公爵家嫡女セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼル①
ーー千年後 ヴェルビルイス帝国領内
それは青天の霹靂だった。
ヴェルビルイス帝国一の名門、ステラヴィゼル公爵家嫡女セレナ=ルイーズ=ステラヴィゼルは、同じくヴェルビルイス帝国皇女殿下マリーゼ=ハインケル=ヴェルビルイスから招集がかかり、彼女が寄越した護衛騎士団に護られながら馬車で移動中だったがーー
道中の森で突如として現れたヘルハウンドの群れに、なす術もなく護衛の騎士団は壊滅したのだ。
騎士達は勇敢に戦ったが一人、また一人とヘルハウンドの強靭な爪や牙で引き裂かれる。
怪我を負って動きが鈍った者から雲霞の如く群がられ、見るも無残に喰い散らかされてゆく。
残る戦闘員は数名の騎士と騎士団長であるシンシア、そしてセレナの執事であるフランのみ。
一方でヘルハウンドはフランが始末した馬車付近の数体以外は無傷。
それもフラン以外はハァハァと息を荒げ、満身創痍で立っているのもやっとのことだった。
再度、隊伍を組んでヘルハウンドが迫り来る。
カテゴリーA級に分類される魔物が連携して襲い掛かってくるのだ。
王女直轄の騎士団といえども初の体験であり、翻弄されて次々と命を落としてしまった。
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とうとう騎士団の生き残りはシンシア一人となってしまった。
馬車付近のフランにも多数のヘルハウンドが襲い掛かったが、彼女の周囲に差し掛かった瞬間、目にも止まらぬ剣技により一匹残らず無数の糸状の閃光が走ってバラバラにされてゆく。
しかし圧倒的な力を持っているフランは、シンシアを全くもって手助けしなかった。
そのため、防戦一方だったシンシアもついには崩れて地に伏してしまった。
そこへヘルハウンドに群がられ可憐な美少女騎士が絶命するーー
そう思われた瞬間だった。
突如どこからか黒衣を身に纏った仮面の男がシンシアの目の前に現れたと思いきや、男はばっと両手を左右に広げた。
すると一瞬にしてヘルハウンド達の首がぼとぼとと血を吹き出しながら落ちてゆく。
その光景を見て唖然としたセレナは馬車を降りて男と対峙する。
そしてゆっくりと口を開いてゆくーー
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「……何者ですの、貴方」
月明かりの下ーー
黒衣に身を包み、仮面で顔を隠した男が問いかけに反応して、悠然と振り返りゆっくりと口を開いた。
「初めましてステラヴィゼル卿、今宵はどこまでも良い月だな」
男は仮面の下に笑みを浮かべながら慇懃に一礼するのみで返答はしなかった。
「貴方はどなたですのッ!?」
セレナが男に苛立ちを覚えながら問いただすがーー
「ほほぉ……、成程、成程。外観だけは秀逸なようだ。だが内面は地を這いずり糞に群がり散らす蛆にも劣る程醜悪か。また会おうステラヴィゼル卿、ここはまだお前の死に場所ではない」
男は考えうる限り最低の罵詈雑言を並び立て、吐き捨てるように言い放った。
そして男は黒い霧へと姿を変貌させ、後には何一つとして残らなかった。
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「セレナお嬢様……ッ! お怪我は……、お怪我はありませんか……ッ!?」
一連の出来事が終わると満身創痍の身体を鞭打つように、よろよろとセレナの前にシンシアは跪いた。
深々と頭を下げ、恐怖に震えながら彼女は発言を待つ。
「……チッ……、己の無能ぶりでも主張しに来たんですの……? そのざまでよく皇女殿下直轄の護衛騎士団長なんて務まりますわ……ねッ!!」
セレナはそう言い捨てるとシンシアの美しい銀髪を鷲掴みにして、力いっぱい大地へと叩きつけた。
「ぐッ……あぁッ……!!」
シンシアは顔面から流血して、あまりの痛みに声を漏らす。
