一章『姉と、日常。』その2
その後は何事もなく食事をとり終えると、各自食器を片づけて部屋に戻り、学校へ行くための荷物をとってきた。
「じゃ、行こっか」
順に玄関を出て、最後にいやしがカギを閉める。
すると、ちょうど隣の家――朝侵入者が通った通路とは反対側の隣家だ――からも人が出てきた。
いやしと同じ制服を着た、いやしよりやや身長が低い少女。
短くしたスカートに、猫の耳みたいに跳ねたクセの強いショートカット。
大留 来夢は、楠城一家を見て、あ、と声を漏らす。
「おはよ、みんな」
「おはよう、来夢ちゃん」
「おはよ、来夢」
「おはよう」
いやし、冬夏、春秋とそれぞれ挨拶を交わす来夢。
自然と並びたって住宅街を歩き始めると、来夢はすぐに冬夏の近くに寄って来た。
もともとややきつめの目じりをさらに上げて、迷惑そうな声音で言いながら、尻をどん、とぶつけて不満をアピールしてくる。
「……ちょっと、朝から仕事させるのはいいけど、適当に放置したままはやめてよね。
片付ける方の身にもなりなさいよ」
仕事というのは、侵入者の『後片付け』のことだ。
来夢もまた、いやしの護衛、そのサポート役を担っているのである。
「悪い、姉ちゃんがちょうど部屋におれのこと起こしにくるところだったから」
「そんないくらでもごまかし利くようなことのために、一般人にバレそうになるような雑な仕事しないでよ」
「なに言ってんだ。いやし姉ちゃんに起こされる朝の至福のひと時をみすみす逃すなんて弟の名折れだろ?」
「アンタが何言ってんだ……ちゃんと仕事しなさいよね、もう」
「善処する」
「善処じゃなくてしっかり対処して」
呆れたような声を漏らす来夢。
少し先を春秋と一緒に歩いていたいやしが、そんな冬夏と来夢を見てふと振り向く。
「来夢ちゃん、もしかして冬夏がなにか迷惑でもかけた? ため息ついてたけど」
「えっ? あ、ああ、いえ、大丈夫です、いやしさん。コイツが困ったやつなのはいつものことなので。それに迷惑ってほどのことはかけられてないですし」
「そう? ならいいんだけど。なにかあったら言ってね? 私からも注意するから」
「いえいえ、あたしも言うことはがっつり言ってますから。……聞いてないのが問題なんだけど」
「おい、ぼそっと人のこと馬鹿にするな。ちゃんと聞いてるだろ」
「アンタはいやしさんの事となると他のこと全部忘れるでしょうが……!」
「そりゃあ、おれにとって姉ちゃんが一番大事だからな」
断言すると、がっくりと来夢が肩を落とす。それに、いやしが苦笑を浮かべた。
「まぁ、大事に思ってくれるのは嬉しいけど、来夢ちゃん困らせちゃだめだよ?
こんなに仲がいい幼馴染の可愛い女の子なんて、なかなか居ないだろうし。大事にしなきゃね?」
「か、可愛い……どうも……」
恥ずかしそうに頬を赤らめる来夢。
可愛いか? という疑問が心をよぎったが、冬夏は飲み込んだ。
少なくとも醜くはないだろうが、冬夏にとって可愛いも美しいもいやしにのみ適応される言葉なのでイマイチあてはめにくい。
昔から見慣れている顔なのもあるだろうか。
まぁ、いやしが言うならば可愛いんだろう――と、納得しておく。
「腑に落ちない顔してるな、冬夏」
春秋がふと振り向いてそんなことを言うが、無視。
腑に落ちない顔なんてしていない。客観的に来夢は可愛いと納得したんだから。
しかし春秋は何も返事しないのが気に入らないのか、隣に来て肩を組んだ。
「返事くらいしろ、義弟」
「近寄んな腐る」
「俺だって別に近寄りたくはない。妹にならいつでも抱き着きたいところだけどな」
「兄貴……そんなことしたらおれの堪忍袋は一瞬でブチ切れるよ?」
「だろうよ。だからやらない」
「……ちなみにおれは姉ちゃんと添い寝くらいならしたことあるんだけどな」
へ、と冬夏が勝ち誇った笑みを浮かべると、首に回された腕がややきつく締まったのがわかった。
怒ってる怒ってる――とちょっと悦に入りながらも、ただのスキンシップだと思ったのかいやしはなかなか止めてくれず、結局登校する間にかなりの体力を持って行かれることになったのだった。
……やはり、義兄なんてロクなもんじゃない。姉と違って。