皇女護衛騎士団長シンシア=サラ=エーデルノヴァ①
--無能、無才、能無し。
どれも私を評する言葉だ。
子爵家令嬢として生を受けた私は容姿端麗だったこともあり、両親から寵愛を受け、何不自由なく毎日を暮らしていた。
身の回りの世話はメイドがなんでもこなしてくれた。
欲しいものは両親がなんでも買ってくれた。
無理難題は執事のライネルがなんでも聴いてくれた。
贅沢、我儘、身勝手の限りを尽くしても誰一人として注意する人物はいなかった。
傲慢な私は、自分はそういう星の下に生まれた特別な存在なのだと常日頃考えていた。
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12歳になった。
己が才能を伸ばすために専門の学院へと進学する時期だ。
ヴェルビルイス帝国は魔法、剣術を奨励していたため、冒険者として活躍することまで考えなくとも嗜みとしてどちらかの技術を身に着けておくのが一般的だった。
そのため、ほとんどの学院は魔法か剣術どちらかを専門的に取り扱い、教育機関として名を馳せようと努力していた。
当然、学院入学に備えてエーデルノヴァ家嫡女の私も幼い頃から教育を施された。
なのに私は魔法、剣術のどちらも才覚はゼロだった。
何人の家庭教師がお役御免になったかわからない。
あの先生でもだめだーー、この先生でもだめだーー
両親はとっかえひっかえ私のために先生を用意してくれたが全てが徒労に終わった。
それでも私は子爵家令嬢という立場だったので、名目上は家庭教師の実力不足ということで事が済まされた。
懸命に教えてくれた家庭教師側も貴族の御令嬢が無才だったと言えるはずもなく、自身の実力不足が原因であるとして、特に事を大きくすることもなしに家庭教師の任を退いた。
そんな状況であるにも関わらず、私に危機感は皆無だった。
私は子爵家令嬢で見てくれも良い。
魔法や剣術の素養がなくとも、伯爵家あたりの貴公子様が放っておくはずがない。
眉目秀麗な貴公子様に娶られ、今まで通り何不自由ない生活を送り、優しい旦那様との間に可愛らしい子を成して幸せに暮らすのだ。
そんな風に考えて、己が幸せを一片たりとも疑わなかった。
そうして魔法、剣術のいずれも未熟極まりないまま、魔法学院と剣術学院のどちらを選ぶか決定する時期へと差し掛かった。
どの道使わない素養だからどちらでもいい、エーデルノヴァ領から出来るだけ近い学院を選べばいいかーー
その程度に考えていた私だったがーー
運命を変えたのは、その数日後の出来事だった。
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私はいつもの様に帝都で大好きな洋服のショッピングを済ませて、エーデルノヴァ領へ通じる森の中を馬車で移動中だった。
お目当ての洋服を買い付けることに成功した私は上機嫌であり、一刻も早くお父様とお母様へ見せつけて褒めて貰いたいと考えていた。
そう、私は可愛いのだ。
だからこそ魔法や剣術の才能がなくとも皆から愛され、幸せに生きることが出来る。
そうだ、お父様にお強請りしてエーデルノヴァ領に刺繍専門の学院を創設して貰おうかしら。
可愛い私の頼みなら聴いてくださるはず。
それに刺繍も貴族の嗜みのひとつ、何も問題はないわ。
そんな風に自分勝手な考えを巡らせ、我ながら天才的なアイデアだと自己評価した。
可愛らしいお洋服も手に入れた、私の進むべき学院も決まった。
今日はなんていい日なのかしらーー
私は更に上機嫌になり、意図せずとも口角が上がるのを感じずにはいられなかった。
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--が。
完全に浮かれ切っていたその瞬間だった。
突如馬車ががつんと急停止した。
急停止とともに私は前のめりになってしまう。
なによ、人がせっかく上機嫌のときにと文句の一つと言わず沢山言ってやろうと、息巻いて馬車から顔を出したがーー
