皇女護衛騎士団長シンシア=サラ=エーデルノヴァ②
ーーその瞬間だった。
私達の方を向いていた青年の背後に、目にも止まらぬ素早い動作でヘカトンケイルが回り込み、切れた腕と逆の腕で青年の後頭部へと思い切り殴り掛かったのだ。
そう、確かに殴りかかったの……だが……
----ーーーーッ!?!?!?!?!?
青年はまったく振り返っておらず防御姿勢もとっていなかったのに、ヘカトンケイルの無数の腕は先程と同様にはじけ飛んでしまった。ヘカトンケイルは両方の無数の腕を失ってしまい、出血の痛みで後ずさりながらのたうちまわった。
「神話級の魔物といえども魔法に対する理解は低いようだな。俺は遠隔操作で結界魔法を施したんだぞ? 離れた他者にすら結界魔法がかかっているのだから術者自身にかかっていないわけがないだろう」
青年は振り返りながら、呆れかえる様にそう言い放った。
「さぁ、お前は護衛兵達を無残に虐殺した。強い者が弱い者を虐げられるのは自然界における唯一の法理だ。だが、だからこそお前自身もその法理からは逃れられない」
更に青年は、ヘカトンケイルへと歩を進めてにやりと笑いながら言葉を続けた。
「どうだ、圧倒的強者を前にした気分は。なかなか神話級の魔物ともなれば味わえない感覚だろう?」
青年はそう言い終えると右手をヘカトンケイルへと向けて抉る様に突き出す。
するとーー、あれほどライネル達が苦戦していたヘカトンケイルも内部から爆発四散して、あっけなくただの肉塊へと化してしまった。
圧倒的なんてレベルじゃない……。
あの幻のSSSランクにカテゴライズされる神話級の魔物を……
護衛兵や元Sランク冒険者のライネルが必死に戦ってなお傷の一つすらつけられなかったヘカトンケイルを……
まるで赤子の手をひねるかの如く、目の前の青年は無力化してしまった。
一連の出来事を見ていた私はここでも遺憾なく恋愛脳を発揮して、私の貴公子様が現れたーー、モノにしなくてはと決意を胸にした。
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「あ……、貴方は一体……?」
目の前の光景に圧倒されていたライネルがいまだ信じられないように口を開いた。
まったくーー、命の恩人に向かってなんたる態度ですか、ここは私の出番ですね。
そう考えた私は馬車から降りて、丁寧にお辞儀をしてから口を開いた。
「危ないところをありがとうございました。私はエーデルノヴァ子爵家のシンシア=サラ=エーデルノヴァと申します。貴方様は見たところ良家の御子息とお見受けしますが……、お名前を聴かせていただけませんか?」
そして丁寧にご挨拶をして、可能な限り可愛らしく思っていただけるような仕草をとった。
お父様、お母様からの太鼓判も頂いている動作だ。
この私の美貌とあわさってこれで魅了されない殿方はいないはず。
「……ライゼルフォード公爵家、ルータス=エヴァン=ライゼルフォードだ」
そう思っていたのに……
目の前の青年は顔を赤らめるどころか些かぶっきらぼうに自己紹介を終える。
少し自分の美貌に対するプライドが傷付くが、我慢して口を開いた。
「……ルータス様、僭越ながら貴方様とお近づきになりたく存じ上げます」
そう私は言い切ると、殿方専用の花開くような笑顔でルータス様を落としにかかる。
これが運命の出会いとなって……、私の素敵な旦那様になる方かもしれませんからね。
なのにーー
「結構だ」
先程のぶっきらぼうな態度から引き続き……、私に恋に落ちるどころか興味すらなさそうにルータス様は短く拒絶の言葉を発された。
これには流石の私も理解が追い付かず、思わず聴き返してしまった。
「なっ……? 今なんとおっしゃいましたか……??」
「結構だと言っている」
再度聴き返しても返答は全く同じだった。
そんなと私は一旦ショックを受けるが、すぐに心当たりのある理由にたどり着いた。
「子爵家令嬢如きの私では御不満……、ということですか?」
彼は公爵家の御子息、私は子爵家の令嬢。