「無能、無能、無能、無能ッッ!!! どうしようもなくッ! ひたすらにッ!! 只の一片の曇りもなく無能なお前がッッッ!!! ステラヴィゼル公爵家令嬢の私と同じ言語を用いるなど、甚だ不快で厭わしいッッッ!!!!!」
「が……ぁッ、うぁ……ッ!」
セレナは罵りながら、シンシアの美しい銀髪の頭、整った顔を何度も何度も踏み下し、蹴り倒してゆく。
その度にシンシアの押し殺すような悲鳴と、ごつりと骨と地面がぶつかる鈍い音が静寂な夜の森に響いてゆく。
十、二十、三十回と--
五十を越えたところでようやくセレナは暴行を止めた。
その頃にはセレナの靴が、シンシアからの大量の返り血で朱に染まっていた。
そしてやっとのことで暴行から解放されたシンシアは、地に這いつくばりながらも目線だけで抗議の色を示すがーー
「……なんだその睨め付けるような反抗的な眼は」
「…………ッッッ!!」
ギロリとセレナが蛇のように睨み付けると、シンシアは竦んで押し黙ってしまった。
そしてーー、シンシアの地獄はまだ終わっていなかった。
「あら、靴が血で汚れてしまいましたわね……、ほら卑しい卑しい牝豚。舐め上げて綺麗になさい? 豚のように鳴きながらね」
「…………ッッッ!?」
自身の頭を抑えていた足からやっとのことで解放されたシンシアは、その奴隷娼婦に行うが如き屈辱的な要求に絶望する。
「……断るのならばこのステラヴィセル家に楯突いたと見なし「や、やらせていただきます!」t……、そう? なら早くなさい」
そう懇願するように見上げる彼女からは、普段の凜として見る者を魅了する華麗な姿はとても想像出来なかった。しばらくの躊躇と逡巡の後、ちろりと可愛らしい赤い舌を出した彼女はおそるおそるセレナの靴へと顔を近づけーー
「ぶ……、ぶひぃ! れろぉ……ぶふぇ……あむぅ……、ぶひぃ……ッ」
豚のように返事をしてから、嫌々愛おしむように彼女の靴へと吸い付き始めた。
そうしないと何をされるかわからないと怯えながらも嘔吐きながら耐え忍び、自らの鮮血を丁寧に舐めとってゆく。
しかしそんな彼女を待ち受けていたのは更に残酷な言葉だった。
「なんだか豚らしくありませんわねぇ……、この雌豚は私の命令が聴けないのかしらフラン?」
「そのようですね」
そうしてフランが冷徹な面持ちで剣先をシンシアへと突きつけるとーー
「ひっ……! ぶ、ぶひ!! ぶひひひぃ!!! ぶふぃ……れろぉ……あむぁ……ぶ、ぶひぃ!!!」
シンシアは先程より必死に、媚びる様に豚真似を強調しながら下品に舌を動かして血を舐めとってゆく。
「……ふん、下品な雌豚ですこと……、まぁいいですわ。フラン、先程の黒衣の仮面の男、何か知っていますこと?」
「……恐れながら。ですがあの実力です。国内の者であればステラヴィゼル家の情報網にかからないはずがございません」
「とすればやはりハーヴェンブルクの刺客……、と考えて良いのかしら?」
「そう思われます」
その一言でセレナは黙考した。
ハーヴェンブルク征服を企てるステラヴィゼル家勢力に敵う者はこの国にはいない。
私が殺されれば報復として一族郎党皆殺しにあうのは目に見えている。
よって先程の男はハーヴェンブルクからの刺客という可能性が高い。
だが何故だ?
それならばたった今私を亡き者にすればよかったはず。
そうすればステラヴィゼル家に対するハーヴェンブルク征服の牽制にもなっただろうに。
報復を恐れた? --いや違う、それならばもっと穏便な方法をとるはず。
護衛のフランに怖気づいた? --それも違う、そんな素振りは奴からは見受けられなかった。
それに何故奴は私達をヘルハウンドの群れから護った?
さらに奴が言った”ここはまだお前の死に場所ではない”とはどういう意味なのか……。
謎は深まるばかりだがいつまでもここに佇んではいられない。
そう考えた私は馬車へと乗り直し、ヴェルビルイス城へと向かった。
そこで再度、先程の黒衣の仮面と対峙して、あの男に驚愕することなど知らずにーー
凶悪な悪役令嬢登場、次回、救いの手はあるのだろうか……?(盛大な前振り)
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