三章『姉と、デート。』その6
服を一着買って、昼食をとってから映画を見に行って、甘いものを食べて――と、わりといい感じの雰囲気でデートは進み、冬夏といやしは帰る前に日用品の買い出しに向かっていた。
デートの最後にそれはどうなんだよと冬夏も思わなくはなかったが、最初誘った時に「一緒に買い物に行こう」と誘ったため必要品の買い出しもしなくちゃいけないよな、という責任感があったのだ。
「えーっと、これで全部かな? ごめんね、荷物全部持ってもらって」
「普段わりと家事まかせっきりだから、いいって。おれ男だから力あるしね」
「ふふ、そうだね。最近すっかりたくましくなっちゃったもんね、冬夏は」
冬夏の持ったビニール袋の中をちょっと確かめながら、いやしが微笑む。
トラブルもあってしばらくちょっと調子を狂わせていたものの、今はもうすっかりいつも通りの『お姉ちゃん』。
冬夏としてはもうちょっと女の子らしい一面を見て居たかったという気持ちと、いつも通りで安心するという気持ちが入り混じって複雑な心境だ。
とはいえ、多少なりとも男として意識してもらえたのは事実。
デートは十分な収穫があったと、やや浮足立った気分で帰り道を行く。
「機嫌いいね、冬夏。今日は楽しかった?」
「もちろん! 姉ちゃんと一緒に出掛けて楽しくないわけがないよ」
「そっか、よかった。埋め合わせになったみたいで」
「そういう姉ちゃんは、楽しんでくれた? おれ……エスコートできてたかな?」
少し不安になって、つい、尋ねてしまう。
ちょっとばかり子供っぽいかなと思いつつも、不安には勝てなかった。
しかしそんな不安を打ち払うように、いやしは嬉しそうに頷いてくれた。
「もちろんだよ。すっごく楽しかった。
楽しくて……それに、ドキドキした。それになんだか、冬夏が大人になっちゃったんだなぁ、って。
ちょっとさみしくなっちゃったりもして」
「寂しくって。別に、おれはおれだよ。たとえ大人になっても、おれはおれだ」
「わかってる。冬夏はずっと優しい冬夏のままだけど、けど、大人になるんだなって。
……こういうこと、いつか彼女が出来たらするんだろうなとか、考えちゃった」
いやしの言葉に、おれは姉ちゃん以外と付き合うつもりはないよ――と、心の中だけで、反論する。
今はまだ言うべき時ではないと思うから、言葉にはしない。
いつ言えばいいか? と言われてもすぐに答えは出せそうになかったが。
少なくとも、一人でいやしの全てを守れるくらい強くなったら――とは思っている。
今はまだ、来夢にも、春秋にも、頼らなければだめだけど。
それでもいつか――
「姉ちゃん」
「うん? あ、ごめんね、変なこと言っちゃったよね、私……水差しちゃうようなこと――」
「姉ちゃん、聞いて」
少し強めに言葉を遮る。
驚いた顔に少しだけ申し訳なさが湧き上がってくるが、今だけはそれを押し込めた。
今はまだ心を伝えるのはためらわれるけど。
それでも、少しだけなら、伝えてもいいだろうと思って。
「大人になっても、おれはずっと姉ちゃんの傍に……たとえ姉ちゃんが誰かと結ばれても、傍に居るよ。
その……物理的な距離とか、そういうことではなくなるかもしれないけど……なんていうか」
「……心が、かな?」
「そう、心が! えぇと……だから……寂しいとか、思わないで。
おれは、おれだよ。姉ちゃんの近くに居る。変わっても――変わらない」
言うと、いやしは冬夏の言葉を噛みしめるように何度か頷いた。
うん、うん、と嬉しそうに何度もうなずいた。
「……そうだね。ありがとう、冬夏。
ふふ、本当に冬夏は素敵な男の子になってきちゃってるよね。