例え貴族同士といえども、身分の差は確かにある。
きっとルータス様は身分の差を相当重視される方なのだろう。
それなら自分の美貌がルータス様に通用しなくても仕方ない。
そう考えると彼とお近づきになれないということに悲しみを覚えたが、すんなりと彼の反応に対する理解は出来た。
そう思っていたのに……、彼からの返答は予想の斜め上を行くものだった。
「貴女方はヘカトンケイルに襲われ絶命寸前だった、故に手助けしたまで。それ以上でも以下でもなく貴女に恋慕の情を抱いたわけでもましてや下心を持って近づいたわけでもない、それにーー」
「男は皆が皆、美しいだけの女に惚れると誤解なされぬよう」
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くそう、やられた。
あのように素敵なボウ・アンド・スクレープで微笑みかけられて平気な貴族令嬢がいるものですか。
ずるい、ずるい、ずるい、ずるい……
あんなの……、あんなのって……
私の美貌で貴方様を骨抜きにして差し上げようと思っておりましたのに……
これではミイラ取りがミイラですね……。
いいでしょう、今回は私の負けです。
しかしいずれ貴方から私に求婚させてみせましょう。
貴方は言いましたね、男は皆が皆、美しいだけの女に惚れるとは限らないと。
よろしいですわ、ならば美しい私が剣術の素養を身に着けたならばどうでしょう。
見たところルータス様は魔法使いのようですし、私の剣で貴方様のハートも仕留めてみせますわ。
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----そんな風にあの頃は決意してたっけ。
取り残された私は、セレナお嬢様に力一杯蹴り尽くされて流血している顔を触りながら回想していた。
自分で言うのもなんだが、私はあの日から努力に努力を重ねた。
圧倒的実力で私を助けてくれたルータス様をなんとか振り向かせたいと、おざなりにしていた剣術の稽古も毎日厳しい修行に耐えながら行った。
相変わらず暗に無才と評されていた私でも血の滲むような努力を重ねて、冒険者として帝都のギルドに所属後Aランク冒険者の称号も得た。
その実績とたゆまぬ努力を買われて齢15にして、皇女殿下直属の護衛騎士団長にまで就任できた。
それにあの頃よりもずっと大人っぽくなり、美しさに磨きもかけられたと自負している。
ーーなのに、なんだろうなこのザマは。
私はステラヴィゼル家の圧力に怯え、豚の様に鳴いてセレナお嬢様に媚びを売りながら恐怖から逃げるように、下品に舌を蠢かせてお嬢様の靴を舐め上げた。
惨め極まりないにも程がある。
そんなことをしてまでも私は助かりたかったのだろうか。
子爵家令嬢シンシア=サラ=エーデルノヴァの名はそんな安いモノだったのだろうか。
わからないーー、本当にもう何もかもがわからない。
そもそも私は何故こんなことをしているのか。
何故こんなつらい思いをしてまで護衛騎士団長など務めているのだ。
もういいじゃないか、私は十分努力した。
私はあの頃より更に、ずっと美しくなった。
そうだ、マリーゼ皇女殿下に辞職を願い出よう。
そうしてあの頃の予定通り、伯爵家あたりの貴公子様に娶っていただければいいではないか。
こんなつらい思いをしてまで、こんな惨めな思いをしてまで私は何のために頑張っているんだ。
もういい、もういいんだ。
ルータス様も結局あの後すぐに行方不明になってしまったとかでーー
もう三年はお目にかかれていないじゃないか。
そうしてすべて諦めれば楽になれると思った私からは自然と乾いた笑いが出始めた。
あぁ、これでいいんだ、これでーー
「ーー本当にそれでいいのか?」
そうすべてを諦めかけたその瞬間だった。
先程の黒衣の仮面を身に着けた男が現れたのはーー
いったい黒衣の仮面は誰なんだ……(デジャヴ感)
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