天啓の勇者末裔フラン=ローゼル=レヒベルク②
ーー胸に隷属印が刻まれていないかい?
その言葉で急速に頭に血が上るのを感じた。
何故この男がそのことを知っているのかーー
諸悪の根源となっているこの忌まわしい紋章のことをーー
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「またこの娘も運命に抗えなかったというのか……」
貴族服を身に纏う立派な佇まいの男がこの世の終わりとばかりに落胆して声を漏らす。
その眼にはじわりと仁愛の涙を浮かべながら、男は耐え切れず赤ん坊から視線を外した。
「貴方……、気を落とさないでください。フランが見ていますよ」
一方で、端正な顔立ちに貞淑という言葉を体現したかのような女性が諭すように男を慰めた。
その顔は張り詰めた薄氷のように、なにか少しの衝撃でもあれば一挙に崩れてしまいそうだった。
「しかし……、この娘の悲痛な生涯のことを考えると涙が勝手にでてしまうんだよ」
「私もなんとか耐えています……、私達の大切な可愛い娘のことですもの、当然です。ですが……、それでも生まれたばかりのこの娘には何の罪もないのです。罪があるとしたら神聖魔法使いをいまだ見つけられていない私達にだけ……」
「すまないフランよ……、本当に……、本当にすまない。どうしようもなく愚かで無能なこの私を赦せとは言わん。だが……、せめて大切に育て上げることでどうか罪滅ぼしをさせて欲しい」
これが私、侯爵家令嬢フラン=ローゼル=レヒベルクの出生話だそうだ。
この話はつい最近までずっと、両親から聴かせてもらうことは出来なかった。
意図的に私の出生についての話は避けられていたのだ。
全てはお父様と同じように胸に刻まれた”これ”のせいであると聴かされたのは、私が14歳で剣術学院に所属していたあの運命の日以降のことだった。
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3歳になった。
会話までこなせるようになっていた私は、ずっと疑問に思っていた胸に浮かび上がっている紋章について両親に尋ねてみたのだ。
「おとうさま、おかあさま、わたしのむねのこのもんしょう……、どういういみがあるのですか?」
その言葉を聴いた瞬間ーー、両親の時間が突然止まったように感じられた。
しばらくして私の両親は微妙な目配せをした後、お父様のほうから重く口を開きだした。
「それはな……、お前が天啓の勇者様の血を引く立派な存在であるという証だよ。だがそれは決して他人に見せていいものではない、わかったね?」
「そうよフラン、女の子が胸をみせるなんてはしたない真似しちゃダメよ。それに天啓の勇者様の紋章を他の人に見られたら羨ましがられちゃうでしょ? そうなったらフランに嫉妬して嫌なことをする悪い人がでてきちゃうわ。そうならないために、絶対に胸の紋章を他の人に見せたりしちゃいけないわよ」
当時の私はようやく自身の胸に浮かび上がる紋章の謎が解けてすっきりしていた。
そうか、天啓の勇者様の子孫だから生まれながらにしてこのような紋章が浮かび上がっているのかと素直に両親の言うことを鵜呑みにした。
同時に私は特別な存在であるのだから、それを鼻にかけることなく生きていかなければならないと強く誓ったのを今でも覚えている。
「わかりましたおとうさま、おかあさま! てんけーのゆうしゃさまってほんとうにすごいひとだったのですね!」
嬉々としてそう返事する私を見た両親の顔に、暗い影が落ちた理由が今ではよく分かる。
もうーー、どうしようなく手遅れだが。
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14歳になった。
私は天啓の勇者ローゼルの子孫ということもあり、幼い頃から剣術一辺倒で修練を積んできた。
家庭教師の先生は私のお父様、ガートン=ローゼル=レヒベルクであり、最高の環境で日々精進してきた。
その結果、この頃には父と互角以上の剣戟を繰り広げられるまでには強くなっていた。
そしてこの日もヴェルビルイス帝国最高の剣術教育機関である帝立ヴェルビルイス剣術学院で、同級生の公爵令嬢セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼルと模擬戦を繰り広げていた。
セレナは天才的剣術の腕前を有しており、学年どころか学院で2位の実力を持っていた。
しかし学院1位の私とはいつも僅かな差で敗北を喫していた。
ーーキィン!
そしてこの日も何十合と斬り結んだ末、私はセレナの持つ真剣を弾き飛ばした。
セレナは自らの剣がカラカラと床に転がるのを一瞥した後、見惚れるような笑顔を作って私に語りかける。
「参りましたわレヒベルク卿、流石天啓の勇者様の末裔ですわね。もう貴女の太刀筋を見切れる者はこの学院はおろか、世界中どこを探してもいないのではないかしら?」
「その呼び方はやめてよセレナ、フランでいいってば。確かに私は天啓の勇者様の末裔だけど……、地方の学院には戦士レオル様の、帝立ヴェルビルイス魔法学院には精霊魔法師ラディアナ様、大司教ロザリア様の末裔がいるそうじゃないか。それに配下の魔物を使役してヴェルビルイス帝国を脅かし続けるハーヴェンブルクにはまだまだ強大な力を持った魔族が多く存在すると聴く。私はもっともっと修練を積まないとダメなんだ」
「謙遜などしなくていいではありませんの。この国に住む者であれば天啓の勇者様一行の伝説を知らない者などいませんわ。貴女はヴェルビルイス帝国の誇りなのですから……、もっと堂々と振舞うべきですわよ。それにその美貌……、無類の強さと美しさを併せ持つなんて……、天は二物を与えないとはよく言ったものですわね、特にこの大きな胸なんて!」
そう皮肉交じりにセレナが言い放つと同時に、私の背後をとって胸を揉みしだいてきた。
「ちょっ……、やめて、やめてよセレナ! 完全にセクハラだよこれ!!」
「ふふふ……、これくらいいいではありませんの、女同士ですわよ? それとも……、実はその大きな胸には人目を憚るようなとんでもない入れ墨でもあるっていうんですの?」
この時ーー、私は一瞬だが言いよどんでしまった。
このことがきっかけで虐げられることになるとは露ほどにも思わずにーー
「そっ……、そんなわけないだろもう! セレナのエッチ!!」
セレナを引きはがしながら私は声を荒げた。
その際にセレナを見るとーー、彼女はなにか神妙な面持ちだったのを今でも覚えている。
この時は信じていたーー、公爵家令嬢セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼルという学友のことを。
だがその日の夜の出来事により彼女に対する期待は大きく裏切られると同時に、セレナの奴隷と成り果ててしまうとはこの時の私は思いもしなかった。
次回、セレナとフランの因縁が明らかに……
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