エピローグ『姉の、決めたこと。』
冬夏が目を覚ますと、常夜灯がぼんやりと視界の中で光っていた。
冬夏の自室の天井ではない。どうやら居間のテーブルやソファを退かして、布団を敷いて寝かせられているようだった。
外はすっかり暗い。随分寝ていたらしい。
常夜灯をうっすらと開けた目で見上げていると、自分の体の状態がはっきりしてくる。
頭痛、無し。眼痛、無し。筋肉痛とかも、無し。血が出ていた場所はしっかり治療されているようだ。
おそらく、帳の人間がやってくれたのだろう。
「家ってことは……兄貴のことは片付いたのかな……」
ぼんやりと常夜灯を見上げながら呟く。
なんだかんだ、すっきりした気分だった。
春秋と、正面からぶつかり合って、決着をつけられた。
春秋がどうなるのかは知らない。また会うことすら、ないかもしれない。
しかし、もし戻ってきたら……その時はまたクソ兄貴と呼んでやろうとは思った。
結局、どんなに喧嘩しても、嫌いでも、憎くても。
自分たちは義理でも兄弟なのだな、と、冬夏は思う。
「忌々しいけど……」
苦笑気味に呟きながら、冬夏は寝返りを打つ。
……すると、目の前に美少女の顔があった。
「すぅ……くぅ……」
「――っ!?」
目の前の寝顔に、危うく叫び声をあげるところだった。
もちろん歓喜の叫びだ。
疲れのせいか寝起きのせいか、注意散漫になっていて全く気付かなかったが、冬夏の隣、ちょっと離れたところでいやしが静かに寝息を立てていた。
反対をちらりと見たら、なぜか来夢まで眠っているが、そっちはどうでもいい。
何度か寝返りを打ったのか、わずかに乱れた髪がかかった顔は大人っぽくも、子供っぽくも見えるアンバランスさで、見ているだけでドキドキしてきてしまう。
しばらく真顔でじーっといやしの顔を眺めていた冬夏だったが、不意にいやしが小さく吐息を漏らしたのでびくりと全身を震わせる。
寝たふりでもしているべきだろうかと迷い、おろおろと落ち着かなく視線をさまよわせていると、何度か首を傾けたあと、いやしの目がうっすらと開いた。
「んんぅ……? ふぁ……んー……あれぇ……?」
「お、おはよう。姉ちゃん」
「とうか……冬夏っ!?」
ぼんやりと冬夏のことを見つめていたいやしだったが、はっきりと顔を認識すると、勢いよく体を起こした。
しかし、冬夏の横で来夢がむにゃむにゃとなにか呟きながら寝返りを打ったのを見て、いそいそと布団に戻って横になった。
それから、心配そうに、少しだけ冬夏に体を近づけてくる。
「冬夏……! よかった……無事で。春秋くんと、喧嘩したって、お母さんが」
「……えっと、姉ちゃん、ししょ――母さんから、なんて聞いてる?」
「え? 春秋くんが私のこと人質にとって、眠らせて、それで冬夏と喧嘩して、負けたら家を出て行けって言ったんだって……」
なるほど、そういう風に説明したのかと、冬夏は状況を認識して小さく頷く。
事実とは異なるものの、概ね話の流れは同じなあたり、上手い言い訳だった。
「……春秋くんが、私のこと……そんな風に思ってたなんて、知らなかった」
「兄貴はなにも言わなかったからね、自分の気持ちとか。
おれも、あそこまでだとは思ってなかったよ……まさか姉ちゃんのことさらったりするなんて」
「うん……そうだね。でも、それは……私も悪かったんだと思うの」
「いやいや、姉ちゃんは悪くないよ! さらう方が悪いんだって」
当たり前のことを言う冬夏。
しかし、いやしはゆっくりと首を横に振ると、少しだけ寂しそうな顔で言った。
「知らなかったって……今、言ったけど……でも、全然知らなかったっていうのは、嘘。だって、春秋くんからは……兄妹以外の感情を、感じてたから……」
「……そう、なの?」
冬夏が尋ね返すと、こくりといやしは頷いて、口元までタオルケットをかぶった。
冬夏も、もしかしたら自分も、なんて思うとなんとも言えない恥ずかしいような、こそばゆい気分になって、それを隠すためにタオルケットの位置を少し直す。
