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英雄姉を好む  作者: 七歌
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一章『姉と、日常。』その7

 時間は経って、放課後。


 昼食時に最善案が出た上、放課後にはいやしと二人きりで買い物に行けるということで、冬夏は授業中から気分は上々といった具合だった。

 どのくらい上場だったかというと、授業が適当な教師の時間が二時間続いたため、いやし観察を二時間ぶっ続けでやるくらいにはハイテンションだった。

 おかげで左目の奥のあたりがちょっと痛い。

 だがその痛みすらも快感にかわってしまいそうなほどの気分でいた――のに。



『侵入者だ』



 春秋からの一本のメール。

 よし下校しようと、鞄を持って教室を出ようとした折に震えたスマホに嫌な予感はしていたが、中身を見ると予想以上に嫌な内容だった。



『場所は第一体育館裏。いやしの方には俺が近くについておく。部活動が始まる前に、来夢ちゃんと一緒に捕らえに行け』



 ――クソ兄貴め!


 どうすればこう、絶妙なタイミングで水をさせるのか教えてほしいくらいだと心の中で愚痴を吐いていると、先に席を立っていた来夢がドアの近くで小さく声を投げてきた。



「早く。ちゃっちゃと片付けないと」


「ああ、わかってる」



 クラスメイトたちの間をすり抜けて、来夢と共に教室を出る。



「冬夏、カードある?」


「ちょい心もとない。適当にいくつかくれ」



 早足に廊下を行きながら、来夢から長方形のカードを数枚受け取る。


 来夢の能力、『創り札』。

 描かれている武器を短時間実体化できるカードを作る力。その産物だ。

 今朝がた不審者を倒す時にも、これによって手袋を作り出して使用した。

 見た目はカードだから学校で平然と取り出していても特に怪しく思われないし、便利な力である。


 受け取ったカードに描かれた武器の内容を確認し、ポケットに仕舞ながら、二人は下駄箱の所で靴を穿き替え外に出る。

 ちらりと横目に見ると、部活に向かう学生たちが、下駄箱から部活用の靴を取り出したりしていた。

 人目につかないうちに片付けなければと、二人は外に出た瞬間全速力で走りだした。


 二つある体育館の内、造りが新しい第一体育館の裏側へと急ぐ。

 まだ体育館の中に人の気配はない。そのうちバスケ部あたりが騒ぎながら練習に励み始めるのだろう。


 冬夏や来夢の人生にはおそらくない、普通に青春っぽいことを繰り広げるのだろう。

 それを不幸とは、冬夏は思わない。

 好きな人を守れるならば、好きな人のために毎日を過ごせるならば、それはきっと、普通の青春と同じくらいの価値はある。



「着いた――けど、居なくない?」


「探すだけだろ。――開け!」



 冬夏は能力で『視点』を生み出し、両目では発見できないような部分まで細かく周囲を観察する。

 いきなり視界が昆虫の複眼のようにバラけたように感じられたが、冬夏にとっては慣れた事だ。


 飛ばしている視点の分を含め、頭の中で四つ分の目の画像処理が行われ、その負荷からわずかに体温が上がる。

 実際に負担がかかっているのは脳なのだが、錯覚でも起こしているのか、両目がうっすらと赤く染まっていく。

 しかしそれでも平然とした表情で、冬夏が四つの目で周囲を観察した結果――『異変』を見つけた。



「……っ?」



 最初はわずかな違和感だった。景色が、歪んだ気がしたのだ。

 しかも、来夢のすぐ後ろにある体育館の壁が。

 生み出した『視点』を移動させる。

 揺らぎが見えた体育館の壁、それを垂直に上から見下ろすように。

 すると、そこには。



「ビンゴ……!」



 その視点に映ったものに、にやりと冬夏は口元をゆがめた。

 垂直に上から見ると、壁際の異変は明確。明らかに、壁が人の形に盛り上がっている。



「来夢! 後ろの壁だ!」



 冬夏の声に白く塗られた壁が、そこに隠れた人間が震えたのがわかった。

 だが、遅い。

 いつでも反応する準備を整えていた来夢と侵入者では、反応速度が違う!



