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英雄姉を好む  作者: 七歌
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四章『姉と、義兄弟。』 その1


「いいの……? あたし……」



 力強く頷いた冬夏を、戸惑いの混じった視線で見つめる来夢。

 しかし、冬夏に迷いはなかった。



「姉ちゃんを助けるんだろ? なら何も迷うことのある返事じゃない。それに……」


「それに?」


「来夢がそこまで切羽詰って真面目な顔で言ってるんだ。

たとえ姉ちゃんを助けるって内容じゃなくても、おれは即答するに決まってる」


「冬夏ぁ……」



 じわりと、安堵で緩んだ来夢の目じりから再び涙が流れ落ちる。

 だが、それを優しく慰めている時間は惜しい。



「ほら、泣いてないで状況説明しろ。姉ちゃん、どうしたんだ?」


「い、いた、いだだ……っ!?」



 取り出したハンカチでぐいぐいと顔を拭きながら尋ねる。

 一通り拭き終えてハンカチをどけると、来夢はひどく不機嫌そうな、しかし少しだけいつもの調子を取り戻した顔をしていた。



「どうしたんだよ?」


「あんたねぇ……気ぃつかうなら最後まで気ぃ遣ってよ……もう!」


「何怒ってるんだ。それよりほら、早く状況教えてくれ」


「わかってるわよ。玄関上がってもいい? 一応、聞かれたくないから」


「それなら、部屋で装備整えてきてもいいか? 今完全に私服だし。必要だよな?」


「そう……ね。割と完全防備で行った方がいいかも」



 苦々しい表情で言う来夢に、そこまでの状況か、と思いつつもとりあえず玄関に入ってドアの鍵を閉め自室へと向かう。

 部屋に入って早速服を脱ぎ防刃アンダーシャツなどの装備を着こんでいると、やや頬を赤くして目線を反らしながら、来夢は話しはじめた。



「それで、状況だけど。……落ち着いて聞いてね? 春秋さんが、いやしさんをさらったの」


「……へぇ」



 表情を消して一瞬手を止めた冬夏だったが、すぐに着替えを再開する。

 さっきよりも、少しだけ早めのペースで。



「その、少し前からあたし手紙で脅されてて、それでちょっと色々……変に見える行動とか、してたと思うんだけど。

それが実は春秋さんが、裏で色々するための時間稼ぎだったみたいで……今日もいやしさんと二人きりになれって命令が来てて、もちろん、いやしさんを渡すつもりはなかったんだけど、えと……色々言われて、隙を突かれて、とられちゃって……」



 そこまでやや早口に話し終えると、来夢は一つため息を吐いた。



「ホント、ごめん」


「謝らなくていいって。それにしても、なにで脅されてたんだ?

来夢を脅す材料なんてなかなか見つけられ無さそうだけどな。情報管理しっかりしてるし」


「それは……その……妄想日記というかまぁそんな感じで……」



 ごにょごにょと言いにくそうに、恥ずかしそうにつぶやく来夢。

 よほど言いたくないのだろうと思い、冬夏はそれ以上聞かないことにした。



「ま、脅されるようなことだし言えないか。それで、場所はわかるか? 兄貴の」


「ごめん、全然……流石に市内には居ると思うけど……」


「そっか」



 装備の上から長袖の私服を着て、準備を完了する。



「なら、見つけるところから始めないとだな。とにかく一度外に出よう」


「……冬夏、やっぱりちょっと怒ってる?」



 不安そうな顔を来夢が向けてくる。

 その原因に冬夏は心当たりがあった。

 今、自分が異様に静かな表情をしているのが、自分自身でもよくわかっていたから。

 普段はいやしのこととなると見境のなくなるのを知っている来夢からすると、逆に不気味に見えるのだろう。



「大丈夫、怒ってない。どちらかというと、感謝してる」


「感謝?」



 少し驚いたように目を見開いた来夢に、頷き返す。

 自然と口の端が、少しだけ持ち上がってしまうのを感じながら。



「だって、そうだろ?