「春秋くんだけじゃなく……冬夏の気持ちも、ちょっとは、わかってた」
「……姉ちゃん、おれ……」
「待って、まだ、言わないで。……先に、聞いてほしいの」
覚悟のこもった言葉とともに、いやしがタオルケットを下げて、口元を見せる。
唇がわずかに震えている。言っていいのかと、迷っているのがわかった。
しかし、いやしは一度来夢の方に視線を向けると、意を決したように話し始める。
「私……自分の気持ちも、他人の気持ちも……わからないフリ、してたんだと思う……多分、最初に気付いちゃったのが……春秋くんの気持ちだったから。気づいて、言葉にしたら……家族のままでいられるのかなって、思ったから……」
「姉ちゃんが言葉にしても、しなくても、そのうち兄貴は暴走してたよ、今日みたいに」
「そうかもしれない……けど。でも、やっぱり……私は、いけないこと、してたと思う。人の気持ちを考えないこと……してたと思う」
でも、と。
いやしは、一度唇を引き結び、それから、また、開く。
「気持ちを、言うことが大事だって……わかったから。だから……言いたいの。
私の気持ちを……ちゃんと」
「ま、待って! ……姉ちゃん、もし、答えが決まってるなら、おれから言ってもいい? 答えがどうであれ……おれも、ちゃんと自分の気持ち、言いたいんだ」
「うん……いいよ」
いやしが許可をくれたので、冬夏は布団から這い出て、その場に正座する。
すると、いやしも向かい合う様に体を起こして正座した。
「姉ちゃん――ううん。楠城いやしさん」
「はい」
「おれは……楠城冬夏は。いやしさんのことが、好きです。
異性として、初めて会った時から、好きでした。だから……おれと、恋人になってくれませんか」
「……うん。確かに、冬夏の気持ち、聞いたよ。ありがとう……すごく嬉しい。胸が張り裂けそうなくらい……嬉しい」
噛みしめるように頷くいやしの口元には、笑みが浮かんでいた。
それから、いやしは、冬夏の背後で寝ている来夢に声をかける。
「来夢ちゃん。起きてるよね?」
「えっ!?」
冬夏は、慌てて背後を振り向く。数秒、来夢に動きはなかったが……やがて、恥ずかしそうに、ゆっくりと体を起こして、二人の方を向く。
「……いやしさん。告白の最中だと思って黙ってたのに……なんで起こすんですか、もう」
「ごめんね。でも、来夢ちゃんにも聞いてもらわなきゃいけないから」
いやしの言葉に、はぁ、と短く息を吐いて、来夢が冬夏の隣にきて正座する。
冬夏と来夢が並んで座ったのを見て、いやしは再び話を始めた。
「まず、冬夏に最初にいっておくのは……私は、冬夏のことが一人の男性として好き、っていうこと。
本当に、好きだよ、冬夏。素敵な男の子になって……ほとんど毎日、時めいているくらいで。
私は、そんな気持ちに気付かないふりをしてきたけど……」
ちら、といやしが来夢の方を確認する。来夢はなにかを堪えるように唇を引き結んで、むすっとした顔をしていた。
「……来夢ちゃんの言葉とか、冬夏が今日、怪我をしてたのを見て……やっぱり、大事な人なんだって思ったの」
「じゃ、じゃあ……!」
思わず期待に目を輝かせながら、冬夏は体をやや前かがみにする。
だが、それをいやしが片手でとどめた。
「けど、私は恋人にはならない」
「……なんでですか!?」
声を上げたのは来夢だ。涙目で、声を荒げて、いやしにつかみかかる。
「あたしに……あたしに遠慮して、そんなこと言うんですか!? いやしさん!」
「ううん。違うよ。あ、そうだ、冬夏。二つ目に言っておくことがあるんだけど……来夢ちゃんも、あなたの事が好きなの。知ってた?」
『な……っ!』
突然の暴露に驚き固まり声を重ねる冬夏と来夢。
ぎぎぎ、と油のささっていないロボットのような動きで顔を見合わせると、暗闇の中でも来夢が羞恥で震えているのがよくわかった。おそらく、顔も真っ赤になっていることだろう。
「い、い、いやしさんっ、なんでバラしちゃ……あ、いや、違っ、違くないけど違うっていうか冬夏これは……!」