「『スタンロッド29』!」



 来夢がブレザーのポケットから取り出したカードに印刷された名前を呼びながら、壁に向かって、まるで剣士の居合のように腕を振りぬく。


 途端、カードはその質量を変化させ、高圧電流が流れる警棒へと変化した。


 長さにして五十センチほどの得物が、勢いよく壁と同化していた侵入者を打った。

 痺れたせいか、派手に転げる侵入者。

 壁との同化に使用していたらしいなんらかの能力が解除されたのか、ぱらぱらと地面にうろこのようなものが落ち、人の姿が露わになる。


 防弾チョッキなどを着こんだ、学校と言う場所には不釣り合いな黒づくめの男だった。

 顔にはドラマなどで銀行強盗がかぶっているような、目の部分だけ穴が空いたマスクをしている。

 よく見ると夜間迷彩の服だ。



「昼間に夜間迷彩なんて、意味ないことするもんだな!」



 追撃をかけようと、冬夏は荷物を投げ捨て、来夢の横をすり抜けて、拳を前で構えながら侵入者へと近づく。

 だが、それに反応してすぐさま侵入者の男は体勢を立て直して逃走を図ろうとした。

 よく見ると、打撃のダメージは受けているようだが感電はしていないようだ。

 筋肉の不自然な痙攣などがない。

 しかしそれでも動きは精彩を欠いている。あと一歩というところまで近づいた冬夏は、スライディングで足元を掬おうとする。

 しかし、男はそれを転げて避けた。さらに、応戦する気なのか冬夏に向かって拳を構える。冬夏もすぐさま立ち上がって構えると、来夢も後ろから警棒を構えてやってきた。



「冬夏!」


「いい、おれ一人で足りるから。一応人が来た時のために警戒だけしておいてくれ」



 制服のポケットから、来夢の作ったカードを取り出す。そこに描かれているのは、手袋だ。

 強靭な繊維で編まれた、特殊な手袋。朝に使ったものと同じ。



「『ハンドガード58』」



 そこに描かれた名前を呼んだ瞬間、冬夏の両手に手袋がはまる。

 いつも通り、冬夏の手のサイズに合わせたピッタリな作り。

 来夢の丁寧な仕事に感謝しつつ、二・三度手のひらを開閉し、侵入者を睨みつけた。



「――来い。姉ちゃんとの大事な放課後に泥水さしてくれた礼は、きっちり百万倍で返してやるぜ」



 挑発に、構えた男はやや身を低くして突進してくる。

 徒手空拳かと思ったが、走りながら折り畳みのナイフを取り出していた。

 体のバランスから、重たい銃器の類は持ち歩いていないように見えたが、一応警戒しつつ向かってくる男を冬夏は見据える。


 相手はナイフこそ構えているものの、その目は冬夏ではなく背後の逃走経路を見ている。

 一刺しして怯んだら、再び能力で隠れて逃げ切るつもりなんだろう。

 そうはさせるかと、当かは頭の中で対処を組み上げる。


 そして冬夏は、男に向かって勢いよく、突然の動きで前進した。

 軽い『構え』程度の状態から、前に倒れ込む様な動きからの大きく素早い一歩。

 冬夏よりも身長がある――やや前かがみの体勢でも、冬夏と同じくらいだ――の男の懐に潜り込むのは、動揺を誘えば一瞬で完了した。


 肩の横をナイフがすり抜ける。その手首を左手で掴み、右手は男の喉へ。

 ぐえ、と潰れたカエルのような声が相手の喉から出るのを聞きながら、反撃される前に冬夏は軽く跳躍するような動きで、左ひざでナイフを握っている右ひじを逆方向に『蹴り曲げる』。



