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英雄姉を好む  作者: 七歌
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三章『姉と、デート。』その9

「それじゃ、どこに行こっか?」


「んー……どうしましょうか?」



 二人きりになってからのことは何も考えていなかったので、その場で来夢は少し考え込む。


 出来れば、人気が無くて、なおかつ逃げやすい場所まで自然な流れでいやしを連れていきたい。


 来夢のことを脅した相手をおびき出すために指示には従うが、いやしを渡すつもりは毛頭もない。

 まずは相手をおびき出せ、なおかつすぐに逃がせる場所を近場でいくつか思い浮かべた。


 その中で、一番自然な流れで行けそうなのは。



「ゲームセンターでも行きます? ボウリング場と同じ建物に入ってる方の……今日、冬夏と一緒に行ってないですよね?」


「え? よくわかったね、今日冬夏がゲームセンター連れて行かなかったって」


「あ。……い、いや、冬夏もあれで気を遣う時は遣うし、流石に女の子と二人でゲームセンターに連れてくとかはしないかなみたいな! ね! デートなんですからそのくらい気は遣うよね普通、みたいな!」



 墓穴を掘って慌ててフォローを入れていると、いやしは優しげに微笑む。

 その微笑みの意味が分からずに首をかしげて居ると、いやしは来夢に向かって言った。



「デートって、思ってたんだ。来夢ちゃんも」


「……そりゃ、普通はそう思います」


「そうだよね。普通、そう思うよね」



 私だってそう思ってたんだから――と。

 どこか申し訳なさそうな表情でつぶやきながら、いやしは先に歩きはじめる。

 その後をついていきながら、来夢は気になって尋ねた。



「今日、楽しかったですか?」


「うん、楽しかった。服見たり、一緒に甘いもの食べたり、映画見たり……ふふ。

冬夏が私のことエスコートしてくれるなんて、今まで思っても見なかったけど。

実際にされてみると……成長したんだなって。なんか、感慨深くなっちゃった」



 思い出し、楽しそうに語るいやしの横顔には、姉弟のもの以上の愛情が見え隠れしていた。

 それに、来夢は何も言えず俯く。

 情けないけれど、いやしに面と向かって『付き合っちゃダメですよ』とか、そんな感じに釘を刺したり啖呵を切ったりすることはできない。


 なんの権限があってそんなことを言うのだという話だ。

 法律的にもなんの問題もない。血は繋がってないのだし、義理の姉弟なんてものはいつだって解消できるようなものだ。


 だから、来夢はうつむくしかなかった。

 いやしの心がこれ以上、冬夏に近づいて行かないようにと願いながら。

 そんな来夢の事を一瞬振り返ってみたいやしは、ふと、真面目な顔でつぶやく。



「……来夢ちゃんは、冬夏とデートとか、したいよね?」


「あ……えっと。……はい。したいです、そういうこと。たくさん」



 もちろん、恋人として――というのは言わなかったが、そこまでちゃんといやしはくみ取ってくれたのだろう。うん、うん、と神妙な顔で何度か頷いた。



「なら、急いだ方がいいよ」


「いそぐ?」


「うん……なんて、いうか……先にちゃんと好きになってたのは来夢ちゃんだから、言うのはちょっと申し訳ない気持ちになるんだけど。

この先、私が冬夏のこと……男の子として、好きにならない可能性がなくもないなって……今日、感じちゃったから」


「あはは……です、よね。冬夏……かっこよく、なりましたもんね」


「うん。ホントに……かっこよくなっちゃったよね。

頑張ってるし、努力がちゃんと追いついてて……かっこよくなっちゃった。

だからね……とっていくなら、早くとっていった方がいいよ。今はまだ――私は、そこまでは想ってないから」



 ……そこまでって、なんだ。


 ふつふつと、来夢は自分の心が静かに沸点に近づくのを感じた。

 理由はよくわからないけど、なんだか、譲られたような気がして。



「冬夏のこと、とってってもいいんですか」


「どうだろう……わかんないよ、まだ」


「好きじゃないんですか?」


「好き……かもしれない、くらいかな」



 煮え切らない態度に、来夢は奥歯をぎり、と噛みしめた。

 今ここで言うことじゃないと思っても――気持ちが、口から勝手に出て行く。



「とられたあとに後悔しても、ダメですからね! 一回付き合い始めたら、あたし、絶対誰にも渡しませんからっ。いやしさんでも!」



 少し大きな声で言ってから、はっとする。

 周囲の注目を集めてしまっていて、急に恥ずかしくなって、沸き立っていた心がしぼんでいった。


 ……なに言ってるんだろ。


 恥ずかしさで顔が熱くなる。

 全て投げ出して走って逃げてやろうかとすら思っていると、いやしが手を来夢の手を掴んだ。



「行こう」


「え、あの、」


「人のいないとこ。ゲームセンターの駐車場でいいかな」


「はい……」