そこで目に入ったのはーー
三つの頭と無数の腕をうねらせる青紫色の超大型巨人、ヘカトンケイルだった。
「ばっ……、ばかな!?!? 何故帝都周辺の森なんかに!?!?」
「狼狽えるな! シンシアお嬢様をお護りするのだ!!」
怯える護衛兵達。
護衛兵達に命令して臨戦態勢をとる私の執事ライネル。
しかし、一人の例外もなくその表情からは焦りが見えた。
それもそのはず、ヘカトンケイルといえば幻のSSS級にカテゴライズされている神話級の魔物だ。
魔物との戦闘を経験したことがない私でも本で知っている程だ。
だがたとえ現れるにしても帝都が危険区域に指定している地域のはず。
帝都周辺の小さな森なんかで現れるような魔物では決してないのに……
そうして私達が狼狽しきっていると、ヘカトンケイルが巨体を物ともせずに風を切るかの如く此方へ猛進する。
一兵、また一兵とヘカトンケイルの腕で殴殺されてゆく。
護衛兵達は剣や弓で応戦したが、ヘカトンケイルの皮膚には傷一つ付けられず絶命していった。
やがて見るも無残な姿で護衛兵達は全滅して……、残されたライネルのみが奴と対峙した。
彼女は元冒険者であり、現役時代はSランクで高位の氷雷魔法使いだったがーー
「万物を貫き通す氷柱よ、我が敵を穿て!」
ライネルが詠唱を終えるとヘカトンケイルに無数の氷柱が襲い掛かるが……、皮膚を貫通させるどころか突き刺すことすらかなわず、ぼとぼとと一つ残らず大地へ落ちた。
「くっ、ならば……ッ! 聖なる大雷よ、我が敵を焦がし尽くせ!!」
再びライネルが詠唱を終えると彼女の突き出した右手から大きな白雷がヘカトンケイルへと襲い掛かるが……、今度も奴の皮膚に火傷すら負わせることが出来なかった。
その様子を見て、ライネルが絶望して放心する。
力の差は歴然という言葉にも程があり過ぎた。
まるで象に蟻が挑むかのような無謀極まりない力の差。
一方でこんなものか、もう終わりかと言わんばかりのヘカトンケイルがにやりと笑う。
渾身の氷雷魔法を放ってもヘカトンケイルには全く通じていなかったのだ、当然の反応だろう。
あぁ、もう絶対に助からないわ……。
帝国に十名程しかいないSランク冒険者だったライネルですら歯が立たないんだもの……。
こんな奴に勝てる人なんてこの世に存在しない。
もう誰もーー、誰も助けに来てくれる人なんていないーー
私はそんな風に考えながらも、ただただ震えながら助けを願うしかなかった。
この期に及んでも他人依存の甘ったれていた私は、まだ素敵な旦那様と幸せな生活を過ごしていないのにーー、とこの状況でも聴く人が呆れかえるような恋愛脳ですらいた。
笑ってしまう程に自己中心的であり、重度の他人依存症だった。
そうしてついに、奴の無数の腕が無慈悲にライネルを襲うーー
シンシアお嬢様、申し訳ございませんーー
そう小さく呟きながら彼女は眼を閉じて覚悟を決めた。
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まさにその瞬間だった。
突然ライネルの周囲に眩い光が浮かび上がり、何故だかヘカトンケイルの繰り出した腕が一つ残らず消し飛んでしまったのだ。
ーーグ、グォオオオオオオオオオオ!?!?!?
大地を揺るがす程、ヘカトンケイルの悲鳴が周囲に響き渡る。
ヘカトンケイルは切れた腕から大量に出血している。
何が起こったのかわからず、私もライネルも困惑していると木々の向こうから何者かが現れた。
「危なかったな、だがもう安心していい」
男は右手を私たちに向けながらそう一言言い放った。
年齢は15歳くらい、美しい顔立ちにどこか大人びた雰囲気を醸し出す、貴族と思われる立派な身なりをした青年だった。
これが私の運命の出会いだったーー
一体男の正体は誰なんだ……(すっとぼけ)
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