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英雄姉を好む  作者: 七歌
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一章『姉と、日常。』その6

 昼休みは、いつもいやし、春秋とともに昼食をとっている。

 集まる場所は家庭科室。いやしが家庭科の教師と仲がよいため、鍵を自由に借りられるからだ。



「こんにちはー」


「姉ちゃん、きてるー?」


「あ、いらっしゃーい」



 家庭科室に入る。すると、一人で椅子に座って本を読んでいたいやしが顔を上げた。

 しかし、本当ならば一緒にいるはずの春秋の姿がない。



「あれ? 姉ちゃん、兄貴は」


「んー、なんか用事があるって。一回ここまでは来たんだけど、すぐどっか行っちゃった」


「仕事しろよアイツ……」



 つい、ぼそりと不満が口をついて出る。

 学校には他にも数名もぐりこんでいる『帳』の人間がいるから、普通に街中を一人で歩いたりするよりは相当安全とはいえ万が一ということもあるというのに。



「そうかっかしなくてもいいんじゃない?」



 しかし、先にいやしの前の席に座った来夢は何かに気付いたようで、冬夏のことをいさめながらその手に握り込んだものをこっそり見せる。

 その手の中には、机の下に隠してあったらしい小型のカメラがあった。

 おそらく春秋が仕掛けたのだろう。

 一つだけではないだろうし、部屋の中にいくつかあるに違いない。


 なにかあったらカメラを見てすぐにかけつける、というわけだ。



「ホンット兄貴はもうなぁ」



 どすん、と少し乱暴に背もたれの無い丸椅子に腰を下ろす。

 それを見て、本を仕舞いながら弁当箱を出していたいやしが首をかしげた。



「また春秋くん、なにかした?」


「いや、なにもしてないんだけど。

なにもしてないのがむかつくっていうか、こう、『一言あるだろ!』みたいな感じって言うか……うん、ごめん、いやし姉ちゃんに説明するのは難しい感じ」



 胸の内にわだかまるもどかしさを伝えるためにジェスチャーも交えるものの、余計に不思議そうな顔をされただけだった。

 隣に座っていた来夢はくすりと冬夏の行動を笑うと、でも、と言葉を続ける。



「ちょうどいいんじゃない? 春秋さん不在なのは。いやしさんにも相談出来るじゃない」


「え、姉ちゃんにも相談するの?」


「だってその方が――ああっ!?」



 突如声を上げる来夢。何に気付いたのか知らないが、がっくりと肩を落として机に突っ伏す。



「……デート……喫茶店でデートが……ここで相談したら意味ないじゃん馬鹿ぁ……!」



 ごしょごしょと何事かつぶやくが、冬夏の耳にはちゃんと聞こえない。

 とりあえずなにかショックなことがあったようなので放っておいて、冬夏はいやしにも相談することにした。



「いやし姉ちゃん。実はちょっと相談があるんだけど」


「うん、なぁに?」


「春秋……兄貴のことで。

今よりちょっと、ほんのちょっと仲直りしよっかな、とか思ってるんだけど、さ。

どうすればいいと思う?」



 おずおずと言うと、いやしは少しだけ驚いたように目を見開いて、それからふわりと嬉しそうに微笑んだ。



「ふふ、いいね、そういうの。賛成だよ、すっごく賛成。

でも……確かに難しいよね。いきなり仲直り、って。具体的には、どのくらい仲直りしたいの?」


「口を開いても悪口を言わない程度に?」


「そのくらいなら、簡単……かなぁ?」



 うーん、と考えながらいやしは弁当箱を開いておかずを一口。

 冬夏と来夢も、いやしの行動をなぞるように、弁当を食べ始めた。


 三分の一が冷凍食品、三分の一があまりもの、残りが朝新しく作ったもの、といういつものお決まりパターンの弁当だが、毎日ほぼ違うメニューなのでいやしの弁当はいくら食べても飽きない。

 一度食べ始めると相談を忘れて食べるのに集中してしまう。


 冬夏がぱくぱくと次から次へと弁当の中身を腹に収めていると、不意にいやしが箸を止めてじっと冬夏の方を見た。



「一ついいこと思いついたかも。

……男の子から男の子にやって意味あるのかっていう疑問は、ちょっと残るけど」


「はひ? へへひゃん」


「食ってから話しなさいよ」



 来夢に注意されたので口の中のご飯を一気に飲みこむ冬夏。



「で、なに? 姉ちゃん」


「あたしも気になります。男から男にやって意味があるのかどうか……って、どういう意味ですか?」


「今、冬夏が美味しそうにごはん食べてたから。

それで、夕飯を作って食べさせてあげるのはどうかなー、と思って。

それで食べてもらってから、これから悪口言うのは控えようね、って話をしてみるとか」


「うーん。兄貴がおれの手料理なんて喜ぶかなぁ」



 レシピを見ながらなら料理くらいは出来る冬夏だったが、それを春秋が喜ぶか否かと言われると、確実に否な気がする。


 立場を逆にして考えてみれば一発だ。

 春秋がいきなり、ちょっと豪勢な夕飯を作る。

 なにか仕込んであるんじゃないかと、冬夏なら確実に疑うだろう。

 これで相手が笑顔だったりした日には、『こいつ今日おれを仕留める気か』と食事どころではない。



「じゃあ、半分私が手伝うとか、どうかな?」


「姉ちゃんが?」



 頭の中で再びシュミレートする。

 笑みを浮かべた春秋が、いやしと一緒に作ったんだ、といいながら豪華な料理を――



「……」


「ちょっと、黙っちゃってどうしたの冬夏。顔面が面白渋面になってるわよ」


「いや、なんか。兄貴に強烈な殺意を抱いてしまいそうな妄想をして……」



 ……いや、待てよ?


 冬夏は一度冷静になって、心の中に浮かんだ苦い妄想を、逆の視点から考えて見る。


 すると、いやしと作ったという大義名分があることによって春秋は冬夏にきつくあたることが出来ず和解案を自動的に飲むことになる上に、いやしと共同作業をしたのだという優越感を得ることが出来るのでは? という考えに至った。


 春秋がいやしのことを結構好いていること前提だが――その点については問題ないと判断する。

 春秋がいやしに自分の事をお兄ちゃんと呼ばせようとしたことを冬夏は忘れていない。


 好意があるから、そういう親しみを込めた呼び方をしてほしいと思ったに違いないだろう。

 よって前提条件はクリア。


 やられたらたまったものじゃないが、やる分にはローリスクハイリターンの最善策が今ここに誕生した。



「――よし! おれ、やるよ姉ちゃん! 姉ちゃんと一緒に夕飯作って、兄貴に嫌な思いさせる!」


「え? えーっと……嫌な思いさせちゃ、ダメじゃない?」


「アンタいったい何するつもりなのよ……」



 苦笑いのいやしと、呆れ顔の来夢。

 しかしそんな二人の表情とは逆に、冬夏は今日一日で一番晴れやかな気分で居た。


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