「っ、い、~~~~!?」



 冬夏の右手で喉を握られているせいで、声にならない呻きが男の口から漏れた。

 だが、まだ、まだ。

 相手が意識を失うまで、冬夏は手を緩めない。



「師匠直伝――」



 喉を握りつぶすほどの握力で、男の頭を引き寄せる。そのまま、勢いよく自分の額にカチ当てた。冬夏の頭にも、ジン、と頭の芯まで抜けるような痺れと痛みが一瞬走る。

 しかしそれらを無視して、右手を喉離して冬夏は追撃をかける。

 側頭部に左拳でフック、さらに揺らめいたところを狙って股間を蹴りあげた。



「――三段殺し。……半殺しバージョン」



 ショック死しないように最後の一発は多少力を抜いたのだが、それでも男に対して効果は絶大だった。

 倒れ込む痙攣する男はマスクの中で戻したのか、黒いマスクはすっぱいにおいのする胃液でさらに黒く変色している。



「うえ。ちょっと、ゲロらせないでよ。片付けるのあたしなんだからさぁ」


「ごめん。ちょっといらついてたもんだからつい」



 鼻をつまみながら近づいてきた来夢が嫌そうな顔をしながら男のマスクを剥いで、慣れた手つきで手足を拘束する。

 そして人目につきにくい植木の影に運ぶと、カードを取り出した。



「『迷彩シート68』。……よし、これでいいかな」



 大き目の迷彩シートで覆って、隠ぺい完了。

 ついでに回収担当の人間に連絡を入れれば、それで終了だ。



「はぁ。まったく、朝に続いて放課後にもって、今日は忙しいったら」


「物騒なやつらがまとめて動いてるのかもな、久しぶりに」



 疲れたようにクセっ毛の生え際を掻く来夢に、冬夏も心配そうな表情で言う。

 大抵は一か月に一・二回襲われれば多い方なので、一日に二回も襲撃があるというのはなかなか珍しいというか、大きな事件が起こる予感を感じる。

 しかし来夢の方はそう単純には考えていないらしく、思案顔で呟いた。



「それにしては、後詰もないし……妙な感じなのよね。手が薄すぎっていうか……なんだろ。ヤな感じ」


「偶然どっかの馬鹿の考えが被って襲いに来たとかか?」


「うーん……そっちの方があたし的にはしっくりくるんだけど……ま、自白剤打って聞き出せばわかることだわ」



 さらっと怖いことを言う。

 来夢はこう見えても拷問(する方)慣れしているのだ。


 以前ちょっと喧嘩してしまった時、部屋に閉じ込められて『ごめんなさい』というまできつい拷問を受けた時のことを思いだして冬夏はわずかに身震いする。



「そ、そういえば、今朝捕まえたやつは? なんか情報出たのか?」


「一応犯行理由は吐いたって言ってたけど、お金と引き換えに襲ったって話らしいわよ。俗に言う『鉄砲玉』ってヤツ? 今捕まえたやつも似たような感じじゃないの、多分だけど」


「誰か使ってるヤツが居る?」


「さぁね。……ところで冬夏、そろそろいやしさんと合流しなくていいの」



 あ、と冬夏はすっかり忘れていたという風に声を漏らす。いやしを守るため相手の正体を探るのに真剣になるのは致し方ないとはいえ、そのためにいやしと買い物するという大切な時間を減らすことになっては本末転倒。



「悪い! 後任せていいかっ?」


「今度喫茶店じゃなくって、お昼ごはんおごってよ。デザートもつけてね」


「お安い御用! 頼んだぞー!」



 勢いよく地面を蹴って、放り投げていた荷物を掴み取り、冬夏は一目散にいやしが待っているであろう校門へと走る。


 背後で小さくため息をついた来夢にはさっぱり気づかず、今行くよー! と熱く叫びながら。


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