皇女護衛騎士団長シンシア=サラ=エーデルノヴァ③
地に伏していた私は声のする方を見上げると、先程消えたはずの黒衣の仮面を身に着けた男がいつのまにか佇んでいた。
「あぁ……、先ほどの御仁か。私をあざ笑いにでも来たのか?」
自分でも驚くほど低く乾いた声で、吐き捨てる様に私は言った。
一体何のために来たのかと疑問に感じたが、男は予想外の言葉を口に出した。
「君は何か目標をもって皇女護衛の騎士団長となったのだろう?」
はっ……、私の惨めな姿を見て……慰めのつもりか……?
「いいんだ……、所詮私は才無しだ。それでもなんとかなると思い努力だけは惜しまなかった。石に噛り付いてでも強くなってやると気力だけでなんとかここまで来れた程度だ。貴方のような桁違いの強さを持った人には凡人の苦しみなど永遠にわからんさ」
皮肉交じりに私は言葉をつなげた。
何と言われようが私の決意は変わらない。
ましてやここまで圧倒的で桁違いの強さを持った人物など、どうせもとより才覚があったのだろう。
私の気持ちなどわかるはずがないーー否、わかってたまるものか。
「……そうかい?」
「あぁ、そうとも。しかし私を見てくれ。セレナお嬢様によってこんな姿にされたが……、顔立ちはなかなかに悪くないだろう? そして私は子爵家の令嬢なんだよ。だから護衛騎士団長を引退して、どこか伯爵家あたりの貴公子様にでも娶っていただこうかと思ってね」
私はおどける様に、自分で自分に呆れるように言葉を続ける。
「さっきまでの私を見ていたんだろう? あのような辱めを受けてまでも私は生きたいと思ったから無様に媚び諂った。それなのにどうして護衛騎士団長を退いて安穏とした生活を送ることに抵抗などあろうか。私は帝都で皆が持て囃すほど誇り高くもなんともない、その実はただの無能で落ちこぼれで無才な……、身の程を知らずどうしようもなく哀れで虚しいただの女なんだ。そんな女が護衛騎士団長なんてやっているから、皇女殿下より授かった大切な護衛兵達もこの通り失ってしまったんだ」
そう私は言い切ると、頬にぽろりぽろりと涙が伝うのを感じた。
風が吹き抜けてゆき、森がさわさわと音を立てるのも感じた。
まるで絵本のワンシーンのようじゃないか。
異なる点はただ一つ、この後ヒロインに救いがないということだ。
もういいんだ皇女護衛騎士団長、いやシンシア=サラ=エーデルノヴァ。
もういいんだ背伸びなんかしなくたって。
そんな優しい言葉をかけてくれる人なんて誰もいない。
そう一言言ってもらえるだけで、私は多幸感でいっぱいになって幸せの境地に立てるというのに。
ねぇ、そこの御仁さんでいいわ。
哀れな哀れな私、シンシアに許しを、そして私に波が誘うかのような安寧を与えてちょうだいーー
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--が。
彼から出た言葉はまったく私が予想していないものだった。
「……君はハーヴェンブルクにおける伝説の魔王軍四天王を知っているかい?」
「……? 千年前にヴェルビルイス帝国を奮いあがらせた恐怖の四天王だろう? そんなものこの国の人間ならば子供でも知っているさ。暴氷のリーフィス、憤雷のミンスリーナ、極焔のラフィーネ、業風のスカーレット……、いずれも一騎当千どころか万の聖騎兵ですら太刀打ち出来なかったと謳われる超規格外の怪物だ」
「……ではそいつらも血の滲むような努力でようやくその強さを手に入れたということは知っているか?」
「いや……、それは初耳だが……」
「彼女らはハーヴェンブルク領内のエッセンフェルトという村の出身でね。そこで聖騎兵達に両親を嬲り殺されたことがきっかけで鍛錬を積み、魔王軍四天王まで上り詰める程の実力を手に入れたそうだ」
私は彼の言葉に苛立ちを覚えながら言葉を返した。
「……だからなんだというんだ、馬鹿馬鹿しい。血の滲むような努力なら私もしてきた。彼女らにあって私にないものーー、それは才覚だよ。所詮凡人が何をしたって天才には勝てない。傍から見れば滑稽なだけだったんだ。それに彼女らが私と同じ立場にあったとして……、下品に靴を舐め上げてまで助かりたいと思うか? それくらいなら死を選ぶはずさ……、こんなどうしようもない臆病者で恥知らずな私と比べるのが烏滸がましいよ」
「いいや、君は高潔だよ」
そう自嘲しながら語る私を、即座に強い口調で彼は否定した。
「君は幼少期より無才であると揶揄されながら……、才能がないにも関わらず皇女殿下直属の護衛騎士団長にまで上り詰められたのだろう? 才覚が元からあった彼女達より困難な道のりだったはずだ。そんなことが出来る人間を俺は見たことがない。努力の天才なんて言葉で簡単に片づけられるほど君はちっぽけな存在でもない。それに先程の行いを省みてなんたる恥かと悔やんでいるではないか。本当に臆病者で恥知らずならばそんなことは考えないさ」
彼は言葉を続けた。
「君が頑張った動機を俺は知らない。だが今の君を見て間違いなく言えることがある」
「君は一点の曇りもなく気高く、美しくーーそれでいてとても素敵だ」
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その言葉を聴いた瞬間、堰を切ったかのように涙が溢れ出した。
どこの誰かもわかっていない男の前で
恥も外聞もかなぐり捨てる様に嗚咽を上げて泣き続けた。
嬉しかった、本当に嬉しかった。
私の痴態を目の当たりにしてなお私は気高く、美しく、素敵だとーー
そんな風に評してくれた目の前の彼の優しさに堪らなくなり、感謝の気持ちでいっぱいになりながらただひたすらに、終わりなく泣き続けた。
私はルータス様を振り向かせるために剣の道を選んだ。
それは彼が魔法使いであったために、彼が持ち得ていない素養を身に着けて、ただ美しいだけの存在から脱却するためにーー
なのに私は薄情なことに目の前の彼にも恋してしまっていた。
私の想いはこんなものだったのだろうかと自問自答する。
そんなことはないーー、そんなことはないはずなのにーー
今はどうしようもなく彼に甘えたくなってしまう。
私の存在を認めて素敵だといってくれた目の前の彼に。
あぁ、神様はなんて残酷なのだろう。
目の前の彼がルータス様であればどれ程気が楽だったことか。
だとしたらどれだけ素敵なことか。
私が二度恋に落ちたのは実は同一人物だったなんて作り話でもないのにーー
そんなこと起こるわけがないのにーー
でも溢れる思いを留めておくことは到底出来なくて、ぽつりと慕っていた彼の名を口にしてしまう。
ーールータス様、ごめんなさいと。
この後先程とは比べ物にならない程、随喜の涙を流すことなど知らずにーー
なんなんだこの天然タラシ野郎はよォ!!!(怒)
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