近いうちに彼女とか、連れてきちゃうんじゃないかって別の意味でどきどきしてきちゃった」
「つ、連れてこないって……」
たとえ今誰かに告白されたとして、冬夏はにべもなく断るだろう。
いやしに告白して、振られた後とかなら……また、別かもしれないが。
「でも……今日は、私とのデート、だよね」
「へ……」
照れたようにはにかみながら呟かれた言葉に、冬夏は一瞬耳を疑った。
デート。まさか姉の口からその言葉が出てくるとは思っていなかった。
「違う? 二人だけでお出かけして、服買って、映画見て……って、完全にデートだなー、って思ってたんだけど」
「違わなくない! け、ど……そっか。デートって思ってくれてたんだ」
じわじわと喜びが胸の内から湧き上がる。
デートを始めた時のようにまた変なテンションになりかけていたが、どうにか自制した。
デートという言葉を聞いて、最後の最後にみっともないところを見せたくはないという強い自制心が生まれていた。
「うん。まぁ、恋人じゃないから、ホントのデートじゃないんだろうけどね……でも、楽しかったよ。
冬夏は? 心残りとかあるなら、やってから帰るよ?」
今日は元々お詫びだしね、と緊張している冬夏の顔を覗き込んでくる。
それに一瞬不埒な考えがよぎったものの、頭を振って冬夏はそれらを追い出した。
別に付き合っているわけじゃない。
あくまで、姉と弟のスキンシップの範囲に入ることだけだ、頼んでいいのは。
そのことを肝に銘じ、改めて考えて――一つだけ思い浮かんだ。
「しいていうなら、だけど」
「うんうん。しいて言うなら?」
「帰り道に手、繋いでたかった……くらいかな?」
今現在冬夏の両手は荷物で塞がっている。これでは手はつなげない。
「じゃあ、私が半分持って手、つなぐ?」
「それはダメ。おれが居るのに姉ちゃんに荷物持たせるのはなんかはばかられる」
「ううん……嬉しいんだけど頑固だなぁ」
そうは言われても譲れないものは譲れない。
それでもどうにかしようと頭を悩ませてくれていたいやしは、ふとなにか思いついたように表情を明るくする。
「そうだ、じゃあ、こうしよっか?」
「こうしよって、どう――おぉうっ!?」
二の腕に、いやしが抱き着いてきた。
抱き着くと言うか、腕を組んでくるというか。
ハプニングで一度味わった柔らかい胸の感触が、二の腕に当たり、冬夏は自分の心臓が高く鼓動を打ったのを感じた。
しかし、恥ずかしくて赤くなっていたのは冬夏だけではなかった。
自分から腕を組んできたいやしもまた、頬を照れ臭そうに赤く染めていた。
「これなら、荷物持ってても繋げてるよね? ちょっと違うかもしれないけど」
「い、いいいや、いい、これでいいよ! ありがとう姉ちゃん超嬉しい!」
全力で喜びを表明すると、ほっといやしがため息を吐く。
それから、冬夏といやしは腕を組んだままゆっくりと街中を歩いて行った。
荷物をもっているせいで、腕を組んでいると多少歩きにくかったが――今は、それがありがたかった。
バス停まで、一瞬でも長く時間をもたせたい。
そう思いながら、二の腕に感じるいやしの体温と、柔らかさと、たまに漂ってくるいいにおいにほぼ全神経を集中していた冬夏だったが。
「――?」
幸せの中に割り込んできた違和感に、ふと足を止めた。
「冬夏?」
いやしが怪訝な顔をするが、冬夏はそれよりも周囲に気を張ることに専念していた。
確かに、誰かの視線を感じたのだ。
誰かはわからなかったが――
「……くそ。開け」
いやしの前で使うことをためらい、忌々しげに顔を歪めながらも、一瞬能力を使って高速で周辺を細かく観察する。
そして、見つかったのは。