 手を引かれるまま、早足に目的地としていた場所に向かう。

 中心街の端っこの方。

 来夢たちが通う学校寄りの場所にあるゲームセンター兼ボーリング場の建物、その裏にある駐車場。


 高低差を利用して作られているため、実際に地下にあるわけではないがゲームセンターの建物的には地下にあたる。

 そのため施設一階の床から続くようにコンクリートの天井があって、壁は一辺しかないもののやや薄暗い。

 表にある駐車場で大体場所が足りているため、裏の駐車場はほとんど車がない。

 来夢に来た『指示』を満たすにはちょうどいいだろうと思っていた場所だった。


 そこに到着すると、大きな胸を上下させながら少し乱れた息を整えたいやしは、まっすぐに来夢を見つめてきた。



「来夢ちゃん」


「は、はい」


「さっきは、ごめん。なんか、上から目線だったよね。……でも、気持ちがわからないのは、本当。

それに、来夢ちゃんが冬夏のことずっと好きなのはわかってるから、それが叶って欲しいって思ってるのも、本当なの。だから……あんな言い方になっちゃった。ごめんなさい」


「いえ……あたしこそ、なんか、急に叫んじゃってすいません」


「それくらい、冬夏のこと好きでいてくれてるんでしょ?

ありがとう、来夢ちゃん。冬夏のこと、好きでいてくれて」


「いえ……」



 さっき言ってしまったことを思い出し、なんだか気まずく、目をうまく合わせられなかった。

 いやしも、少しばかり気まずそうだった。それを見ていると、ますます申し訳なくなってくる。


 お互い何を離すべきかと迷っていたが、先に決意を決めた表情を上げたのは、いやしの方だった。



「来夢ちゃん」


「は、はいっ」


「告白とか、する予定、ある?」


「……今はまだ、無いです」



 予定としては、いやしが学校から居なくなってからか――あるいは、冬夏がいやしに告白しようとする前あたりに、告白しようと今までは考えていた。


 前者ならいやしが大学に行って、おそらく今住んでいる家を離れることとなるため、多少冬夏の心の中に隙間が生まれるんじゃないだろうかという思惑から。

 後者は、いやしが卒業する前に冬夏が告白する可能性があるから、その時に迷わせて時間稼ぎをし、どうにか来夢の方からも攻勢をかけ振り向いてもらうという作戦。


 改めて考えるとやることがちょっとせこい気がしないでもなかったが、勝率を考えてのことだ。

 恋は戦争である。敵が強大であるなら、策を弄するのは当然だ。


 しかし、今。

 いやしという強大な敵は、来夢に向かってまっすぐに、『お願い』をしてきていた。



「じゃあ、ちょっとだけ……時間くれない?」


「時間?」


「うん。私、ちゃんと冬夏のこと、見るから。考えるから。

それで――冬夏の事が本当に好きかどうか、考えるから。

だから、少しだけ時間、くれないかな。その時に改めて、言うよ。私は冬夏とどうなりたいのか……はっきりと」



 真っ直ぐに言われて、一つ来夢はため息を吐いた。

 自分の未来がお先真っ暗になりそうなのを感じてしまって、なんだかもう気分は最悪だったが、それでもこう言われては仕方ない。


 嫌なやつにはなりたくない。

 いやしに対しても、冬夏に対しても、嫌なやつと思われるようなことはしたくないから。



「――わかりました。待ってます。けど、出来れば好きにならないでほしいですけど」


「それは聞かないでおくよ。そういうの抜きにして考えないと、来夢ちゃんにも失礼だと思うもん」


「……ですか」



 はぁ、とため息とともに肩に入っていた力を抜く。

 とりあえず一件落着。これからが大変だろうが、それは自分の努力次第。

 今まで考えていた作戦を練り直す必要はあるなぁと気が重くなるが、やるしかない。

 好きだから、やるしかない。

 負けたくないから、やるしかない。

「絶対、渡しませんから。諦めませんから、あたし」

 はっきりと、今度こそ真っ直ぐにいやしの目を見て戦線布告する。

 それに、いやしも頷きを返した――その瞬間だった。



「――そうだな。諦めるな。

何があっても、好きならなにがなんでも手に入れろ。

どんな手を使っても――好きになる努力を、好きになってもらう努力を怠らずに」



 突如どこからか響いた声に、来夢はすぐに身構えて、いやしを守るために周囲に気を張った。


 ……はずだった。


 だが、一陣の風が駐車場を勢いよく吹き抜けたかと思うと、今しがたいやしが立っていた場所には、誰もいなくなっていた。



「ど、どこに……いやしさん! いやしさん!?」



 慌てて叫び、周囲を見渡す。


 すると。


 そこに。


 見覚えのある、人影があった。



「仕事の代金を払いに来たよ、来夢ちゃん」



 その男は毛皮を纏っていた。半透明の、狼の毛皮。


 小脇に抱えたいやしの首筋に、筒状の、おそらく注射器だと思われる器具を押し当てたまま。


 楠城春秋が、いつもと変わり映えしない無表情で、立っていた。


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