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英雄姉を好む  作者: 七歌
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三章『姉と、デート。』その7


「……ガリガリガリガリガリガリ……」


「お、おい、大丈夫か来夢ちゃん。表情から生気とか正気とかが失われて行っている気がするぞ?」


「なに言ってるんですか春秋さん? 別に普通ですよ普通。全然大丈夫ですよ。

デートが順調に進んでるからって別に悔しくなんかないんだからね!」


「本当に大丈夫か!? キャラがおかしくなってるぞ!?」



 珍しく動揺し本気で心配する春秋に、来夢は歯でずっと噛んでいた焼き鳥の串をぺっと吐き捨てた。

 小腹が空いたので春秋からおごってもらった焼き鳥の串は、歯で唾液を含ませながらすりつぶされてよれよれのバラバラになっていた。


 行き場のない感情を自宅でするように叫ぶわけにもいかず、吐き捨てた串を睨みながら来夢はうなる。

 少し視線を上げれば、その先には映画館を出てから楽しそうに買い物をし、そこそこいい雰囲気で歩いている冬夏といやしがいる。


 だが、そっちを正視する気力は来夢の中には残っていなかった。

 姉弟以上の雰囲気で仲睦まじくしている二人を見ていたら電柱に頭でも打ちつけなければやっていられないほどの無力感が襲ってくるから。



「うー……冬夏の馬鹿冬夏の馬鹿冬夏の馬鹿ぁ……! ううー……あー……もー……っ」


「全く、来夢ちゃんも大変だな。アレのどこがいいか俺にはさっぱりだが」


「そんなのあたしが聞きたいですよ……あたし、アレのどこがいいんですか」



 げんなりとした表情で逆に問うと、春秋は少しだけ苦笑した。

 どこか憐れむような、同情するような、そんな笑みだった。



「ならまず、悪いところをあげてみればいい」


「……いやしさんのことになると一直線で視界が狭まること。あたしのこと考えてくれてるようで実はあんまり考えてないこと。あたしのこと女ってわかってて意識してるのにいやしさんのこと好きすぎてほとんどそんなの感じてないことになってること。たまに仕事が雑っていうか手を抜くところ。始末書とか提出する前に未だにあたしがチェックいれてるし、口頭報告とか全部あたしが毎回全部話しちゃってるしだいたい――」


「悪い、ストップ、これ以上聞いていると俺が申し訳なくなってくるから、ストップ」



 移動するぞ、とつぶやいて歩き始めた春秋についていきながら、来夢は口をつぐんだ。

 ちょっとだけ視線を上げると、冬夏といやしが腕を組んでいるのが見えた――気がした。

 それ以上見たくなくて、すぐに俯いて、来夢は春秋の足元のあたりに視線を落とす。


 悔しがっているのかと、自問する。

 けれど、悔しい、というのとは少し違う気がした。


 もしもあの二人が付き合えば、それは悔しいと思うだろう。

 いやしの方が可愛いし、性格いいし、スタイルもいいし、来夢が持っていないものをたくさんもっているから、それを持っていたら自分の方を向いてくれたのだろうかなんて、心から悔しがるだろう。


 しかし、今はまだ付き合っていない。恋人じゃない。冬夏はずっといやしの方ばかり見ているけれど、それでも来夢のことを好きになってくれる可能性だって、ある。はずだ。

 いやしはずっと輝いているから、目を奪われるのは当然だ。だけど、それと好きになるということは、違うと思うから。



「不出来の義弟で悪いな。それで? そこまで欠点が口をついてでるのに、なんで好きなんだ」


「そんなもの――」



 上げるのをためらっていた視線を、ゆっくりと上げる。

 嫌な光景だと思いながら。羨ましい光景だと思いながら。

 腕を組んで楽しそうに歩く、大好きな人と、その義姉を見つめながら。

 来夢は、自分の気持ちにも、まっすぐに目を向ける。



「――好きだから、好きなんです。理由なんて、そうとしか言いようがないです」



 冬夏の悪いところは、いっぱいある。ずっと一緒に過ごしてきた。いやし以上に長い付き合いだ。きっと、冬夏の事ならこの世で誰よりも知っている。

 良いところの倍以上、悪いところを知っている。

 けど、それでもずっと抱いている気持ちは変わらない。汚いところを何度も見て、嫌なところをたくさん知って、理想や恋心補正を削って、削って、削りとられて残ったもの。

 それでも残った『好き』には、理由もなにも付随していない。

 まがい物なんて、どこにもない。



「春秋さんだって……あんまりいやしさんに脈とか感じられないのに、好き、ですよね?」


「……ふむ。俺、いやしのことが好きだって言ったかな」


「見てればわかります。春秋さんとも幼馴染なんですから」


「なるほど。――うん、当たりだ。そして来夢ちゃんのその心も十分に分かる」



 やっぱり、と来夢は心の中で納得した。

 端々からにじみ出る態度というか行動に、来夢は自分と同じものを春秋に感じていた。



「お互い苦労するな。けど、諦めないだろ。負けるまで。――負けても」


「……負け、ても?」



 言葉の意味を計りかね、うしろをずっとついていた来夢は春秋の横に並びその横顔を覗き込んだ。

 春秋の表情は真剣だった。

 鬼気迫るほどに。

 人を想っているとは思えないほど鬼気迫った表情で。

 しかし――同時に、口元には微かに笑みがあった。



「そう、負けても。負けても好きでいることは止めない。好きでいる努力をやめない。

愛される努力もやめないし、愛する努力もやめない」



 それが。



「好きになることだろ?」



 一瞬。


 一瞬、来夢は怖気のようなものを感じた。

 同じ気持ちを抱くもの同士、同じような立場にいるもの同士と思っていたものの。

 果たして自分はここまでだろうかと――



「……ま、やり方は人それぞれ。負けて諦めるのもそれはそれだろう。

けど、出来れば叶えて欲しいな、来夢ちゃんには。アレが相手でいいのかっていう疑問はあるが」


「です、ね。……頑張ります」


「ああ。――じゃ、俺そろそろ行くから。

二人ともそろそろ帰るだろうし、家に戻ってる。追いかけてたのバレたくないからな」


「へ?」


「じゃ」


「え、あの、ちょっと春秋さん!?」



 慌てている間に、春秋の体を狼の毛皮が覆って、次の瞬間には疾走して人の間を潜り抜けどこかへと消えた。

 人とは思えぬ疾走をだれも不審に思っていないのは、人の視線を潜り抜けて行ったからだろう。


 その技量に感心しつつ――ふと、来夢は自分に来た手紙の内容を思いだす。

 指示されたことをやるなら、春秋が居ない方がちょうどいいのではないか? と。

 二人きりになれ、と手紙には書いてあった。春秋が居たら二人きりにはなれない。

 ちょうど冬夏といやしのデートは終盤のようだし、バスに乗る前にどうにか割り込んで、と思う来夢だったが。



「は、入りにくい」



 好きな男が義姉とはいえ仲睦まじく、いい雰囲気で腕を組んでいるという直視したくない光景だったが、目を離すわけにもいかず遠くからこそこそとつけ回しつつ睨むような視線を向ける。


 春秋が居なくなったせいもあってそのステルス性能は格段にダウンし、怪しい目つきから周囲の人間がやや不審そうな視線を向ける程だった。

 そんな視線を、視線に敏感な冬夏が感じ取らないはずもなく。



「……なにやってんだよ、来夢」



 春秋が居なくなって一分ほど後。

 冬夏に見つけられた来夢は、あえなく御用となった。

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