「その上で、私の結論を言います」
来夢が慌てふためき、冬夏がもうほとんど思考停止仕掛けている中、ぽん、といやしは手を合わせ、注意を引く。
そして、優しい口調で、名案だとでもいう口調で、言うのだ。
「私は、冬夏と異性として、家族として、二つの意味で愛し合える『お姉ちゃん』になろうと思うの」
『……はい?』
再び冬夏と来夢の声が重なる。
さっぱり意味が分からない、という様子の二人に対して、なおもいやしは名案だとでも言うような、誇らしげな口調で語った。
「私は、家族を壊したくないから、恋人とかの関係になることに二の足を踏んでいたの。けど、それだけじゃダメだってわかった。それに、冬夏の事がはっきり好きなんだって、今日意識してしまったし」
「いや、なら、恋人に」
「……なればいいんじゃないですか?」
冬夏と来夢の言葉に、いやしは微笑みながら首を横に振る。
「でも、家族の中には来夢ちゃんも入ってるから。だから、来夢ちゃんが居なくなっても困るの」
中々欲張りな発言に、冬夏と来夢は難しい顔を見合わせる。
……いや、あるいは、そんな欲張りな自分を理解しているからこそ、自分や他人の気持ちに気付かないふりをしていたのかもしれない。
しかし、今のいやしはなにか吹っ切れた様子で、自分の欲望に素直に、提案をしてくれていた。
「だから、来夢ちゃんが冬夏と結婚して、私は二人のお姉ちゃんとして同居すればいいかなって思ったの! 私は冬夏に女の子としても愛してほしいけど、別にそれはお姉ちゃんっていう立場でも全然問題ないと思うから。ね? 名案でしょ?」
「い、いやいや……あの、姉ちゃん? 姉を好きになったおれが言うのもなんだけど、それ、結構おかしくない? ていうか、おれが来夢と結婚するの前提の話なの、それ」
「……冬夏の気持ち無視してませんか、その案」
「そうかな? 冬夏も来夢ちゃんのことは嫌いじゃないでしょ? むしろ、私を抜いたら一番好きな女の子じゃない?」
「え? あー……うーん……」
言われてみれば、と冬夏は思う。
いやしがいなければ、確かに来夢は一番気心が知れており、もっとも仲が良く……そして、付き合うとしたら来夢以外の女の子は考えられないのであった。
「まぁ、たしかに、姉ちゃんがいなければ……来夢が一番……かも」
「え、え、……ええええっ!? と、とと、冬夏、それ、本気で言ってる!? あの、それ、告白みたいっていうか……えええっ!?」
「いや、ちが、いやし姉ちゃんが居なかったらって話で!
……いや落ち込んだ顔するなよ! 好きだよ普通に!?」
「普通ってなに! あたしは一番がいいの!」
「いやだから、一番はいやし姉ちゃんで、その、姉ちゃんが居なかったらというか……ああもうっ!」
それぞれの想いがとっちらかって、場が混乱しはじめる。
しかし、そんな中、いやしは。
「……大丈夫だよ、二人とも♪」
優しい笑顔を浮かべたいやしが、冬夏と来夢のことを一緒に抱きしめてくる。
心落ち着く温かさに、思わず渦巻いていた感情を忘れながら、二人はいやしに身を任せた。
「みんなで、仲良しな家族になろう? 大丈夫だよ、私、都合のいいお姉ちゃんで構わないから。来夢ちゃんと冬夏が愛しあえるように気も遣うし。冬夏が私のことも、ちゃんと好きで居てくれれば、それでいいの」
ね? と優しく微笑むいやしの腕の中、冬夏は来夢と顔を見合わせる。
それから二人は、諦めたように、苦笑交じりのため息を吐いた。
これから、自分たちがどんな家族になるのかはわからない。
けれど、きっとこの、すごく大きな愛情を持ったお姉ちゃんには、敵わないのだろう。
だけど、それは冬夏にとっては本望だ。
たとえちょっとくらいおかしな関係だろうが、姉の愛に包まれているのなら、冬夏にとってそれ以上に幸せなことはないのだから――
……おしまい。
おつきあい頂きありがとうございました。
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