あの仲直りしても仲直りしきれない、ソリが合わなくてなにもかも気に食わないクソ兄貴を、合法的にぶっ潰していいんだから」


「え、えぇえ……?」



 戸惑いと呆れの入り混じった声を漏らす来夢。

 割と信じられないようなものを見る目をしていた。



「は、話くらい聞くとかしないの?」


「しない。兄貴だってそんなことしたくないだろうし」


「あたしにするみたいに、なんかこう、失敗があっても許す的なことは……?」


「確かに、姉ちゃんや師匠からは昔『罪を憎んで人を憎まず』的な精神を教えられたよ。

だから来夢の失敗とかは大体許すし、他の奴の失敗もまぁまぁ許す。

――けど、兄貴は別」



 目薬を机の引き出しから取り出しながら、冬夏は言う。



「義理の兄貴は人間に含まれない」


「いや、春秋さんは人間じゃない!? 確かに能力は獣っぽいけど!」


「兄弟は人間じゃない。敵だ。特に義理の兄弟なんて、敵以外の何者でもないぜ。義理の姉と違ってな」


「あたし、ひどい屁理屈を目の当たりにしてるわ、今……」



 ため息を吐く来夢を横目に、冬夏は目薬を差し、準備完了。



「とにかく、兄貴を合法的に叩けるならこれほど嬉しいことはないって話。

……流石に姉ちゃんの安全が最優先だから、今探して居場所がわからなかったらすぐ『帳』に連絡するけど。今から探してすぐ見つかるようだったら、おれが一人で助けに行く」


「一人で? 連絡、しないの?」


「すぐに決着をつけて戻ってこないようだったら、来夢の方から連絡を入れてほしい。

それくらいはいいだろ?」


「……わざわざ危ない橋渡ることないでしょ? 帳には強い人いっぱいいるんだし」



 言われなくとも、冬夏にもそんなことはわかっていた。

 親が『帳』のお偉いさんである来夢や、師匠であるいやしの母親からその手の話は聞いている。

 春秋は師匠からもあまり可愛がられてなかったし、知らないかもしれないが。


『帳』には、今の状況を一歩も動かないで解決してしまうような化け物が居る。

 もしかしたら、現在の状況も全て把握していて、その上で面白そうだから黙っていようとか、そんなことすら考えているかもしれない。


 けれど、春秋と戦えるこの機会を逃したくなかった。

 冬夏は真剣な顔で来夢に向き合うと、軽く頭を下げる。



「頼むよ」


「あー……もう! はいはい、勝手にすれば? もとはあたしが悪いんだし……冬夏がちょっと勝手やる分くらいは、どうにかするわよ」


「ありがとう、来夢」



 お礼を言うと、来夢は気まずそうな恥ずかしそうな、そんな顔でそっぽを向いた。



「けど、それもいやしさんと春秋さんの場所がわかるなら、だからね? アテ、あるの?」


「とりあえず姉ちゃんにつけてあるGPSを確認しよう」


「ちょっと待って。GPS? なにそれ? あたし聞いてないんだけど?」



 本気で驚く来夢に、冬夏は言ってなかったっけ、とこともなげに話しながらスマホを取り出し操作する。



「兄貴の提案で大分前からやってたんだよ。下着に縫い付けてあんの。

……まぁ、発案者の兄貴なら気づいてるだろうし、とっくのとうに潰してるだろうけど――って、おい、来夢? なんだよその目は。犯罪者を見るような目してるぞ?」


「実際に犯罪者見るような目をしてんのよ馬鹿」


「別に普段は滅多に使ってなかったってば。兄貴は知らないけど。よし、出た」


「専用のアプリまで作ってるし。ガチすぎでしょ」


「作った兄貴に言ってくれ。……あれ? まだGPS生きてる?」



 場所は中心街の外れのあたり。整備中で閉鎖されている公園の中だった。

 地図の上で、いやしのことを示す光点がぴこぴこと光っている。



「外してったんじゃない?」


「いや……もしかして兄貴は……とにかく確認する。――開け!」



 左目で能力を発動。作り出した視点を動かし、家の外へ。

 そのまま地上十メートルほどの高さを、中心街の方に向けて高速で移動させていく。


 視点の移動は車程度の速度だが、道路を走っているわけではなく直線距離で視点は移動しているため、十数分もあれば目的の場所には到着出来るだろう。



「確認するまでに少し時間がかかるけど、一応中心街の方に移動し始めておこう」


「ハズレだったとしても、中心街からの方がいろんなところに移動しやすいしね」


「ああ。行こう」



 二人で急いで家を出る。走っていけばバス停に着くころには余裕で『視点』は中心街に到着しているはずだ。

 左目が赤くなっているだろうと思い軽く瞼を閉じながら、バス停へと急ぐ。


 そしてバス停に到着する少し前に、左目の視界に目的の閉鎖されている公園が映った。



「見えた。公園だ」


「春秋さんは?」


「ちょっと待って」



 スマホを取り出し、GPSの画面を右目で確認しながら視点を動かしていく。

 整備用の資材が積まれた物陰。

 そこに視線を近づけていくと――



「……居た」



 春秋が、いやしと共にそこに寝た。

 いやしは眠っているらしく、新品らしい汚れのないブルーシートの上に寝かされ、その隣で春秋は胡坐をかいて軽く目をつぶっている。


 しかし、ゆっくりと冬夏の視点が近づくと、いきなり春秋は目を開けた。

 そして、若干焦点がぶれてはいるものの冬夏の視点を見て――口を動かす。


 音は聞こえない。けれど、わざとらしいゆっくりとした唇の動きから、すぐになんと言おうとしているのかはわかった。



「……ははっ」


「ど、どうしたのよ?」



 バス亭に到着するなり笑い声を漏らした冬夏に、来夢が不審そうに眉根を寄せる。



「いや、なんでもない。急ごう。いやし姉ちゃんはもちろん――兄貴も待ってる」



『はやくこい』と言っていた口の動きを思い出し、冬夏は口元の緩みを押さえられなかった。


 初めて、冬夏は春秋と心が通じているような気がした。


 そのこともまた、おかしくて。

 バスが来るまでの間、くつくつと冬夏は笑っていたのだった。


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