようのないッ! 大馬鹿者でッッ!! 無能のお前には人間の食事など烏滸がましいわッッッ!!! 犬の餌で十分だ、おい、あれをもってこいレーベラ!!!」
そうして今度は蹴り上げられて仰向けとなった私の腹部を先程と同じように強烈に何度も踏み抜かれてゆく。
私は下品で聴くに堪えない悲鳴を上げ続けた。
十度、二十度ーー、何度悲鳴を上げ続けてもお父様は少しもその踏み抜く足をとめてくれることはなかった。
急激に再度吐き気を催したので伏臥して吐き下したかったが、それを許さないと言わんばかりにお父様に腹部を踏みにじられて、お父様の足に粗相をするわけにいかなかった私は必死で吐き気を堪えながら地獄の終わりをひたすらに待った。
百度ほど踏み抜かれた後、先程お父様が命じた執事のレーベラが執務室へ再入室する。
そこで初めてお父様は足を除けて私を解放した。
そしてレーベラは、持ち運んできた真鍮の器を私の前に静かに置いた。
その後、お父様が私を侮蔑の視線で見下しながら口を開いた。
「……そこで跪いて犬の様に喰らえ」
「お……、お……父様……、これ……ッ、は……?」
「分からんのか? 犬の様に犬の餌を犬喰いしろと言ったんだ。お前がフランに勝つまで永遠にこの食事だ」
その真鍮の器には……、幾つもの残飯が混ざり合った、まさに犬の餌のようで悪臭を放つ物体が盛られていた。
とても人間が……、ましてや貴族の令嬢が口にするようなものではない。
私は困惑と不安に駆られながら許しを請うようにお父様を見上げたがーー
「何故ならお前はステラヴィゼル家嫡女として相応しくないからだ」
お父様は短くこの仕打ちの理由だけ述べられた。
私に対する情け容赦の類など、塵程にも感じられなかった。
「……ッッ!? 本気……ですのお父様……ッ!」
これには無抵抗で暴行を受け続けた私も、お父様を見上げて怒気をこめた声で抗議するがーー
「……なんだその反抗的な目は。まだ痛い目をみないと気が済まないのか?」
その何処までも冷たく鋭い目付きにとても耐え切れず、すぐさま助かりたいと思い謝罪してしまう。
「ひっ……、た、食べます!! 喜んで食べますわお父様!!! ですから……、ですからもう……、暴力は……、や、やめてください……ッ」
「聴こえの悪いことを抜かすな、これは教育的指導だ。お前が無能極まりないのが悪い、自業自得なのだ。さぁ喰え、下品で、卑しい、それこそ犬畜生のようにな」
そう命じられた私はついに意を決した。
お父様がおっしゃるように、それこそ卑しい犬畜生が如く真鍮の器に顔を突っ込み、がつがつと口へと放り込んだ。
あまりの悪臭に強烈な吐き気を催すが、涙を流しながらやけになって、ただただひたすらに胃袋に無理やり詰めこみ続けた。
そうでもしないともっと酷い目に合うーー、そう私は理解していたから。
「……ふん。セレナよ、これはお前がフランに勝つまで毎日続けるぞ。それが嫌なら……、せいぜいさっさと勝つことだな」
そのお父様の言葉を聴いて、私の中に僅かに残っていた生気が残さずに抜けてゆくのを感じた。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……、何故公爵家令嬢の私がこんな惨めな思いを……?
何故……、どうして……
私が何をしましたの……?
私が……、この私が……、何故こんな仕打ちを受けねばならないんですの……?
先程はお父様からの暴行が終わるまでが地獄だと思っていた。
しかしそれはとんでもなくあまい考えだった。
地獄はいつまでもひたすらに続くーー
フラン=ローゼル=レヒベルクを打ち負かさない限りはーー
そんなこと……、そんなこと出来るわけがない。
あの娘は天啓の勇者ローゼル様の末裔ですのに……、私と生まれ持った才能が違いすぎますわ……。
私だってステラヴィゼル家の名に恥じぬよう、他の貴族令嬢が華やかな女性趣味を愉しんでいる間もずっと剣を握り続けてきましたのに……
だからこそ入学当初は彼女にも打ち勝てると自負していましたのに……
しかしそれでも、結局ふたを開けて見ればただの一度すら勝つことはできなかったというのに……
私にはもう幸せなんて……、一生訪れないんですの……?
そう私は絶望していた、あの運命の日が来るまでは。
なんだこの腐れ外道は……(盛大な前振り)
ここまでお読みいただきありがとうございます!
数日以内に次回の投稿をいたします。
作者の励みになりますので、少しでも面白い・続きが読みたいと感じていただけたならばブクマの程よろしくお願いいたします!!